暗躍者

 切符代をケチって自由席を選択した特急に乗って二時間半ほど電車に揺られて俺は帰ってきた。金のなる木を求めて。

 周囲の目がチラチラと俺に向けられる。左腕がなくて顔の左側に大きな火傷があるのがそんなに珍しいかよ。いや、珍しいな。

 今日の予定は家族に顔を合わせるのではなく、鳥のレプリカから聞いた情報をもとにした事前準備だ。


 「やあ、ちゃんと帰ってきていたみたいだね。君がこの街の人間で助かったよ」


 駅のシンボルである大きな噴水の縁に腰かけていた少年に声をかけた。彼とはここで待ち合わせをしていたんだ。レプリカをやすやすと逃がすのはもったいないからな。


 「……っ」


 「そう身構えるなよ。何もしやしないよ」


 鳥のレプリカである少年、佐伯誠くんは俺に対する怯えを隠せないようだ。


 「じゃああれかな? 俺が解放すると言って後からまた君を捕まえたことについて怒ってるのか?」


 「そんなんじゃ……ありません」


 「そう、まあいいよ。とりあえず、今日はずっと二人で行動をするんだ。仲良くしてくれ」


 「……」


 周りに聞こえないよう彼の耳元に囁く。


 「一応聞くが、俺に逆らえば……わかるな?」


 「っ……」


 「返事は? ん?」


 誠くんの身体が震えた。よほど俺が怖いみたいだな。いや、レプリカになる前の生活に戻るのが怖いのかな。

 彼は蚊の鳴くような声で「はい」と言ってくれた。本当に、ひどく弱々しい声だった。










 佐伯誠くんと行動を共にして数時間後。俺は目的のレプリカを見つけた。奇しくも、その子がいた場所は弟の通うS高だった。

 俺の姿を見られるのはあまり好ましくないと思い、目的の子の帰宅ルート付近のファストフード店で待ち伏せをすることにした。誠くんには今回、釣り餌として活躍してもらう。この街のレプリカは少し、大人しすぎる。これから会うレプリカには派手に暴れてもらいたいのよね。


 「虐殺事件について知ってることをもっと教えてくれ」 


 この街に来るまでの間、何か妙なことがあれば何でも連絡しろと誠くんには指示してあった。その連絡で俺の気を最も引いたのがこの街の国立大学病院で起こった集団虐殺事件だった。このことは、俺が街に来る時間をより早める理由となった。

 俺がこの街に来た理由はレプリカの薬を独占するため。そのためには薬を持つヤツらと接触するのが必須だ。そしてその薬の所持者はおそらく……。


 「警察関係者だろう。君に薬を与えたヤツは」


 誠くんの目が見開かれた。図星のようだ。


 「何で……それを」


 「君が教えてくれた病院の件だが、あれ一切公表されてないぞ。絶対におかしいだろ。その辺を操作できるのはテレビ局の連中か? いや、最初に捜索する警察の連中だ。俺の推測は間違ってるかな? ん?」


 「それが今回とどういう関係が?」


 「ひ・み・つ」


 余計な詮索は無用だ。それよりも……だ。


 「行け。時間だ」


 誠くんを目的の子に接触させ、俺のもとへ連れてくる。そして、俺の言うことを聞いてもらう。今日一日でその子に言うことを聞かせる材料を用意するのは少し骨があったな。

 ビデオカメラをリュックから取り出し、さっき撮った映像をミュートで再生した。そこには公園で微笑ましく散歩をする親子の姿が映っている。


 「家族が毒で悶える姿を見たら、どんな反応をするのかな」


 うーん、俺ってやっぱ悪党かなあ。悪党なんだろうなあ。ま、気にすることじゃないがな。










 ファストフード店の次は安物のビジネスホテル。そこで誠君が目的の子を連れてくるのを待って一時間。扉を開いてやってきたのは誠君と紛れもないレプリカの女の子だった。


 「誠くん……? この人が?」


肩にかけている物は竹刀が入ったバッグだろう。誠君にレプリカのことを教えたという少女、「太刀川梓」は動きやすそうなショートヘアに健康的な肌の色をしており、胸は残念だったが引き締まった身体をしていた。


