I am justice 1

 あたしの入院している病院に時折現れて正義の尊さを説く牧師の名は「高遠善一」というそうだ。あたしと木野くんはその男が寄生虫を駆使するレプリカだと睨んでいる。理由はやたらと正義を主張する連中の体内から無数の赤黒い蟲を彼が目撃したことからだ。

 安直と言えば安直な判断だろうが、実際問題、理屈めいた証拠を必要としなくとも高遠がレプリカである疑いは十二分にある。

 あたしは退院が迫る中、松葉杖を一本突きながら高遠の動向を見守り続けていた。その甲斐あってあたしは高遠にはある法則性があることに気が付いた。奴が現れるのは必ず食事時だった。もっと言うとある程度患者達が食事を進めた辺りに食堂に何食わぬ顔でひょっこり現れ、正義を信じ、悪のない世界を共に創造するのだとかわけのわからないことを口走る。そして、それを患者のみんなは食い入るように聞いている。

 そんなことから考えられることは一つだ。高遠は入院食に細工をしている。その細工が蟲を食事に混ぜているというものだとしたらと思うと胃の中のものを全部吐き出してしまいたくなる。


 「夏川君の言い分はわかった。確かに蟲が入ってそうな飯なんて誰だって食べたくはないだろうね。先生だってそうだよ」


 病室のベッドの上で横になっているあたしの横で不満そうな表情を浮かべてナギ先生は言った。服装は相変わらずの白衣の下にジャージ。今日は髪をちょんまげのように結っている。


 「でもね夏川君、そんな飯が食いたくないからといって先生にコンビニ弁当買ってこいなんて図々しいというかそもそも頼む相手がおかしいでしょうよ。先生は君のパシリなんてまっぴらゴメンだからね。パシリは木野君が適任だろう? 彼に弁当持って来させなよ」


 「一回頼んだらあたしが頼んだ弁当がなかったとか言って手ぶらで戻ってきやがったんですよ。木野くんは信用できない」


 「君んち金持ちだろ! 召使いがいるだろうが! 何でそいつらに頼まない!?」


 「じいさんがそんなことで家政婦を使うな。大人しく病院の味のない飯でも食ってろってさ」


 「だからって君ねえ……他に友達いないの?」


 「うっさいよ。大体先生ならここの飯が食えない理由を説明しやすいだろ?」


 ナギ先生は諦めたようにわかったよとだけ言って自分の分の弁当に手をつけた。あたしも目の前に置かれた弁当に手をつける。病院の飯よりは美味いと確信を持って言える味だ。


 「もしその高遠とかいう奴がこの階にやってきたらどうするんだい?」


 不満そうな表情からいつもの薄い笑みに表情を戻し、白身魚のフライを頬張りながらナギ先生は聞いた。


 「今は戦わない。こんな脚でレプリカとやり合うのは自殺と同じだ」


 「先生が言ったのはここの患者達のことさ。高遠がやってきたら、患者達を止めずに蟲の入った飯を食わせるのかい?」


 「どうやって止めたらいいんです? 実際に食事を持ってくる業者に取り合ってはみたが、まるで相手にされなかった。ここの患者達にこれから出される飯は危険だから食うなっつって信じてもらえるとでも? 別に高遠さえ消せれば、蟲の支配もなんとかなるんじゃないんですかね」


 「実害が及ぶかもしれないパチモノは始末する。それが君のスタンスじゃなかったっけかな?」


 「寄生された人間は塵にならない。証拠が残る相手は殺せない。警察に嗅ぎつけられたくはないから」


 単調な台詞を稚拙な文章にして並べて寄生された人間を殺さない理由を伝えた。


 「まあ、確かにそれが賢明な判断なんだろうね。今の夏川君にとって高遠は『勝てない相手』だそんな相手には無暗に突っ込んではいけない」


 「わかってる。アンタに思い知らされてるよ。何回も……」


 苦い記憶が蘇った。最初にコイツに完膚なきまでに叩きのめされたのは中学の頃だったな。あの頃よりはかなり強くなれたとは思っているが、先日、見事にやられちゃってるからな。

