狂戦士と魔王 2

 ナギ先生は自分のことを夏川さんの支持者だと言った。

 起き上がった気性の荒い男を三人への見せしめのように殴りつけて簡単な経緯を話してくれた。レプリカの存在を知ったので弾丸を入手し、後は夏川さんに任せたと。

 何故そんなことをしているのか理由を聞いても「その点は夏川君のプライバシーに関わる」と言って教えようとはしなかった。


 「つりあいませんね。僕の方が多く弱みを握られたままだし、先生の説明では結局あなたが何者なのかはわからない」


 ナギ先生は顎に手を当てて唸った。


 「本当に信用してくれて大丈夫なのになぁ……どうしたものか」


 「レプリカを知った経緯を教えてください。内容次第で一応信用はします」


 「む……教師に対してずいぶんと上からだね。『過去』に関する話はタブーにしておいた方がより良い関係を持続できると思うんだけど? 特に君の場合はね」


 心が臓器として体内に存在しているとしたら、今まさにそれに直接触れられたような気分になった。

 運動して流す汗とは別の不快な汗が脇を流れた。頭の中が自分を落ち着かせることだけになっていた。


 「僕の過去を知っているんですか?」


 「いいや何も知らない、推測さ。ごく普通の日常を送ってきた男子高校生にあんな冷酷な戦い方はきっとできないだろうしそもそも首を突っ込まないさ」


 「……」


 「君の過去に興味がないと言えば嘘になるが、今はそんな時じゃないね。仕方ない……君から信用を得るために、先生今から君に対して誠意を見せることにしよう」


 徐に先生は折り畳み式のナイフを取り出した。夏川さんが持っていた物と同一のタイプだ。ナギ先生は右手でそれを持ち、左手で左の耳を掴んだ。その瞬間、何をするのか予測はついたが、あっと驚く間もなく先生は自らの左耳をナイフで削ぎ落とした。


 四人が状況がわからずにオロオロとしているのが見えた。

 ナギ先生は削ぎ落とした耳をつまんで僕の方へ突き出した。


 「今回のところはこれで勘弁してもらいたい。この通り、先生は本気だ。言わなくてもわかるだろうけどめちゃくちゃ痛いからな?」 


 無表情で先生はそう言い、これ以上先生の解体ショーを見るわけにもいかなかったのでテストを受けることにした。

 四人を全滅させずにレプリカの情報を聞き出す。拘束を解かれた男がいつまでも変身しない様子から察するに、この人達はレプリカではない。重病が急激に回復したということならパチモノにでもされたのだろうか? 何にせよ、これは願ってもないチャンスだ。


 「二つ確認させてください」


 僕はナギ先生にそう聞くと、ハンカチで止血をしながら先生は応じた。


 「なんだい?」


 「僕は情報を聞き出すだけでいいんですよね? 僕の身は僕が守らないと駄目なんですかね?」


 「先生が護衛してやる。君の本領は腕っ節じゃあないからね」


 「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」


 本題である質問を僕は先生にする。


 「不合格だった場合、僕はどうなりますか?」


 「どうなると思う?」


 どうなるか? レプリカと戦う資格がないと見なされて銃を奪われたりされるのだろうか?

 思った通りにそう言ってみたがそんなことをするつもりはないと先生は言った。では何だろう?


 「先生の秘密を知った木野君を始末する」


 「……!!」


 ハメられたのか? 僕は? 


 「冗談だよ。本気で驚いた顔をするなよ。君ならそう言うと思って言ってみたくなっただけさ。ほら、そろそろ試験開始といこうか。特別なペナルティーはないにしても、不細工な結果に終わるのは感心しないからね?」


 光のないナギ先生の目に射抜かれた僕は銃を持って四人のもとへ歩み寄るしかなかった。弾はレプリカ用の赤い弾丸が三つと青い弾が一つ、残りは警察の銃から拝借した普通の弾丸だ。


