狂戦士と魔王 1
夏川さんが入院してから二週間が過ぎようとしていた。
レプリカの情報も何も掴めないまま時間は過ぎていくかと思ったが、僕はレプリカ達に対して優位に立てるかもしれない情報を掴みかけている。おそらく、レプリカ達からしてみれば致命的な情報だろう。そうであってほしい。
「おや? なんだいその薄汚く黄ばんだ紙切れは?」
雑音が絶え間なく耳に入る中、神田さんが残したたった一つの手掛かりであるボロボロの集合写真を手に取って端に写っている女性を確認していたところをナギ先生に見られ、そう聞かれた。写真を頭より下に置いて見ていると気持ちが悪くなってくる。
「いえ、別に」
この女性が僕の思っている通りの最初のレプリカであり薬を広めている人間であるなら僕は自分のことを知られずにこの人物を始末できる。とは思ったが、薬を広めている人間は男だという情報を夏川さんから仕入れたうえ、この写真の女に近づく手段を僕は持っていない。警察関係者とはそもそも関わりたくもないのに。
「別にってことはないだろう。そんな思い出が詰まってそうなもんを持ち歩いてんだから何かしらあるでしょう」
「思い出なんかありませんよ。そんなことより聞きたいことがあるんですけど」
「君の質問の察しはつくけど一応聞いておこう」
「僕は補習に呼ばれたはずなのにどうして先生の車に乗せられてるんですか?」
僕は何故か誘われるがままにナギ先生と一緒に車に乗ってしまったのだ。どうしてかはよくわからないがとにかく乗ってしまった。もうすぐ日は沈む。先生と生徒が二人きりでドライブとは禁断の関係のように聞こえたりもするが僕とナギ先生に限っては有り得ない。
「別に大したことではないけれど重要なことだ」
「どっちなんですか……」
「まあ、重要だね。何を隠そう木野君に見てもらいたいものがあってね」
「いや、車に乗る前に教えてくださいよ。電車の時間とかあるんですし」
「冷たいことを言うなあ。いつも君の学力向上に貢献してやってるんだから君の方も先生に何かしてくれてもいいんじゃないかなあ」
言っては悪いが、教師が学力向上に貢献するのは大前提だろう。
「夏川君のこと、わかってるよね?」
日が完全に沈んだ頃に先生は僕に問いかけ、僕は入院の件かと聞いた。
「正確には夏川君の病院のことさ。君、見舞いには多分行ったんだろ?」
「行きましたけど、何か?」
「こんな噂は聞かなかったかい? 『死霊術死』が重病の患者を蘇らせているとか……いや、この噂はパターンがあったっけ。何かこんな感じの聞いてないかな?」
「いえ、全然」
「ふむ、そうか」
今日のナギ先生は珍しく表情に乏しい。いつもの不快な笑みを浮かべることが今のところまだない。
「これから行く場所で君にテストを行う。合格基準は現場で言い渡すから、しばらく寝てていいよ」
あからさまに怪しい一言だった。
「僕に一体何をさせるつもりなんですか? 生物のテストなんかじゃあないですよね?」
ナギ先生はにぃーっといつもの三割増しには不気味な笑みを浮かべた。まるで今まで我慢していたかのように。
「生物のテストさ。ちょっとした『実技』テストだよ」
ナギ先生が運転する車が辿り着いた先は使われなくなった港の格納庫のような大きくだだっ広い空間だった。真っ暗な場所だが、穴が開いた高い天井から月の光が漏れてきている。
ナギ先生が持参したランプを照らすと、生気のない無機質な風景が広がったと同時に、狼に怯える子羊のように身体を震わせる人影が奥の方に四つ見えた。
「あの人達は?」
「夏川君の病院から劇的な回復をして念願の健康体を手に入れたジジババとロリだよ」
ナギ先生が彼らのもとへ歩み寄り、僕もそれについていく。彼らに当たる光がより濃くなったことで彼らの容姿もあらわになった。
高齢男性が二人、高齢女性一人、小四くらいの女の子一人。全員手足を拘束されて口にはガムテープが貼られていた。
ナギ先生が一人ずつガムテープをはがしていき、高齢男性のうち気性が荒そうな人の拘束を解いた。
「このクソガキが!」
男性は拘束を解かれるやいなやそう叫んでナギ先生に掴みかかろうとしたが、先生に触れることすら叶わず鳩尾を殴られてその場にうずくまった。その様子に三人は声にならない声で怯えた様子を表した。
「テストの内容及び合格基準を言い渡す!」
ナギ先生はうずくまった男性を一瞥することもなく僕の方を振り返ってそう言った。
「こいつらを殺さずにレプリカの情報を入手してみなさい。合格基準は一人でも生き残っていればオールオッケー」
レプリカのことを知っているだと?
「先生は何者なんですか?」
「先生のことはどうだっていいんだ。今重要なのは君のことだ」
「信用できません。僕みたいな一般的な男子高校生に拷問でもしろと言っているのですか? そもそもレプリカってなんですか?」
「おいおい、見苦しすぎる言い訳をするなよ。君のことはもう全部知ってるんだよ。宮島君から結城君のことまでその間の過程もね」
口から出まかせで言えるようなことではなかった。どうやら僕は本当にレプリカを消したことを知られているようだった。何故バレたのか? 情報はどれくらい広げられたか? 抱えていた不安が一気に舞い上がった。
「自棄になって先生をその鞄に入れてある銃で殺そうとすることはお勧めしないな。やったことはないが、先生は弾丸を避けることくらいは朝飯前だ。大丈夫。誰にも君のことは話していない」
「仮にあなたがそう言われたとして、それを信用できると思いますか?」
ナギ先生は少し思案する素振りを見せた。わざとらしい素振りだった。
「なら、先生のことを話そう。これで公平だ。限りなくフェアな条件が整うだろう」
そう言って先生は近くにあった鉄の箱に腰かけ、僕にも何かに腰かけるよう促した。四人は抵抗しようとはしていなかった。
「ワタシは夏川君の支持者だ。彼女に銃と弾丸を与えたのは他でもないこのナギ先生だ」
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