ジレンマ
朝のニュースで入間君のことが話題になる前に彼を始末した場所に向かい、既に多くの野次馬が集まっているその場所に偶然を装って近付いてみることにした。
「何かあったんですか?」
近くにいた話しかけやすそうな初老の男性にそう聞いてみると、男女の死体が見つかったというその通りの事実を話してくれた。霧村さんの方はともかく、今の時点で入間君の死因は推測できるのだろうか。仮にできたとしたら、まさか犯人が僕であるという結論に達したりはしないだろうか。こういった考えれば考えるほど不安になる悩みの種が生まれるからあまり自分で直接手を下すのは嫌なんだ。まあ、証拠になるものは一応残してはいないはずだから大丈夫だとは思うけど、日本の警察は優秀みたいだからどうしても嫌な不安は残る。
僕はがやがやと騒いでいる野次馬達をかき分けて現場を見に行った。七、八人程度の警察官達が色々やっている。奥に見えるあのシートにはどちらかの死体が包まれているのだろう。
警察官のうちの二人に刑事と思しき男女がいる。一人は若い男性で、左腕を怪我している。もう一人は男性の上司と思われる女性だが、二人に年齢の差はほとんどないように見えるくらい若い女の人だった。
ただ、気のせいかもしれないが、女性の方の刑事の顔にどこか見覚えがあった。どこかですれ違ったかな。
僕がここに来た理由の一つは単なる好奇心と警察の持つ武器にサイレンサーがないかどうか探りにきたのだが、日本でそういった道具にお目にかかれることは期待できそうにない。これからのことを考えると必要性はどうしてもというほどでもないが持っておけるものなら持っておきたい。誰かに銃を撃ったところを知られて通報なんてされた日には一巻の終わりだ。
「あの、すいません、ちょっといいですか?」
ふと、僕に話しかける同年代くらいの女の子の声がした。
声がした方向に振り返ると、そこには同じ学校の制服を着た僕より少し背の低い女子が僕をじっと見ていた。
「……はい?」
「急にすいません。自分、一年の霜野一紗と言います。霧村先輩と同じ新聞部です」
念の為僕は彼女に対して警戒し、余計なことを口走らないよう意識した。
「あなた、木野先輩……ですよね?」
「そうだけど」
「いくつか聞きたいことがあるんですけど、今、いいでしょうか?」
僕は断った。しかし、霜野と名乗る後輩は引き下がらなかった。
「木野先輩達が霧村先輩と共に連続失踪事件の犯人を追っていたのは知っています。その点を踏まえたうえでお話を聞きたいのですが」
それを知られているのでは彼女がどこまで知っているのかを探ることも兼ねて上手く誤魔化した方がいいのかもしれない。
「僕以外のメンバーには話を聞いたの?」
「いえ、まだです。後で聞いてみようとは思ってますがね」
彼女が話を聞くことができるメンバーは今のところ僕とニシマンさんだけだろう。夏川さんは多分今日は学校には来ない。
「……ここだとうるさいから、場所を変えて話そう」
僕らは野次馬の集団をかき分け、ひとまず野次馬達から少し離れたベンチに座った。入間君を始末したベンチはちょうど入れない。そこに死体があるから当然か。
「まず、どこで僕のことを知ったの? 霧村さんから?」
「いえ、最初に木野先輩のことを知ったのは事件のタレコミをしてくれたナギ先生が持っていた写真からでした。他のメンバーの写真も先生は持っていました」
何の真似だ? 霧村さんがメンバーに入った理由の根源にはナギ先生が関わっていたのか? だとしたら何故そんなことを。
「じゃあ、霜野さんがこうして僕に話を聞こうとする理由は何かあるの? 君も霧村さんと同じように犯人を追うつもりでもあるのかい?」
「なくもないですけど、深入りする気はありません。現に霧村先輩は犯人の正体を掴みかけていたけどこうして殺されています。おそらく思っていた犯人が違ったか、または知りすぎた故に殺されたかのどちらかと考えています」
霜野さんは真剣な表情をしていた。彼女の憶測は後者が半分正解だ。
知りすぎた故に霧村さんは僕が見殺しにした。見殺した……という表現がしっくりくるだろうか。
「……それじゃあ、君は犯人があのグループの中にいたと考えているのかな?」
「今のところは」
まさかとは思うがこいつ……僕を疑っているのか?
