狂戦士と魔王 3

 ロシアンルーレット。それは行き過ぎた悪ふざけのような遊戯であり、実際に行われた例は少ないらしい。


 「二人ともこのゲーム自体は知っていることでしょうが、一応ここでのルールを説明させてください。ただし、危険を感じて天井に向けて撃つという行為はあなた達には認めません」


 ひたすら痛めつけて寄生虫を寄生させた人間のことを吐かせてみる方法もないわけではなかった。だが、その方法は目に悪いしうっかり無駄死にさせてしまうかもしれない。

 これは満点のスリルを味あわせることと、ひたすら正義に拘るその姿勢がどこまで通るかという残酷な好奇心からの発想でもあった。


 「弾数は一発。公平性を重視して僕も参加します。僕が死んだらあなた達は解放します。また、あなた達のうちどちらかが死んだ場合、生き残った方は解放です。もし危険を感じたら天井に向けて撃つのではなく病院での情報を話すこと。さらに公平性を重視してお二人には『パス』の権限を一回ずつ与えます。でも、僕はあなた達が恐怖に屈して情報を話す道を選ぶことを期待しています。僕とて危険なわけですからね。順番は僕からお婆さん、そして女の子の順で行います」


 「はいはーい!先生から意見がありまーす!」


 元気よく子供のようにナギ先生は手を振ってそう言った。削いだ耳に当てられているハンカチは痛々しい赤色に染まっていた。


 「五発目まで弾が残っていたら次の順番の人は天井に向けて撃つのは禁止。ただしパスが使える状態の二人に銃が渡っていたらパスの使用は可ってことにしておいて」


 「わかりました。そうします」


 先生は必ず死者を出すつもりか。まあ、その方が第三者からすれば面白いと言えば面白い。

 僕もこのルールは取り入れる予定だった。


 「あの……」


 お婆さんが恐る恐る右手を挙げた。僕はなんでしょう? と丁重に対応した。


 「疑問に思ったのですが……なぜあなたのような方が公平性を重視してくださるのですか? 正直、今はあなたの方が私達よりも立場は上ですし……」


 「別に深い理由はありません。僕だって正義の心は持っています。現に今、このように手の震えが止まらないんです。さっきあなた達の仲間を一人軽い気持ちで殺してしまったことが今になって心に来るんです……これはせめてもの罪滅ぼしです。僕だってあちらの方に脅されて無理やりこんなことをやらされているだけなんですから」


 もしこのお婆さんがバカとお人よしを履き違えてくれた人なら僕に憐れみを覚えてくれるだろう。

 現に、この人の僕を見る目が怯えの一色だけではなく可哀想なものを見る目にもなっていた。


 「うそつき……」


 ふと、女の子が呟いた。


 「わたしわかるもん! おまえは天使様が言っていた悪魔だ! そんなわかりやすいうそになんかひっかからない!!」


 「信じてくれないのなら別にそれはそれで構わない。あんなことしておいて信じろだなんて流石に虫が良すぎるだろうからね」


 女の子の目に宿る敵意は一層大きくなってしまったか。まあいいさ。このゲームは二人からすれば対等どころか有利な条件のルールだ。僕はこれほどの好条件を提示した。乗らない手は二人にはないだろう。僕が勝つけどね。

 それにしても天使とはまた奇妙なワードが出てきたな。おそらく寄生虫のレプリカの呼称だろう。


 「わ……私らだけに『パス』を認めてくれるのはどうして……」


 お婆さんは早くも恐怖や憐れみなどの気持ちがごちゃ混ぜになって冷静さを失っている。


 「おばあちゃん、思い出して」


 女の子の方はか弱い見かけによらずなかなかの芯の強さを持ち合わせているみたいだ。お婆さんの方とは違い、僕に対してまったく憐れみを感じてなければ一方的な恐怖も感じていない。

 彼女はきっと今までにない闘争心に胸を燃やしていることだろう。


 「正しいことのために争うことは『悪』じゃない。あの人はそう言っていた。こういうのは『聖戦』なの。このゲームに勝ってここから逃げてみんなになにがあったか伝えることで『正義』をつらぬいたことになる」


 「……余計な弾は抜いたよ。さあ、始めましょうか」


 二人が緊張した様子で僕に視線を向ける。運が良ければこの一発で自分達は解放される……とでも思っているのかな。


 引き金を引く為にハンマーを親指で倒し、右手に持った銃をこめかみに当て、目を閉じる。深呼吸をして引き金に指をかける。


 「死んじゃえ」


 女の子がそう言った。僕は引き金を引く前に閉じた目を開けて彼女に微笑みかけた。


 「ご愁傷様。まだ生きてたよ…………次はお婆さんの番ですね」


 一発目はハズレ。

 二人とも一発目にはあまり期待はかけていなかったのだろう。驚きは表情からは読めなかったが、僕がハンマーを倒しておいた銃を渡されたお婆さんの手は途端に震えだし、「ひっ……はっ……」と荒い息を漏らし始めた。


