Killer's day 5
憐れな被害者達の馴れ合いの場かと思って結城先輩主導のグループに入り、霧村さんには友達が殺されたという嘘を吐いてまで、仲間としてここまでやってきたが、彼らの状況はとてもじゃないが馴れ合いなんてものでは言い表せない。
ニシマンさんと三橋さん以外は、互いを利用し合っているはずだ。
当然、僕もそうだけど。
「つまり、レプリカが武器を使って二人を襲ったんじゃなくて、確かに別の犯人がいるって考えていいわけだね」
携帯電話越しに夏川の声が聞こえてくる。
声の調子からして、上手いこといったみたいだ。
『そういうことだ。そしてその犯人は入間かもしれないってことで話は進んでいるわけだが……ソイツのことはちゃんと見張れているのか?』
「夏川さん達をを捜しにいくと言って出ていったのを尾行してるけど、やっぱりまだ証拠がないね」
レプリカに攻撃されず、犯人に攻撃されたと言っていた彼だが、今まで死体を残さずに犯行を遂行していた犯人が死体を残したうえ、対象を殺し損ねるのは不自然だ。しかし、彼を犯人とみなすにはまだ証拠がないと二人は思っている。
「それはそうと、結城先輩の能力はわかったの? ていうか、今近くにいる?」
能力こと、レプリカ特有の特技。神田さんが生きていれば、今頃薬を持ち出したレプリカの特技もわかっているところだろう。
『ああ、なんなら代わろうか?』
「お願いするよ。その前に、先輩はパチモノのことは知っているの? 既に誰かをそんな風にしたっていうことはないの?」
『ああ、そのことについて色々聞いてみたが、本当にとぼけている様子はなかった。レプリカ共のボスが敢えて知らせていないのかなんだか知らないがな』
パチモノを増やされて起こる何か面倒なこと。それは、神田さんのようなパチモノが増えて、反乱が起こることを阻止しようとしているのだろうか。今の手がかりじゃどれも仮説にしかならないが。
『必要となれば、意図的にパチモンを作って利用するってやり方も案外使えるかもしれないな』
「意外だね。夏川さんが積極的にレプリカの力に頼ろうとするのは。何でも自分一人で切り抜けようとするものだと思ってた」
『まあ、パチモン程度なら素手でどうにでもなるし、結城のお願いに付き合う必要ができたことだしな。入間の証拠をあぶりだして、スッキリと事を済ませる為の手段は何だっていいよ』
「その辺りは夏川さんに全部任せるよ。あ、結城先輩に代わってくれない?」
しばらくしてから、携帯電話越しの声は結城先輩のものになった。
『もしもし』
結城先輩の声にどことなく垢抜けたような印象を覚えた。
「どうも、レプリカはやはり先輩だったんですね」
『夏川さんから聞いたら、直接気付いたのは木野君だったらしいわね。どうしてバレちゃったのかしら?』
「気付いたわけじゃないです。なんとなく怪しいと思ったので、夏川さんに鎌をかけるように頼んでみただけです」
しばらく返答はなかった。
電話越しに聞こえる風の音と、生の風の音が混じって耳に入ってきている。
『自分がレプリカであるという先入観のせいで勝手に喋ってしまったというわけなのね……』
その口振りからは僅かながらの悔しさを感じさせられた。
「そういうことです。似たような方法が入間君に通じるかはわかりませんけどね」
相手は連続殺人犯。もし彼が普通の人間であるなら、周囲への警戒は相当なものとなっているはずだ。ましてや、うっかり口を滑らすことなどには期待できないだろう。
「それより、先輩の能力を教えてもらってもいいですか? 一応正式に協力して犯人を捕まえるとなった以上、そのくらいは把握しておきたいですからね」
『……』
電話の奥から夏川さんが自分も聞きたいから話すように先輩を促す声が聞こえた。
『血よ。血の臭いがわかるの。それで犯人を追跡できると思う』
「三橋さん達の前に現れたのは、血の臭いを嗅ぎ取ったからなんですね」
しかし、犯人が誰かはわからなかった。それは鹿島君と入間君以外の血の臭いを嗅ぎ取れなかったから。
本当に犯人が入間君だと仮定するなら、この時点で辻褄は合いそうだ。
『ええ、そんなとこ』
「わかりました。念のため彼の尾行は続けてみます。何かあったら伝えますよ」
