遺跡

たかし

第1話

私は、とある建物に住んでいた。

その建物の自室から見える景色は非常に退廃的で、今の世の中に何が今起きているのかを痛い程に視覚に訴えかけてくる。

しかし、今の私はこの世の中に、過去に何が起きてこのような散散たる光景が広がっているののかを知る術は無く、ともすれば興味すら湧かないような冷めた気持ちでいた。


ニュースや新聞といったマスメディアは、『突然発見された遺跡』が原因だとこぞって報道してはいるが、それ以上の報道は国民に何も伝わっていない。国は情報統制をしていた。

一説によると、『突然発見された遺跡』は実際には存在しておらず、物質としての存在を持たない事から調査も捗っておらず、危険性すら良く分からない為だという。

もっとも、噂の一部でしかないが。

他にも『某国の実験兵器』だの『未来からやって来た方舟』だとか、はたまた『宇宙から飛来した種が芽吹いた結果』等、全く信ぴょう性に欠ける話ばかりである。

そもそも我が国における産業発展が遅れている事も調査が遅れている原因の一つではある、と思う。村に『遺跡』が現れても単なるオブジェとして片付けられてもおかしくないし、迎合している集落さえある。現に私の住んでいる建物だってそうだ。今、私の目の前に広がる退廃的で幻想的な光景、それはまさしく『遺跡』の表面であった。


でも、私が望んでいたのはこういう幻想的じゃない。もっと攻撃的で、妖しい魅力を放つ工場の夜景が見たくてこの建物に住むことを決めたのだ。

儚く、輪郭すらあやふやなこいつ如きに終のすみかを害されるなんて。あんまりだ。


彼女は建物の購入の為にすっかりがらんどうになってしまった通帳口座の中身を思い出すたびに涙腺が緩んでしまいそうになっていた。

冷めた気持ちでいるのは、世間の目からこの無様な自分を認めたくない、そんな気持ちが隠れているからなのかもしれない。自嘲的に笑いつつ、可愛く彩られた自室の愛用のベッドに寝転がった。


―このタイミングで買うからでしょ。

―その財産があったらもっと延命できたのに。

―古臭い家具を一新した方が良かったんじゃない。


この声は、誰の声なのか。

言うまでもない。世間が私に向けて言っていると「私が想像している」声だ。この声が聞こえてきたのも、『遺跡』が少しずつその輪郭を表し始めた時であった。

最初は厄介な隣人が現れたと思って、声が聞こえる度に大音量でお気に入りのカセットテープを流していた。

だが、のちに面と向かって文句を言ったところ、隣人の方こそ私のことを厄介な騒音おばさんとしか認識している、悲しい現状がぼんやりと見えてきた。どうやら、この声たちは私にしか聞こえていないらしい。

病院に行く金も行くつもりもなかった。

そして、今日もうっすらと、ぼんやりと聞こえてくるこの声を子守唄にして眠る。


―もっと計画性を持って動きなさい。

―放置していて解決するものなんてないのよ。

―現実と向き合え。


ああ、なんて耳障りな声たちだろう。心なしか『遺跡』の方角からから聞こえてくるような気もしてくる。全く、かんにしゃくる。

ベッドの上で寝返りをうち、ふと違和感に気付く。だが、その正体は分からない。


正体が分かれば少しはマシになるのかな。

眉間にしわを寄せて、彼女は今日も眠りについた。

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遺跡 たかし @munima

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