 あたしはここ最近の軽率な己の行動を恥じた。認めたくはないが。


 「とにかく、高遠はいつかちゃんとあたし一人でやる。シンプルに嫌いっていうところもあるからな。」


 「一人で結城君とやり合ってそんな身体になったんだろ? 本当に一人でやれるのかい?」


 その点はずっと考えていた。あたしは人間の姿の時のレプリカよりは強い自信がある。パチモン相手は言うまでもない。だが、化け物になったレプリカと正面から殴り合えるほど強くはない。変態された場合、あたしにできることは逃げるか不意を突くかだけだ。もし変態したレプリカと向き合ったのが木野くんだったら彼はどうするのだろう。いくら彼でも計画がなければなす術は流石にないか。


 「レプリカ程度をサシで負かせないようじゃアンタは倒せない」


 ナギ先生……いや、百瀬凪は常に浮かべている薄い笑みを消し、濁った黒色の瞳を真っ直ぐこちらに向けた。


 「君の今までの戦い方はレプリカ程度さえサシで負かしたことにはなっていないと思うけれど? 大抵変態した瞬間銃で一発だったろう? それに結城君には銃の存在を見破られていたからなす術はなかった」


 「サシで戦うとは一対一という意味を指す。正々堂々とは違う。あたしにとって変態後のレプリカは勝てない相手だ。そんな相手を前にした時どうすることが最善か……アンタはよくわかっているはずだ」


 「……それで? 結局君はどうするんだい?」


 「変態される前に何が何でもケリをつける」


 「計画性のない台詞だね」


 「だが、それが真理だろ? そうやってレプリカを消すしか方法はない」


 「それでワタシを打ち負かせるとでも? Defeatできるとでも?」


 「あたしは殴り合いの強さを身に付けることより戦いの勘ってやつを身に付けたいと思ってレプリカ共を狩っている。危険だから殺すなんて理由は建前でしかない」


 食事を終えた同じ病室で寝ているプリン頭のヤンキー女が戻ってきたのが見えた。彼女はこちらが険悪な雰囲気で向き合っているのに気がつくと、ぎこちない笑みを浮かべてそそくさと自分のベッドのカーテンを閉めた。

話を聞かれることはマズイと察したのか、百瀬凪は残っている弁当を一気にかき込んで話す。


 「まあ、夏川君の言うことにこれといって訂正すべき点もないね。先生に近づく方法は確かに一つではない。これからの君の成長を楽しく見守らせてもらうとするよ」


 百瀬凪は一人称をワタシから先生に戻した。これは百瀬凪にとって表の向きの顔に戻ったという切り替えだ。あたしもひとまずは教え子としての自分に切り替えた。


 「ええ、必ず先生を負かしてみせます。あたしなりのやり方でね」


 この時、あたしは以前にも似たような台詞を言ったことがあったと思い出した。

 そして、ふと今のレプリカ狩りも本質的には以前やっていたヒーローごっことなんら変わりのないものなのかもしれないとも感じた。

 誰にも話さなかったあたしの過去の諸行の数々。あたしがまだ気弱な性格だった小学生の時に始まった百瀬凪とのヒーローごっこという名目の裏の習慣。このことを誰かに話すなんてことはあたしのプライドが許さない。少なくとも百瀬凪に追いつけていない今は。


 百瀬凪が宿題だという様々な教科のプリントを置いて立ち去った。去り際にここに来る時にすぐ下の階で高遠を見かけたと言った。おそらく、明日にはこの階に奴は現れるのだろう。

 それにしても、結局今も昔もあたしは百瀬凪の手のひらの上で踊らされているだけなのかもしれないと改めてそう思った。あたしが必死こいてレプリカを狩っているのもアイツにしてみれば暇潰しの一環でしかないのだから。

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