 「もちろん、今パスを使っていただいても咎めることはしません。ここでパスをして女の子に銃を渡すことは……別に悪いことだとは思いません。あなたの選択が彼女を殺した結果に終わってしまっても、僕は責めたりしませんよ。ご自分の信ずる正義を尊重してしてください」


 「大丈夫……まだ弾が出る確率は低い。あいつに屈しちゃダメだよ……パスを使うならもう一周目にしよう。もう一周目からは二人で連続でパスを使えばきっと勝てる」


 一周銃を回して再び僕が自分に撃つ場合、弾が出る確率は三分の一。そこでまだ僕が生きていた場合、二人が立て続けにパスすることで僕は二分の一の確率に挑まなくてはならないということになる。


 「その作戦は僕にとってはなかなか堪えるね」


 「お前が決めたルールなんだ! パスをどう使おうがひきょうなことにはならない!」


 「ああ……卑怯と言ってなじったりはしないさ。僕には天井に向けて撃つという選択があるからね」


 逆に、僕が勝ったとしても二人は僕をなじることはできない。いや、実際はきっと違うだろうけどそれでも僕は満足のいく結果を迎えることができるだろう。


 「あ……あの……やっぱりこんなことは不毛です。やめに……しませ」


 「いえ、その提案は流石に飲めません。ここで引き下がれば僕はあっちの人にきっと殺される」


 さあ迷え。僕に情けをかけて情報を吐くか、それとも女の子の意思を尊重するか。あなたの正義はどっちだ?


 「あ……ああ……わ……私らを…………す」


 「ダメ!! 反逆は極刑だよ! 落ち着いて! あれは悪魔なの! 人間と思っちゃダメ!」


 悪魔とは心外だがこの子からすればそれ以外の何者でもないのだろう。それにしても今確かに「極刑」と言ったな。さっきの老人がああなった理由は例の人物からの極刑というわけだったのか?


 「さっきの人がああなった理由がわかるのか?」


 「お前なんかに話すわけがない……! そもそも情報を話すのはわたしたちがあきらめたときだけでいいんだろう!」


 嫌われてるねえ、僕。


 「まあ、ルールだけは守ってもらうよ。二人にはパスを認めてあげてるんだから」


 お婆さんは虚ろな目で涙を流し始めていた。極限の緊張状態のせいで自棄にならないといいが。


 「うぅ……ごめんなさい」


 そう言ってお婆さんは引き金を遂に引いた。倒れたハンマーが破裂音を鳴らすことはなかった。

 おそらく、この人はパスを認められていなければ次に銃が回った時は折れてしまうことだろう。


 「お婆さん、辛いでしょうが、銃を彼女に渡してください」


 放心しかけたお婆さんにそう促した。お婆さんは涙を流したまま謝罪の言葉をうわ言のように呟きながら銃をゆっくりと渡した。


 「撃ち方はわかるかい?」


 「うるさい。バカにするな」


 女の子のこの強さは正義の信仰に因るものなのだろうか? ただの怖いもの知らずの小学生のメンタルとは思えなかった。

 女の子は僕がやったようにハンマーを倒し、まっすぐ僕を見つめたままこめかみに銃を当てた。


 「パスしてもいいんだよ?」


 「空きが減るのがこわいの?」


 「君こそ本当は怯えているんじゃないのかな」


 「怯える? わたしをなめないで。正義の名の下に、これで勝ちが決まることにウキウキしてるところよ!」


 「勘違いしてないか? 君がここで助かってパスを連発したとしても、僕はまだ二発残った状態で銃を手にするんだ。二分の一は決して百パーセントではないんだよ?」


 僕と女の子は静かに睨み合った。


 「君の言う正義は……君を救った人から授けられたものなのか?」


 「それだけじゃない。呼吸をしていただけのわたしに生きる意味も同時に教えてくれた。あの人のためならここで死ねるよ!」


 生きる意味……か。


 「なら、死んでみろ。今パスを使って次に二分の一の確率に挑んで僕を確実に殺すか、無難に四分の一の確率を乗り越えて僕を二分の一で殺すか……選んでみなよ」


 「だったらお前を確実に」


 「だが、失敗すれば君は犬死するかもしれない。僕はさっき生き残った方を解放すると言ったがこれは僕の独断だ。君が死んだことで助かったお婆さんはあっちの不気味な人に殺されるかもしれない。その点を踏まえて全てをお婆さんに託して名誉の戦死を遂げてみるかい?」


