Killer's day 6

 月曜日ほど嫌になる日はない。理由は学校がまた始まるからという単純なものだが、今日は月曜という日が一つの記念日になろうとしている。


 「はあ……はぁ……っはあ」


 俺は今、放課後の生徒達がまばらになりつつある廊下を全速力で走っている。

 手紙に書いてある時間には三十分も遅れちまっている。


 「はあ……はあ、はっ……はっ」


 ようやく俺にも……。


 「はあ……はぁ……っどけ!」


 ついに俺にも……。


 「はあ……はぁ……まだいてくれよ」


 こんな俺にもとうとう……やっと。


 「春が来るっ!」


 そして俺は、汗だくになりながら全速力で階段を登りきり、まさに希望の扉と化した屋上の扉を開けたのだった。

 勢いの強い風が吹きこんだ。

 生まれて初めて受け取ったラブレターには可愛らしい丸みを帯びた字で「ずっと好きでした! 十六時に屋上で待ってます。ひとりで来てください」と書かれていた。

 最近はムカつく女どもとしか関わっていないから、清楚で純粋な心を持った子を熱望している。そのせいか、全身が脈打っているのが感じられる。その子はどこで待ってくれているのかを捜そうと辺りを見回そうとした。

 だが、何故か俺は首を動かす動作を完了させることができず、いつの間にか視界が横になって見えていることに気がつくと同時に、口の辺りから鈍く持続している痛みにも気がついた。


 「あ……はひ……? ふぇ……はほ?」


 い、痛い! 何とか身体を起こすと、目の前に小指の爪と比べて少し小さく白いものが赤みを帯びて転がっていた。

前歯だ。紛れもない、正真正銘俺の……。


 「ひいいいいいい!!」


 「うるせえぞ、静かに叫べ」


 振り返るとそこには、見たこともない冷たい目をして俺を見下ろす夏川が立っていた。コイツは火の点いた煙草を左手の人差し指と中指で挟んで持っていた。

 こんな奴だったか? 俺はこいつに口を肘で打たれたのか?


 「立て、殴りにくい」


 俺は夏川に髪を掴まれて無理やり立たされた。それからすかさずコイツは俺の鼻に煙草を持ったままの手で裏拳を一発、そのまま頭を下ろされて膝で鼻を打たれた。


 「んガッ! ぐ……げえッ!」


 無言で夏川は俺の身体の至る箇所を殴っては蹴りつけ、壁に何度も叩きつけられた。

 何故俺がこんな目に遭うのか考える一瞬の余裕ができた瞬間、俺はここで殺されるとだけ思った。ラブレターのことなどとうに忘れていた。情けないが、死にたくないとただ願うばかりだった。


 「や……やめ……助け……うげえ!」


 ただ殴られ、まだ殴られ、蹴られ、踏みつけられている。この強さ、コイツ本当に女かよ!


 「お願いだ! もう許して! ね!? ね!? 許し……おうッ!」


 「……」


 た、玉が……潰れたんじゃないのか? 痛みが、ひどすぎる。このままだと本当に死んじまう!


 夏川は一通り俺を殴り終え、最後に強めの一撃をくらって吹っ飛ばされ、日光で温められたコンクリートの地面に倒れこんだ。


 「ふうう……」


 夏川は大きく息を吐き、こちらに歩み寄ってきた。

 嫌だ。もう殴られるのは嫌だ。


 「余計なもん見ちゃいましたよね?」


 この時、俺は思い出した。結城を殺した女が今目の前にいるってことに。


 「うおおおおおおお!」


 声の限り叫んだら頭を地面に叩きつけられた。


 「だからうるせえよ」


 叫ばずにいられるかってんだ!


 「誰か! たす……んごッ!!」


 「聞き分けの悪いデブだな」


 今の行動で地雷を踏んでしまったのか、またさっきと同じように一通り殴られた。

 最後に横たわっている俺の髪を掴まれ、右目にいつでも火の点いた煙草を押し付けられるように寸止めをされた。


 「次叫んだら、わかるな?」


 「は……はひ!」


 俺は煙草が顔に当たらないように顎を引いて必死に頷いた。叫ばないからもう助けてくれ!


 「質問する。アンタは質問するな。この前、あたしが結城を射殺したとかベラベラと言いふらしたのはお前だな?」


 「は、はい!」


 「だったら」


 髪を掴む力が強くなった。

 女を相手にここまで怖いと思ったのは今日が初めてだ。


 「アンタを生かして帰すことはできない」


 右目の前の煙草がさらに近付いた。

 叫ばないという言いつけをまもっているわけでもないのに声が声にならない。荒い息を犬のように吐いちまっている。


 「とは言わない。あたしが言いたいのはこれ以上誰にもあたしに関することを何も話すなってことだ。誰にも話さずに大人しくしてくれていれば、アンタに危害は加えないと約束しよう」


 俺は声にならない声を発しながら必死に頷いた。よかった! これで助かる!


 夏川は俺の髪から手を離して立ち上がった。左手の指で挟んでいた煙草は携帯灰皿に処分した。すると何故か、徐に携帯電話を取り出し、俺を一回撮影した。

 その携帯電話を眉をしかめて見る夏川の顔は、まるで汚物でも見ているかのようだ。


 「もし誰かに話したなら、今のアンタの写真を学校中にばら撒く。ですから、ご内密にお願いしますよ。『西先輩』」


 夏川は皮肉混じりに俺の名を言って去っていった。まつ毛が濡れていることに気付いた。泣いていたのか、俺は。必死だったんでわからなかった。しかし、写真をばら撒くなんてどういうことだ?俺の写真なんて何にもならないだろと思って立ち上がったら、俺の足場とズボンがびしょびしょに濡れていることに気付いた。まさか……これは。


 全てを悟った俺は、その場で立ち尽くし、もう一度静かに泣いた。

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