第17話
「気付いてたんだね、わたしのこと」
彼女は最後に見た時とは違う、生気のある顔をしていた。しかしそれは、最初に見た時とも違う不気味さを持っていた。平和な顔立ちに、不穏な気配を滲ませて笑う女。
アルフレドは事態が飲み込めず、驚愕し、混乱しているようだった。しかしハーリットの方は――少なくとも表面上は――落ち着き払って告げる。
「森で迷って命からがらだったわりに、水も食べ物も口にしなかった。あの時点で、嘘をついていることは明白だった。宿屋で昼間にあった剣がなくなっていたのも、お前がわざと落として僕たちを誘導し、そのあとで回収したんだろう。それは知性を失ったゾンビではあり得ないが――」
ちらと隣の研究者を見やる。彼は未だに動揺し、目を泳がせていたが。
「お前はアルフレドさんを襲うまで、僕たちと平気で会話をしていた。そんなことをするのはこの町で……『親玉』くらいしかいない」
そう言って、ミゴペインを強く睨み据える。彼女はずっと笑っていた。垂れた目を細め、緩い口元に手を当てながら、不敵な笑みで話を聞き続けていた。否定も肯定もしてこない。しかし確信しながら、ハーリットはさらに続ける。もうひとつ、彼女の正体について。
「お前は……シェルだな。グアデンの町で出会った女だ。どうやったかわからないが姿を変えて、また俺の前に現れた」
「あははっ。それもわかってたんだ、驚いたなぁ」
彼女はとうとう声に出して笑い、明確に認めてきた。
しかしハーリットは全く笑う気になれず、吐き捨てる。
「手口が同じだ。つまらない罠で誘き出して、つまらない小細工をする」
「凝ったことをして見抜かれなかったら、つまらないでしょ? それに、あからさまな罠に引っかかってくれる姿は面白いからね」
「ふざけるな! またお前の仕業だったんだな」
叫ぶ。が、ミゴペインは今度は顔の前で指を振ると、それを否定してきた。相変わらず声ばかりはのんきだが、相手を貶め、嘲る調子で。
「あはは、それは少し当たってるけど、違うかなぁ」
「違う?」
「私は今回、少し手伝ってあげただけ。本当の実行犯は――こっちだよ!」
ミゴペインはパチンと弾けるように指を鳴らした。と同時に、奥の暗がり――講壇の裏辺りから何かが飛び出してくる!
それは人のような影で……白い槍を持っているというのをハーリットが理解したのは、飛び退いた後だった。一瞬前まで自分の立っていた場所に、その槍が突き立てられている。
そしてランプをかざしてよく見れば、それは槍ではなく、骨だった。
人の骨を組み合わせ、先端を尖らせている。さらに上部には人間の頭蓋があり、あばら骨を除いた人間の上半身のようにも見える。輪郭だけを見れば骨の杖といったところか。
それを構える相手は――性別も人相もわからなかった。ただ薄汚れた布切れのような、濃い茶色のマントで頭ごと全身をすっぽりと覆っている。人だと思えたのは、そこから二本の足と腕が露出し、頭部の膨らみがあるためだった。
しかし足も腕も、指先まで黒く見えるのは暗闇のせいか否か――ともかく骨と皮だけのような細腕は、その延長のような骨の杖を突き出しながら襲ってくる。
「くそ!」
ハーリットは身をよじりながら、相手とすれ違うように前へ跳んだ。骨が脇腹を掠め、皮鎧を浅く擦る。そのまま身体を回転させ、相手の背後を取りながら剣を抜く。だが攻撃に転じる隙はなかった。敵は残った腕を振り回すと、何かを投擲してきた。咄嗟に剣の腹で受け止めると、ガンッと硬い音を響かせて跳ね返り、床に落ちる――人の骨のようだった。
「それが実行犯だよぉ。『私たち』はネクロゴートって呼んでる。人間の定義なら、魔物に分類されるのかな?」
横の方から、ミゴペインののんきな声が聞こえてくる。姿は見えないが、ランプの明かりが届かない暗がりから、この戦いを愉快に眺めているのだろう。
「魔物を使役しているというのか!?」
驚愕に叫んだのは、アルフレドのようだった。建物の隅の方へと避難しながら、それでもランプを掲げて屋内を照らそうとしている。
「馬鹿な、魔物が多種族を嫌悪するのは、それに支配されることを嫌うが故だ。生きたままを調査することすら困難だというのに、使役するなど有り得る話ではない!」
「そっちの限界で計らないでほしいなぁ? 『私たち』がその気になれば、これくらい造作もないんだから、ね」
研究家の言葉に、わざとらしく拗ねたように反論するミゴペイン。
実際、ハーリットも驚愕し、焦燥を感じてはいた。ミゴペインが『私たち』と言っている、『屍旅団』――それが本当に魔物を手駒に加えられるのだとしたら、コールウッド国の全軍をもっても太刀打ちできないかもしれない。
(……ダメだ! 気圧されるな、今は目の前の敵を叩く。それだけに集中しろ!)
想像の脅威に竦みそうになるのを堪え、ハーリットは努めて冷静に相手――ネクロゴートを見据えた。剣先で牽制しながら、片手に持っていたランプを床に置く。
そうして両手を使えるようにしてから、鼓舞と虚勢を含んで皮肉に声を上げる。
「魔物が相手なら、遠慮する必要もないな。死人を斬るのは気が引けてたんだ」
「あははっ。じゃあ黙っておけばよかったかなぁ。失敗しちゃったなぁ」
可笑しそうにケラケラと言ってくる女。ハーリットはその不愉快な笑い声を耳から押し出し、床を蹴った。
教会の中は相変わらず暗い闇が落ちているものの、ふたつのランプのおかげで相手を視認できる程度の明かりはある。ハーリットはその中で剣の届くぎりぎりの間合いを計りながら、突進していった。
そこから放つ最初の一撃は牽制、そしてそれを避けた先で本命を放つ――そういった狙いだったのだが。
「ルグァァアアア!」
ネクロゴートはいかにも怪物じみた咆哮を上げると、全く臆することなく突進を返してきた。構えられた剣を恐れる素振りも見せず、骨の杖を突き立てようとしてくる。
「ッチ! そんな小細工……!」
舌打ちしながらも、ハーリットの方も止まることはしない。止まれば串刺しにされるだけだ。それを理解しているからこそ、すぐさま距離と計り直し、すれ違いながら剣を薙ぐ――!
ざむっ、と肉を裂く鈍い音がして、少年の手に不快な、しかし確実な手応えが伝わった。
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