 「S高剣道部の期待の新人であると同時にスーパーエースの太刀川梓ちゃん……だね?」


 「えっと、誠くんのお友達……なんですよね。スーパーエースだなんて……恐縮です」


 この子は直感で俺がどういう人間かを感じ取っている。その証拠に、警戒しているのがバレバレだ。


 「世間話は苦手でね。わかりやすく要点だけまとめて話すよ」


 彼女の側にいる誠君はひどく罪悪感に満ちた表情で震えていた。


 「君の『蜘蛛』の力でこの街の人間たちを襲ってほしい。できるだけ派手にね」


 「あなた何者です?」


 彼女の目つきが変わったが変わったのと同時に背負っていたバッグから木刀を取り出し、構えた。あのバッグに入っていたのは竹刀ではなく木刀……やる気満々のようだ。


 照明の点いていないビジネスホテルの一室。隻腕で火傷負った男とそんな男に敵意むき出しで木刀を構える少女、そしてただ怯える少年。中々えげつない構図だな。

 俺は彼女に言うことを聞かせたい。あえて目立つ行動を取ってもらい、警察が動かざるをえない状況を作り薬を持ったヤツのことを知る。そのためには彼女の力がいる。


 俺は備え付けのテレビにビデオカメラを接続して録画した映像を流した。映っているのは彼女の母親と、まだ幼稚園児のかわいい妹ちゃんだ。


 「何の真似だ……?」


 「俺に逆らえば君の家族は……わかるか? 言うことは聞いてもらうよ」


 言い終えてしばらくの間、沈黙が訪れた。絶望……というほどでもないが、彼女の目に生き生きとした輝きは失われている。何も考えていない顔ではない。きっと彼女はこう考えてそのように行動する。家族が危険な目に遭う前に何としても目の前の男を殺してやると。

 沈黙を破ったのは彼女が床を蹴った音だ。レプリカなだけあって俺よりも速い。まともにやりあえば俺は間違いなく無傷ではすまないし化け物の姿になってしまわれたらお手上げだ。


 目前に振り下ろされる木刀を横にかわすが、すかさず次の一撃がやってくる。左腕があれば攻撃を防いで攻撃といけるが、ないものは仕方がない。

 俺も人間の形はしてるが人間ではない。そんな身体の回復力を信じ、木刀をモロに頭に食らいつつ彼女の首を掴むことに成功した。攻撃を受けながら突っ込んでくるとは思わなかったみたいだな。


 「……痛いとかじゃないな……脳が……とにかく気持ちが悪い。この不快感、どうしてくれる? ん?」


 彼女が俺の手を振りほどこうとするよりも速く、指を細い首に刺し込んで毒を流した。頭をやられたことで少しムカついたので、予定の量より少し多めに流し込んでやった。


 「あ……かっ……か…………ぐ」


 首から手を放すと、彼女は支えを失ったように倒れて苦痛にうずくまった。


 「うっ……ああああ!……っぐ……はあはあ……」


 「死にはしない。そういう毒だからな。でも痛みは強烈だ」


 激痛に悶える彼女の首は紫色に変色し始めている。常人なら気絶するほどの痛みのはずだ。そんな彼女の様子に、誠くんはうずくまってすすり泣くだけだった。


 「逆らえば、君の家族にもこうする。わかったな? まともに喋れないだろうからイエスかノーかは頷いて答えてくれ。これから君は俺に協力し、言うことは何でも聞く。OK?」


 苦痛に顔を歪めながら涙まで流している。悔し涙かな? この子はどうしても屈服させたくなってきたな。

 彼女はぎこちない動作で首を縦に振り、俺の要求を飲んでくれた。これで今日の目的は完了したというわけだ。いや、よかったよかった。

 次にやらなきゃならないことをするには、この子にしっかりと暴れてもらわなくてはな。正直、別に誠君に暴れる役は任せてもよかったが、この街にはレプリカを狩るヤツがいる。手元に置けるレプリカを全部失うのは惜しいからな。 


 それにしても、レプリカの治癒力は目を見張るものがある。俺はまだ気持ち悪いってのに……毒を流してからたった数分で回復が始まっている。

 徐々に和らいでいく苦痛に少しずつ彼女の呼吸が整っていくが、まだ荒い息遣い。そして、のたうち回ったことではだけた制服に汗ばんだ健康的な素肌。捲れ上がったスカートから覗く彼女の太腿は、細い足が美しいと思って骨と皮だけの脚にしてしまうクソ女と違って引き締まった理想の肉付きをしている。


 「誠君、今日はもう帰れ。また連絡するから、変な気は起こさないことだ」


 「は……はい! じゃあ、梓ちゃんも連れて―――」


 「俺は君に帰れと言ったんだ」


 「いや、だけど……」


 「行け」


 これ以上突っかかるとどうなるのか悟った彼は足早に部屋を出ていった。最後まで、この子から視線を外すことはしなかったが、それだけだ。


 「さて……」


 倒れている彼女を抱え上げ、ベッドにそっと寝かせる。俺の突然の優しげな行動に戸惑っているようだ。その少し怯えた表情も可愛らしい。

 さっきの悶える姿を見て発情した俺は部屋に鍵がかかっていることを確認し、歳の割には小柄な少女の汗をかいたことで少し冷えた身体に悲鳴をあげさせる間もなく覆いかぶさった。

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