 手足を拘束されて横たっている三人は僕を見上げ、拘束を解かれていた気性の荒いおじさんは立ち上がり、僕を見下ろした。


 「坊主、俺達をどうするつもりだ?」


 威圧するような問いに僕は答える。


 「話がしたいんです。正確には僕の質問攻めに応じてもらうだけですが、聞かれた通りにちゃんと答えてくれれば決して危害は加えないと約束します」


 「ちょっと待て、お前もあの薄気味悪い奴の仲間だな? 何故俺達にこんな仕打ちをするんだ!」


 この様子ではナギ先生からは何も聞いていないようだ。


 「ですから、僕の質問に応じていただく為です。大人しくしていただければ安全ですから」


 「質問なんか知るか! 早く俺達を家に帰らせろ!!」


 「まずはこの写真に写っているこの女性を見てください。皆さんはこの人物について何か知っていますか」


 おそらく最初のレプリカであり薬を持ち出した張本人。僕はこの人物を入間君を始末した翌日のあの公園で見かけていた。

 その時は気付かなかったが、二人いた刑事のうちの一人の女の方はこの写真の女と全く同じ顔をしていたのだ。

 男は僕が指差した位置を少し見て、


 「そんな奴知らん!! いいから早くここから」


 興奮したおじさんが言葉を言い終える前に僕は彼の脳天をめがけて発砲した。知らないなら他の三人に聞けばいい。すぐ怒る人は嫌いなんだ。

 支えを失ったようにおじさんはがくりとその場に倒れ、少ししてから残りの三人が悲鳴を上げたので静かにしてもらう為に銃を彼らに向けた。


 「やるねえ」


 ナギ先生が感心して言った。


 「恐怖政治は為政者が死なない限り最も効率的な統治の仕方であると思う。僕はされたくないけど」


 僕は三人に向けて言った。


 「質問に応じなければこうなります。発言にはくれぐれも注意してください」


 僕みたいな奴が本当に人を撃たないとでも思っていたのか、怯えの中に驚きの色が色濃く表れていた。

 まずは何て質問しようか考えていると、僕はある違和感に気付き、ナギ先生に質問した。


 「レプリカに攻撃された人間は死んだら塵になることはわかりますよね?」


 「もちろん」


 「今殺した人……塵になりませんけど?」


 そうなのだ。普通のパチモノならすぐに塵になるはずなのにいつまでも原型を留めた死体はそこにある。


 「それは先生に聞かないでそこのお三方に聞くといい。パチモノでないことは確かさ」


 なんてことだ、軽率だった。死体が残るということはまたも警察沙汰になるのは目に見えている。クソ、一人死んでも残り三人もいるからいいなどと考えるべきではなかったな。


 「安心していいよ。死体の処理は先生がしておくから、君は心置きなくテストを続けてくれ」


 ナギ先生がそう言ってはくれたが、本当に大丈夫だろうか。

 ひとまず気を取り直し、僕は三人に向き合った。


 「……というわけで、まずはこの写真の女性についてとあなた達がなんなのかを教えてください」


 三人は顔を見合わせ、温厚な印象の七十代くらいの男性が代表して答えた。


 「そこに写っている人は知りません。それと、ワシらはあるお方に救われたのです。話せることはそれだけです」


 一番知りたかった情報だったが、まあこんなに簡単にわかるものと思っていなかったからその点は別にいい。


 「答えになっていませんね。救われたとはどういうことか、あるお方とは誰かを教えてください」


 「それは話せない」


 「殺しますよ?」


 弾を通常の物に全て詰め替えた。


 「箝口令が敷かれている。話した瞬間、ワシらは今の健康な身体を失ってしまうのです」


 僕は俯き加減でそう言った老人の頭に銃口を押し付けた。


 「なら、選んでください。話してもとの入院生活に戻るか、ここで殺されることで健康体のまま死ぬか……選ばせてあげます」


 「そんな惨いことを!」とお婆さんは言ったが無視する。

 老人は口を閉ざしたまま話そうとしない。気の毒だが、僕は黙秘権を容認するつもりは毛頭ない。


 「十秒待ちます。それまでに答えてください」


 僕は秒読みを開始した。

 お婆さんが涙を流して僕に制止を訴えかけるがやめる気はない。僕と同じように、老人も黙ることをやめようとしなかった。


 「七…………六…………」


 お婆さんが拘束されて身動きがままならないまま自分を無理やり土下座の体制にして僕にこの老人を殺さないでくれと懇願した。


 「三…………二…………」


 まだ答えない。そのまま十秒が経ち、僕は引き金に指をかけたが、指をそれ以上引くことはしなかった。


 老人はゆっくりと頭を上げて僕を見た。


 「わかりませんね」


 僕は大きく息を吐いた。


 「箝口令くらい誰も咎めたりしませんよ。あなたがそこまで意地になって秘密を守ろうとする理由が僕にはわかりません。本当は撃たないとでも思っているんですか?」


 「秘密を守るという約束を交わしたのだ。約束を破ることは『正義』に反する『悪』の行為だ」


 老人は力強くそう言った。


 「健康な身体が失われるのが怖いのではない。君が撃たないと高をくくっているわけでもない。ただワシは……最後まで正義を貫きたいだけだ」


 なんだこの人? 正義を貫く? そんな理由しかないのか?


 「それだけですか? 出まかせ言って誤魔化そうとしていませんか?」


 「正義という言葉をこんなずる賢い使い方はしない」


 僕の目を見てはっきりとそう答えた。


 「後ろのお二人もそうなのですか?」


 そう聞くと、二人は頷いた。これは普通じゃない。


 「病院で何かされたんですか?」


 「正義の素晴らしさを教えてもらっただけ……」


 ずっと黙っていた女の子がそう言った。


 「誰に?」


 これはまるで新手の宗教か何かだな。

 僕の問いかけに答える者はいなかった。少し話の仕方で別の方法を思いついたので僕は老人から離れ、女の子の方へ向かった。


 「何を……?」


 態度は毅然としたものであったが、女の子が明らかに怯えているのがわかった。


 「この子を人質にします。なので、もう一度だけする質問に答えなければこの子を殺します」


 二人の老人の顔が一気に青ざめたのがわかった。ナギ先生は離れた位置でニヤニヤしている。


 「あなた達を救った人物及びその方法について教えてください」


 子供が関わると老人は一気に動揺した。二人にとっては究極の選択だろう。子供の命を救うという正義を為すか、秘密を守り続けるという正義を為すか……さあ、どうする?