探るような目で霜野さんは僕を見ている。ここでなんとかしておかないと僕への疑いはきっと深まることだろう。
今更ながら失敗したと感じた。完全勝利を掴み取ったはずがいささか悪い意味で完全すぎたのかもしれない。
鹿島君と霧村さんに入間君は死亡。ニシマンさんは脱落。結城先輩は死んだが、扱いとしては行方不明だろう。夏川さんは重傷。僕はご覧の通り傷一つついてない。
霜野さんは後に僕だけが万全であることを知るだろう。そうなる前に疑いを晴らしておかなければ何をされるかわかったものじゃない。
「単刀直入に聞かせてもらう」
僕は快楽殺人鬼じゃない。だからこそ、殺すべき人間は無闇に増やしたくはない。
「僕が犯人だとしたらどうする?」
「そのままあっちにいるお巡りさん達に通報しますね」
「霧村さんの復讐を考えたりはしてないの?」
「……」
「余計なお世話かもしれないけど、復讐ならやめたほうがいい」
「誰だってそう言います」
歯を食いしばって霜野さんは言った。
「まあ……どんな理由か知らないけど、僕は見た目の通りの小心者だからね。鹿島君が殺されてしばらくしてからあのグループからは抜けたんだ。だから、霜野さんに話せることなんてほとんどないよ」
彼女は何か言いたそうな表情をしている。僕が何者であるか見極めてから話そうとしているのか、それとも僕の言葉を単に信じることができていないだけなのか……それを知る方法は僕にはない。
「……そうでしたか、すいませんでした。突然こんな話をしてしまって」
「別に、気にしなくていいよ」
彼女は口ではそう謝罪しているが、僕を疑うことはまだやめていなさそうだ。
「とにかく、あまりこの手の事件には手を出さないほうがいいよ。知っちゃいけないところまで知って、それを知られたがらない人間に消されるかもしれないんだから」
「脅しですか?」
「ただの親切心さ。まだ公にはなっていないけど、結城先輩はおそらく失踪した。犯人を捕まえることに一番熱心だったのはあの人だったから、もしかしたら何かを知りすぎたせいで殺されたのかもしれない」
これは真っ赤な嘘だが、牽制にはなるかもしれない。いや、なってくれたらありがたい。
入間君が犯人だとわかるのは最早時間の問題だ。その時まで誤魔化しきれば、彼女は納得してくれるだろうか。いや、そうなればそうなったで誰が入間君を殺したかという新たな疑問が生まれることだろう。その時にまた僕が疑われたらかなり面倒だな。
「……」
「今のうちに手を引いた方がいい」
でないと、僕が安心して日々を過ごすことができなくなるじゃないか。
「あるお方から気になることを聞いているんです」
話を変えるように霜野さんは言った。これから言うことが自分の本来の目的であるかのように。
「今回の事件では殺人鬼の他にもう一つの敵にあたる人物が先輩方のグループにいるみたいなんです」
「なんのことかわからないな」
「自分でも持っている情報が漠然としすぎていて質問しようにも質問ができないといったところが本音です」
「……それじゃ話にならない」
「ですよね」
もう一つの敵にあたる人物……彼女の言っている通りそんな人物がいるとしたら消去法で僕か夏川さんかニシマンさんか。
ニシマンさんに何らかの企みがあったとは考えにくい。なら僕のことだろうか? いや、きっとそうだ。第三者の視点から僕の行動を振り返れば結城さん達の味方では全くなかった。現に、危険だと判断した霧村さんには上手いこと消えてもらったわけだし。
「霜野さんは犯人の他にそのもう一つの敵っていうのを追っているの? ていうか、そもそもなんでこんなことしてるのさ? って……そこは復讐だったか」
霜野さんはしばらく考え込んでいた。
それにしてもだ、新聞部の人はみんなこうなのか? どうしてわざわざこんな知らなければいいことを知ろうとするんだ。馬鹿なのか? 危険だということくらいわからないのか? 深入りする気はないと言ってはいるがそこまで都合よくさじ加減ができるわけではない。人殺しを追ったら逆に自分が殺されるかもしれないという簡単な予測すら立てられないのか?
「復讐なんかしません」
「はい?」
至って真面目な様子で答えたので変な声が出てしまった。
「先輩が死んだのはわたしが先輩をちゃんと止めてやれなかったせいです。わたしが先輩を見殺しにしたも同然なんです……だからわたしが先輩にしてやれることはこれくらいしかないので」
やる気のなさそうな顔をしていた割に随分と先輩思いな優しい人だ。しかし馬鹿だ。
「本気なの? 君はそんな理由で犯人を追おうと言っているのか?」
「っ……そんな理由とはなんです!」
「深入りしないにしても霜野さんも霧村さんと同じ目に遭うかもしれないんだぞ。そうなれば君の友達とかは君を止められなかったと言ってまた同じことをするかもしれない。そうしたらまたその友達が……といった具合にどこまでも負の連鎖は続く。君がやろうとしていることはその第一歩じゃないのか?」
「……っ」
「死んだ人間は勝手に死んだんだ。君の償いの理論は因果を辿れば誰のせいにもなり得る。そうやって心を痛めるのは死んだ人間からしても迷惑なことだと思う」
「だけど」
「自己満足を他人の為と言って正当化するのはやめた方がいい」
世の中そんな人間ばかりだ。だからこそ僕は一人で平穏に生きていたい。人付き合いが苦手な理由もそこにあるのかもしれない。
僕の意思に同調してくれるならば、霜野さんはこの件から手を引いてくれるだろうか。頼むから大人しくしていてくれ。こうして知ったような言葉を吐くのも偽善者のようで気分が悪い。
「……またお話を伺うことがあれば、その時はまたよろしくお願いします」
憮然とした表情でそう言って霜野さんは去っていった。正直、二度とこの件で話したくはない。
彼女のことはどうしようか。大事を取って殺しておくにも、それはそれで新たな不安が生まれてしまうことだろう。それに証拠を残さずに人を殺すのは楽じゃない。
「……疑心暗鬼かな」
こんな頭の使い方をするのは久しぶりだからなのか、一度深く考え出すと迷走していってしまう。
考えるのをやめればそこまでだが、考えすぎも心を病むだけか。いや、僕のしたことがバレるのは割と本気でマズイことだ。こういった状況下では少し考えすぎているくらいがちょうどいいのだろうか。昔のようなミスを再び犯したら今度こそどうなる? 間違いなく今度こそ僕の人生は終わりを告げることだろう。
…………これもまた考えすぎだ。一日はまだ始まったばかり。今日はこんな気分で過ごさなくてはならないのか? 冗談じゃない。
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