 女の子が動揺して身体を震わせたのがわかった。女の子はお婆さんの方を見たが、お婆さんの心はもうボロボロだ。小学生でもお婆さんの状態は察せるだろう。


 「ほら……選びなよ」


 「……なめるなって言ったはずだよ」


 女の子は足を痛めているのにもかかわらず勢いよく立ち上がり銃口をぐっとこめかみに押し付けた。


 「このゲームが運に左右される以上、わたしには正義の加護がついているんだ!! 神様は正義を貫く人間を見捨てたりはしない!」


 まあ、確かに神様がいるのならここで僕より彼女の方に味方することだろう。仮に神様がそうしたとしても、僕は神様もろとも彼女を打ち負かしてやるがね。


 「君は単細胞の馬鹿なのか? ここで君がパスを使わないということは間接的にお婆さんを君が殺してしまうことにもつながるんだよ?」


 「な……なにを……?」


 「君が計画通りにパスを連発して僕に二分の一の戦いをさせて僕が勝ったとしよう。そうなれば残りの一発はお婆さんのもとに渡る。ここでのルール上、最後の弾は必ず撃たなければならない。君のやろうとしていることでお婆さんは死ぬか、情報を吐かざるを得なくなるか、そんな状況が生まれるわけだ。君がやっとのことで手に入れたであろう健康体を失いたくなければ確率の低いうちに今撃ってしまうことが無難だろう。君の正義の心がそれを許すのかどうか……僕は興味あるよ」


 彼女のこめかみに当てていた手が空気が抜けたようにだらりと下がった。

 自分の行いによって自分の信じる正義が損なわれようとしていることを意識したのか、表情が引きつり、手が震えだした。


 「だ……だけど……わたしはあの人のためなら……死ね……る? ……いや、わたしが死んだら……あっちの人に……おばあちゃ……え……あぁ……あ」


 壊れた機械のように誰に向かって発するわけでもなく混乱してぼそぼそと呟いている。


 「いや……でも……わたし、病気……治ったし……え? でもそれは利己的な悪……あ……あぁ」


 「利己的でいいのさ。人が人を助ける理由も掘り下げていけば総じて利己的なものさ。みんなそれを意識していないだけで、心の底には必ず利己的な理由を持っている。この人を助けることで親切に思われたいとか、放っておくのはなんとなく後味が悪いから助けておこうとか……まあ色々あるよね」


 焦点の定めらない目で女の子は僕を助けを乞うように見た。我ながら性格の悪い行動だと思ったが、行き過ぎた正義の心は見ていて気持ちが悪い。そういうのは無理やりにでも壊してみたくなる。


 「さあ、どちらに転んだ方が正義を遵守できるかな」


 ひとしきり荒い息とともにうわ言のように言葉を吐いてからしばらくして、彼女はようやく引き金を引き、ここで死ぬことはなかった。

 僕の話に耳を傾けなければ正義をないがしろにした気分にはならなかったことだろう。正義を教えた人物への反逆が極刑なら、法律違反程度のこれにはどんな罰が下されるのだろうか。


 「ぐっ……! ああぐぅ!!……っあああああ!!」


 脱力して腰かけようとした彼女が突然苦しみだした。何故そうなったか? これも寄生虫の力であることはなんとなく理解できた。問題となるのはやはり何故そうなったかだ。さっきの老人が問答無用で首を刎ねられたところと比べると、彼女は全身に血管を浮かべて苦しんでいるだけだった。

 これがいわゆる法律違反のペナルティーなのだろう。

 お婆さんは彼女が悶え苦しむ様をただじっと見ているだけだった。


 やがて彼女は大人しくなり、痛みや苦しみのおかげで頭が冷えたのか、目から光を取り戻していた。


 「あんなことになるのはあれが最初で最後だ」


 「そう……」


 「おばあちゃんは死なせない……わたしも死なない。おまえが死んであの不気味な人がわたしを殺しにかかっても勝ってみせる! さあ撃ってみろ!! 確率に殺されろ!!」


 正義の味方の台詞じゃないな。

 あのペナルティーは客観的な悪事ではなく主観的な悪事によって発動されるものなのだろう。僕が寄生虫のレプリカなら今の発言はこの子の今後の成長にも関わりそうなので許さない。