 「わ……ワシらを救ってくださった方は……」


 「ダメ! おじいちゃん! 言っちゃダメ!!」


 「余計なことを言ってはいけない」


 そう言って僕は女の子の太ももを撃った。

 女の子は突然の激痛にのた打ち回り、お婆さんは僕のことを人でなしと罵った。


 「痛い! 痛い!」


 「静かに。さあ、この子を見捨ててでもあなた達は正義を貫きますか?」


 老人は苦虫を噛んだような表情をした。お婆さんの方はひたすら女の子の名前を叫んでいる。気の毒だが、話してくれさえすれば楽にしてやるさ。


 「わかったよ……話す」 


 老人のその言葉を聞いた女の子は激痛に耐えながら声を張り上げて「絶対にダメ!」と叫んだ。一体何がこの人達をそうさせているのか。この時僕は、秘密を守るために舌を噛んだ宮島さんのことを思い出した。


 「やめてえ! わたしは大丈夫だからあ!!」


 少女の必死の呼びかけには応じず、決意を固めた老人は僕を貫くような目つきで睨みつけた。


 「これがワシの貫く正義だ。よく聞け悪魔め! そんなに知りたいのなら教えてやる! ワシらをお救いくださったお方は」


 この瞬間、老人は言葉を言い終えることはなかった。

 彼の意思ではない。一体どこの誰が自分の意思で自らの首をはねることができようか。 


 老人が言葉を言い終える前に老人の首は弧を描いて宙を舞い、僕と少女の前にごろんと転がってきた。その表情は覚悟を決めた漢の顔だったが、目から光は失われていた。

はっきり言おう。何がなんだかわからない。食い破られたような断面から判断するに第三者に斬られたわけではない。

 これはきっとレプリカの仕業であろうことだけが……僕には理解できた。


 「い……いやああああああ!!!」


 小学生には刺激が強すぎるなんてものじゃないだろう。ゲームでこんなシーンを見たことはあるが、僕だってこんなもの生で見せられたら平気ではいられない。


 「ナギ先生……一体……これは?」


 「試験管への質問は問題文の不備と印刷が悪くて読めない文字に関することだけだ。今の状況は問題の核心だよ?」


 僕は首のない老人の死体を観察する。首の断面を見ると、突然首が飛んだ答えがそこにはあった。


 「これは…………何だ?」 


 血で赤黒く染まったのか? 遠目からではわからないが近付いて見てみると無数に蠢く赤黒い塊が首の断面を埋め尽くしている。

 見たこともない形の生物だが、既存の生物をそれに当てはめて表現するならば「蟲」という言葉が一番似合うだろう。


 「ナギ先生、ナイフ貸してもらえますか?」


 僕は先生からナイフを受け取り、それで最初に射殺した男の首元を切った。

 すると予想通り、首の切れ目から赤黒く蠢く蟲が姿を現した。 


 もう一つ僕は思い立って女の子の太ももに撃ち込んだ弾丸の箇所を覗かせてもらった。首ほどでもなかったが、目を凝らすと蟲は確かにいるのがわかった。


 「二人とも、自分の身体がどうなっているかはご存知ですか?」


 二人とも質問の意味が分からないという風に僕を見上げた。

 急激に病気から回復したのはこの蟲が原因なのだろうか? だとしたらこれは新種の病気というより「寄生虫を操るレプリカ」がいるのかもしれない。

 四人を救った方法が寄生虫を寄生させることにあるならば間違いなくレプリカはそうした張本人だ。寄生虫にどれほどの能力があるのかは知らないが、レプリカは自分の正体がバラされそうになったら宿主を殺すように蟲をコントロールしているのだろうか? それを知ることがこのテストの合格にもつながりそうだ。


 「二人に質問します。あなた達はどのように救われたんですか?」


 これで答えようとしてくれればまた蟲に殺されるかもしれない。そうなることで寄生虫のレプリカの特性が少し把握できる。


 二人は答えなかった。ここでどちらかを殺してしまうのは賢明ではない。恐怖とは死ぬことだけじゃない。僕は自分の知っている限りの恐怖や緊張の瞬間を考え、今手元にある道具を使って何ができるかを思案した。


 「ではこうしましょう」


 そう言って僕は椅子になる物を三つ並べて二人の拘束を解いてやった。その様子をナギ先生は訝しげに見守っている。

 僕は二人に座るよう促し、妙な真似をすればナギ先生に殺されるぞと釘を打って今さっき考え付いた方法を二人に告げた。


 「ロシアンルーレットをしましょう。危険と判断したら先ほどの質問に答えるという条件でゲームを降りてもらって構いません」

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