『犯人を捕まえるメリットはあなたにはないはずよ。どうして尾行なんて危険な真似までするの?』
「メリットならあります。僕が犯人に狙われる危険がなくなることと、そうすることで、あなたというレプリカを始末できますから」
『…………』
「くれぐれも、夏川さんの前で妙な動きは見せないことをお勧めします。それでは」
電話を切った。
レプリカにしては、人間味の濃い人だなと思った。何でかはわからないが、なんとなくだ。多分、他のレプリカもそうなんだろうけど、奴らが危険なことに変わりはない。薬を広めている人間の企みがわからない以上、結城先輩を信用することはできない。
全てが終わる前に、先輩を始末しなくては。
「頼んだよ」
そう言って僕は、彼に自分のレプリカを倒す術を一つだけ渡した。
夏川さんを裏切ることになるのかもしれないが、最終的には僕らの利益に還元される行為だ。
結城と結託したあの日、屋敷に戻ると誰もいなかった。正確には結城の爺さんがいたらしいが、あたしが会うことはなかった。
その日は金曜日だったので、次に学校へ行くまでは土日を挟んだ。
そして月曜日、あたしは霧村にあの後どうしたのかを聞いてみたら、ひどくよそよそしい態度で家に帰ったと言われた。あたしは彼女の態度が気になって聞いてみるも、なんでもないと逃げるようにそう言われた。
そして昼休み、来る途中にコンビニで買ったパンを音楽を聴きながら食べていると、あたしの元に霧村がやってきて、恐る恐るこう質問した。
「あの……さあ、この前、結城先輩と二人で外にいた時、何してた?」
結城を脅迫していた……とはさすがに言えない。
「別に、普通に見回り。特に変化はなかった」
霧村はどうしていいかわからないといったようにオロオロとしている。なんなんだ。
「今日、学校に来てる結城先輩て……結城先輩だよね」
「……何言ってる?」
ひょっとして、あのやりとりを見られていたのか?
「何があった?」
「ええと、それはなんと言うかその……ごめん! やっぱりなんでもな」
引き返そうとした霧村を捕まえてあたしは言った。
霧村の肩に手を置いた時、ひどくゾッとした顔をされた。
「詳しく話せ」
霧村が教室であたしと面と向かって話をしているところを見られると好奇の対象になるだろうから、人がほとんど来ない第三校舎へ先に行かせてしばらくしてからあたしもそこに向かった。
予想通り、廊下には霧村以外誰もいなかった。
霧村の表情に若干の怯えの色と、何かを期待しているかのような色が見える。何を考えているんだ。
「さっきの質問の意図は何だ?」
「……怒らないで聞いてくれる?」
「内容次第」
息を飲んだようにあたしを見ている。霧村の額に浮かんだ汗が眉間を伝って降りていっている。
霧村は悩んだ末にようやく切り出した。
「単刀直入に聞かせてもらうね。その……結城先輩を射殺したっていうのは……本当なの?」
「……誰がそんなことを言った」
無意識に声が低くなっていたことに気が付いた。
霧村はドキッとしたように身体を震わせた。
そんな質問をされるということはつまり、結城の耳の辺りを撃った場面を誰かに見られていたということか。
「二人が出て行った後にニシマンさんも出て行ったんだ。それからしばらくして、大慌てで帰ってきて、夏川が先輩を……」
あの脂身野郎……。
「それで……あたしは今、霧村達の間では犯人に仕立て上げられているわけだと?」
霧村は「いやいやいや!」と慌てて首を振った。
「あたしは信じてるわけじゃないの。実際、鹿島君が殺された時、一緒にいたわけだし。楓ちゃんの方は……よくわからないけど」
霧村に荒っぽい口止めをする必要はなさそうなのでひとまず安心した。
「今日、結城のことは見たんだろ? それがあたしが無実であるなによりの証拠だろ」
そうため息混じりに言うと、彼女は緊張した表情を緩め、苦笑いで脂身野郎の言ったことがどうしても気になっていたということを言った。
「三橋の方の説得は任せる。頑張って捜してやってくれ。ニシマンにはあたしから誤解を解いておくよ」
「ああ、うん、やっぱり……ニシマンさんの見間違いだったんだよね。ははは」
安心したようで、どこか残念そうに見えるのは何でだ?
