第10話 完璧高等学校
文化とは、くずであることが許容されて生まれるものであるらしい。
どこで聞いた言葉だったかな、何かを読んだんだったかなと、先生に怒られた帰り道、少年はぐるぐる考えていた。あの指摘は理不尽だろう、納得できない、ぐるぐるとした怒りが気づかないうちにちょっと大げさで高尚なそもそも論に発散したりして、心の中は忙しいまま早歩きで寄り道をしている。
赤信号はたまに無視するし、泣いている子供はたまに助ける。高校生の少年は、いわゆる普通の人間だった。そんな彼がふと、思いもせず、永遠に日本全国を変えることとなってしまった。
路地裏に立っていたそれは、とても不気味で怪しい見た目をしていた。幼稚園児ほどの背格好、形はかろうじて人型だが、全身が黒く、布の一つも身に纏っていなかった。頭には角が生えており、少年の知っている知識で表現するならば、悪魔と呼ぶことが適切に思えた。
「お前の願いをひとつ叶えてやる」
それは甲高い声でそう話す。ゆっくりと願いを考える期間があれば、もう少し違った内容を思いついたのかもしれない。しかし、少年にとっては全くの突然、予想外の出会いだ。それに加え少年の心中はただでさえ穏やかではない状態、さらにどちらかといえば、世の中をちょっとだけ大げさに憂いてしまっていた。素直に下世話で浅ましい欲を吐き出すほど気分ものっていなかったし、その瞬間は頭によぎりもしなかった。
もし本当に叶うのだとしたら、さっき思いついたあれを実行してみよう。
「俺の願いは、」
翌日、全国すべての高校生に異変が起こる。
先生達が抱えていた違和感が確信へと変わったのは、お昼の掃除の時間だった。誰もが一言も声を発さず、黙々と校内の隅々まで清掃を行う。掃除だけではなく、すれ違う先生には皆が大きな声であいさつを行う。服装も綺麗に整い、時間にも遅れることなく整列する。清く、賢く、美しく、校則を厳守した完璧な振る舞いの高校生が、全国の高等学校を埋め尽くした。
少年は、高校で定められている規則の類があまり好きではなかった。規則が逆に自分たちの可能性を理不尽に狭めているような気がしていて、そのことを大人に知ってもらいたいと思っていた。
そこで少年は『全ての高校生が完璧に規則を守る』よう、逆のお願いをしたのだ。
その光景が実現したとき、きっと大人は違和感や嫌悪感を感じてくれるだろう。そして、逆説的に高校生の文化を尊重する流れが生まれてくるだろう、と願っていた。ある程度の寛大さが文化を作るのだと信じて。
しかしこの計画には誤算があった。まず、元に戻せるようにもう一度願いを叶えられる保証がない。仮にそれがもう一度路地裏に現れてくれたとしても、願いをかけた少年自身が「完璧」になってしまっているため、見るからに怪しいそれに話しかけようという気持ちそのものがなくなってしまっていた。
そして永遠に、少年と同世代の若者の人格が元に戻る機会は失われてしまった。
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