 「立ち直りが速いのは結構。それでも勝った気になるのは早い。さっきも言った通り、二分の一は百パーセントなんかじゃない」


 僕は最初の一発を撃った時に演技で行った深呼吸も目を閉じることもしないで銃を受け取ったらすぐに自分の頭に押し当てて撃った。


 「セーフ」


 そう言って銃口の向きを変えずに親指でハンマーを倒し、もう一発を撃った。


 「っ……!?」


 「……だから……言ったろう?」


 銃から放たれた音は彼女が期待していたような破裂音ではなくカチンといった乾いた音だった。そして、銃はお婆さんの手に渡ることとなった。


 「残念だったね、僕の勝ち。お婆さんのことは気負わなくていいよ。これってそういうゲームだから」


 「あ……いや……まって」


 「待たない。ゲームが終了する条件はお婆さんが死ぬか話すかのどちらかしかない。君は正義どころか公正なルールまで破るのか? 僕は正々堂々と君達と運試しをしたというのに、僕を悪者にしてゲームの勝敗を覆そうとでも言うのかい?」


 実際すごい悪者だけど。


 女の子は何も言わなかった。いや、言えないと言った方が正しい。この結果は自分の判断ミスによるものだと無意識に理解してしまっているはずだ。もし彼女が正義の為なら何でもできるという覚悟があったなら僕に向けて銃を撃っていたことだろう。それにそもそも、ナギ先生は僕が死んだくらいではきっと動いてはくれなかったことだし、彼女らの僕が死んだ後の心配は杞憂でしかなかったのだ。


 「さあ、お婆さん。最初に言った通り、あなたが情報を話してくれることを僕は期待しています。僕の予想では情報を話そうとした瞬間にあのおじいさんと同じようなことになると見ています。自分で死ぬか、自分を救ってくれた人の力によって死ぬか……選ばせてあげます」


 「あなたは本当はこんなことを強いられていたわけではなかった……嘘を吐いていたのですね」


 力のない表情で俯いたままそう言った。


 「強いられていました。強いられたからベストを尽くして情報を引き出そうとしました。あなた達の口から情報を得ることはできないということがわかったので、確認の為にあなたには情報を喋ってみてもらいたいのですが」


 お婆さんはどのみち助かることはできないと悟ったのか、僕の要望に素直に応じて情報を話してくれた。


 やはり予想通り、情報の核心を話す前にお婆さんの首は老人と同じように宙を舞った。断面には同じ気持ちの悪い蟲が何匹も蠢いている。


 「先生、こいつらはおそらく寄生虫を操るレプリカによって行動が制限されている人間です。そのレプリカにとって不都合なことをすれば死ぬようになっている…………これが、今回僕が得た情報です」


 「写真の情報が掴めなくて残念だったね」


 「まあ、いいですよ。これはこれでなかなか有益な情報でした。これは予想ですが、もし寄生虫の奴が薬を広めているのだとすればどのレプリカも口止めされていることでしょう。心当たりも一つだけありますし、その通りだったらこれからは有無を言わせずにレプリカを始末できるようになります」


 ナギ先生は僕のもとに歩み寄り、ハンカチを傷口から離して僕にテストの結果を言い渡すと言った。


 「文句なしで合格だよ。君の冷酷さと性格の悪さは嫌悪を通り越して敬意を覚えるほどだ。それも含めて木野君は本当にセコイ男だね。まったくもって男らしくない……でもそんなところがス・テ・キ!」


 おどけてウインクをしてみせる先生だったが、グロテスクな傷口が見えてしまうせいもあって目を背けた。


 「ところで……あのロリはどうするんだい?」


 「先生がこれで始末してください。今日は人を殺しすぎました」


 僕は先生に銃と一発の弾丸を与えた。


 「ふーむ……じゃあ、あの子にネタ明かしていいよね?」


 「やっぱり気付いてましたか」


 「君のような奴が自分を危険に晒すことするわけがないからね」


 ケラケラと笑ってナギ先生は女の子のもとに歩み寄り、敗北感に打ちのめされている彼女の目線の高さに合わせて空っぽの弾倉を見せた。


 「これ、漫画とか映画で見たことあるよね? この通り空っぽ。あのお兄ちゃんにまんまと騙されちゃったね」


 それを聞いた女の子の顔は瞬く間に怒りに満ちたものへと変貌し、同時にこれから自分がどうなるか全てを悟った彼女はただ叫んだ。ろくに動かない足では僕を殴りに行くこともできないということもちゃんと理解できていたのだろう。


 先生は女の子が叫び終わるのをじっと待ってからゆっくりと銃口を彼女に向け、無慈悲にも放たれた弾丸は彼女の脳天を貫いた。

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