「それじゃあ、ごめんね、急に変なこと聞いて。教室戻ろうよ」
「あたしといると変に思われるぞ」
「まあ、夏川のことを怖い人だとか色々言ってる子もいるけど、生死を共にしている仲間だし」
霧村は冗談ぽくそう言って笑った。
必要となればすぐにでも殺そうと考えていたのは言えそうもないが、最近のコイツの様子のはどこか引っかかる部分が多いように感じるのは気のせいだろうか。
「そうだ、一つ頼みがあるんだ」
「え、なに?」
今はとりあえず、面倒な仕事を手短に済ませることが優先だ。それはできるだけ早い方がいい。
「女の子らしさ全開の字、書けるか?」
被害者の鹿島君の通っていた高校に訪問し、彼の普段の様子などを担任の先生やその他のクラスメートにも聞いてみたが、絵に描いたようなごく平凡な男子生徒だったという。
成績は並、身長体重も平均的、スポーツの実績もまあまあといった少年で、特に悪い仲間との付き合いはなかったとのこと。
ただ、これらの証言は全て他の先生方やクラスメートの子達から得られたものだ。当の担任の態度といったらもう。
「ですから、鹿島君のことは普通すぎて大して印象には残っていないと言ったのです。犯人捜しは他所でやっていただけませんかねえ?」
「あんたそれでも教師か!」
「加賀くん、激昂しない」
「若い者がお騒がせしてすみません。しかし、本当に何も知らないのですか? 彼の交友関係や、ご家族の状況などは」
深見刑事が僕を軽く注意し、鬼嶋刑事が僕のことを謝罪して言った。
深見刑事は今朝、突然自分も捜査に加わりたいと願い出て、一緒に行動している。女性の刑事でお子さんを一人持っていらっしゃる先輩だ。
鬼嶋刑事は引き続き共に行動しているし、付き合いも長いし、尊敬している。だから、こんなろくでなしに頭を下げさせてしまった自分の非礼を反省した。
黒いジャージの上に真っ白な白衣を纏った鹿島君の担任、「百瀬凪」は早く帰りたいと言わんばかりに言い放った。
「ウチでは家庭訪問なんて実施してませんからね。交友関係もわからないのに家族の方もわかるわけないでしょう。どうせ犯人は連続失踪事件の奴でしょう? さっさととっ捕まえて、純真な青少年達が安心して暮らせる住みよい街にしてくださいよ」
煽るような言い方に対し、深見刑事は至って冷静に返した。
「ええ、必ず実現させてみせます。そのためにもまずこういった聞き込みも重要な捜査でして……」
「話すことは、全部話しましたよ」
静まり返った応接室に、外で部活動をしている生徒達の活気のある声が響いてくる。
鬼嶋刑事は埒があかないといった素振りは見せずにソファから立ち上がって、「捜査にご協力頂き、ありがとうございました」と深々と頭を下げた。不本意だが僕も同じようにそうした。深見刑事もそうすると思い、ふと彼女の方を見ると、座ったままじっと百瀬先生を見つめて動かない。
その視線に気が付いた百瀬先生も何も言わずに見つめ返す。
ボールをバットで打った甲高い金属音が聞こえた。友人達と談笑する女子生徒達の声が廊下側からも聞こえてくる。
「……何か?」
百瀬先生が問いかける。
「失礼、あの、以前どこかでお会いしませんでしたか?」
深見刑事がそう聞いたのに対し、百瀬先生はじっと深見刑事の顔を見てから言った。
「知りませんね。コンビニですれ違ったりでもしたのでしょう」
「ひどいもんですね。あの変な格好の教師。自分の教え子が殺害されたというのに、まるで他人事だ」
鬼嶋刑事がこちらを見ずに言う。
「実際他人事だ。刑事が一々感情的になるな」
「しかし……普通すぎて何も印象に残ってないという言い方は教師として駄目でしょう」
「素直な人間は嫌いじゃない。記憶に残る人間というのは大抵変わり者だ」
だからって社会的な面とか色々あるでしょうと言いたかったが、これ以上愚痴を垂れても仕方がないのでその言葉は飲み込んだ。
ふと、深見刑事が少し早いが夕食をとらないかと提案してきた。今日の捜査の予定はもうないので、僕はもちろん賛成し、鬼嶋さんもそれを了承した。
車に乗って駅の近くのファミリーレストランを目指す。運転は若手の僕の役目だ。助手席には鬼嶋さん、後部座席の深見さんは聞き込みをしたメモを見ている。
「しかし、失踪事件の類はこの辺りだけでなく、以前から捜査している方のもまだ解決しそうもないですかね」
僕がそう聞くと、深見さんが答えた。
「ええ、その件は県警でも総力を挙げて捜査中だけど、依然として手掛かりはゼロね」
「だが、目撃情報には興味深いものがいくつかある。失踪した人間の中には失踪する直前の週の辺りからやけに気分が高揚していたり、まるで人が変わったかのように活気の満ちた様子になっていた者もいたようだ」
鬼嶋さんに対して深見さんは言った。
「だけど、それはほんのごく少数の証言ですから、連続する事件との関わりは見出せませんね」
「まあ、これからの捜査できっちり解明していくさ」
そうこう話しているうちに目的の店に到着し、僕らは窓際の席に座った。
店内に人はまだ少なくこれから増えていくなる時間帯になる。
「ふうう、今日も疲れたね。加賀くん、最近彼女さんとはどうなの?」
深見さんが明らかにからかっている。
「もう、僕に恋人いたことのないの知ってるでしょう」
「モテると思うけどね」
「高校時代からそれだけは言われてきましたよ。それだけは」
「加賀くんは話してて面白くないからね。背は高いし顔も整ってるのにモテないってのはそこが原因なんだよね。女が求めてるのはイケメンだけじゃないんだよ?」
話してて面白くないって……面と向かってそれ言いますか。
「学生のような会話をしてないで、さっさと注文したらどうだ? 人が増えたら料理が来るのが遅くなる。私はもう決めた」
「ふむ、考えてみれば鬼嶋さんが結婚してるってのもすごいですよね。すっごい堅物なのに」
あんた一応相手は先輩でしょう……。
「妻と娘にはとっくに逃げられたよ。知ってるだろう」
「あはは、これは失礼」
しばらく深見さんがメインに談笑しているうちに、注文を終え、またしばらく経つと料理が運ばれてきた。高校時代、よく行っていたチェーン店だったので、久しぶりに味わうこの店の味にはお袋の味とも言えるような懐かしさがある。
「あっ、こら! 何してるの! あぶないでしょ!」
近くの席にいる家族連れの客の母親であろう女性がそう言ったのが聞こえてきた。
「ああ、大変! 血が出てるわ。ほら、手出して」
子供が爪楊枝で遊んでいて指を怪我したみたいだった。
「子供はかわいいですね。鬼嶋さんの娘さん、今おいくつでしたっけ?」
「今年で十三歳になる」
「あ、うちの子と同い年なんですね。そろそろパパ嫌いって言われちゃう時期じゃないですか?」
深見さんはかなり若く見えるが、それだけ早くに出産を経験したのだろう。
「逆に言われたいところだな。娘には半年ほど妻に会わせてもらっていない」
鬼嶋さんの口振りには特に気にも留めていないことを話すような感情が感じられた。仕事が生涯のパートナーとでも呼べそうな人だから、それはそれでいいのかもしれない。
「そんなことより、明日からも私達と一緒に捜査は続けるのか?」
「ええ、そうさせて頂くつもりです。迷惑でしたか?」
「捜査にはとても役立ってくれるが、加賀君の為にも色々と慎んでほしい発言がいくつかあるな」
「はは……善処します」
それからも深見さんのおかげで会話は途切れることなく続いてそれなりに楽しい食事の時間を過ごせた。
徐々に人が増え始めてきた店内には他の客達の笑い声が聞こえてきたりもして、明るい雰囲気の場所となった。
そんな増え始めてきた客の中、一人だけなんだか変な様子の女の子が入店してきた。見ると着ている服は鹿島君と同じ高校の制服で、所々薄汚れている箇所があるのが見える。
友達がいない人をけなすわけではないが、女子高生がこの時間帯に一人でファミレスに来るのも変わっているかなと思ったが、彼女はどうやらそんな優しい一言では言い表せそうになさそうだ。
「加賀君、わかるか?」
「ヤバイ感じですね、あの子」
深見さんは見極めるように彼女を観察している。
その怪しさを感じさせる女子高生はどことなく虚ろな目をしていて、足取りもおぼつかない。
「いらっしゃいませ、一名様でしょう……あ、あの、お客様!」
少女は店員を無視して奥へ進む。その先には、さっきの家族の席がある。
周りの人々も彼女の様子に違和感を感じ始めている。この子、何かヤバイぞ。
「……」
僕らは黙って様子を見守っている。警戒は完璧にできている。
そして予想した通り、少女はその家族に向かって襲いかかり、明るい雰囲気だった店内は一変して騒然としたものとなった。
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