Killer's day 4
重苦しい空気が漂っているように感じた。
二人が出て行ってから誰一人として言葉を発しない。何を考えているのか、誰の表情からもそれは読み取れない。鹿島君の死によって得体の知れない殺人鬼の存在に恐怖しているのか、それともさらに憎しみを増しているのか、取材をしようにもどうにもやりづらい。
「犯人を捕まえに行く。一応聞くが誰かついてくるか?」
そう言って席を立ったのはニシマンさんだ。
捕まえに行くと言っても、どうやって捕まえるつもりなんだろう。
誰も答えないまましばらく経って、ニシマンさんが何も言わずに部屋を出ようとした時、突然楓ちゃんが彼の前に立ち、道をふさいだ。その様子に驚いたのは私とニシマンさん自身だけで、木野君と入間君は神妙な面持ちのまま彼女を見守っていた。
「なんだよ」
苛立ちを隠さずにニシマンさんは言う。
「また化け物かよ?」
「本当に危険なんです……」
震える声で楓ちゃんは言った。彼女には悪いが、私も化け物の話を信じているわけではない。
「どけ」
楓ちゃんはじっとニシマンさんを見据えたまま動こうとしない。
「どけっつてんだろ」
楓ちゃんは動かない。
ニシマンさんは彼女を払いのけた。しかし、彼女はニシマンさんにしがみついて止めようとし続けた。
「一人じゃ本当に危険なんです! 考え直し」
「じゃあテメーがついてこい!!」
痺れを切らしたニシマンさんがそう言って楓ちゃんに掴みかかった。たまらず私は二人に駆け寄った。
「落ち着いてください! 相手は女の子なんですよ!」
「うるせえ! 女だからどうだってんだよ!」
「女じゃなくても落ち着いてください! 嫌がる人を無理矢理連れて行くのは」
「待ってください」
突然、木野君がそう言って席を立った。
「先輩を行かせてやってください。化け物も殺人鬼もどちらも比べる必要がないくらいに危険なことはわかっているはずです」
「だったら尚更やめた方がいいんじゃ……」
私がそう言うと、木野君は的確とも冷淡とも言える、ニシマンさんのことは心底他人事であると言うように続けた。
「やるからには、何か勝算があるから一人ででもやるのでしょう。何の当てもなしにそんな危険なことをしようとは普通は思いませんし。そうですよね?」
ニシマンさんはそう言われて何も言い返せずにいた。そのまま大きな舌打ちをして、楓ちゃんを突き飛ばして部屋から出て行った。
それでも楓ちゃんは先輩を止めようとしたが、私が何を言っても無駄だと言って彼女を諭した。
「……本当に大丈夫なんでしょうか」
あんな酷い扱いをされていてさえまだ彼の心配を続けているこの健気さはどこから来ているのだろう。
「なんとも言えない。まあ、死にはしないんじゃないかな」
木野君が落ち着いた様子でそう言った。
「木野先輩はどう思っているんです?化け物のこと」
入間君が聞いた。
「それもなんとも言えないかな」
愛想笑いを交えて木野君は言った。楓ちゃんが俯いたのがわかった。
続けて彼は私に話題を変えるように話しかけた。
「ん?」
「取材、今のうちにしておいたら? ほら、せっかくうるさい先輩もいなくなったことだし」
「木野先輩て、案外毒舌なんですね」
クスクスと笑って入間君がそう言った。つられて楓ちゃんも笑っていた。
「人付き合いは苦手だから」
人付き合いが苦手だから毒舌というのはよくわからないが、さっきまでの重苦しい雰囲気は少しばかり緩んだ気がする。私は今まで聞きたかったことを今のうちに聞いておくことにした。
「それじゃあ、まずはみんなが犯人を追う理由から聞いてもいいかな? 別に、話したくなければ、それでいいからさ」
私がそう言うと、まずは入間君から答えてくれた。
「俺は恋人が殺されました。その仇打ちですよ」
「僕は……友達が殺された」
続いて木野君がそう答えた。
「私はお兄ちゃんが殺されて……その仇打ちです。だけど、相手が相手です……」
ここにニシマンさんがいたらまたがなり散らすんだろうな。
そのまま取材は続けたが、あまり、いい内容の新聞にはならない気がした。
「痣はどこです?」
結城は答えない。
今の質問であたしがレプリカのことをどれだけ知っているかをなんとなく察したようだ。
「……何の話かわからないわ」
口では否定しているが、目に宿る殺気は全く隠せていない。
「レプリカになるには何者かに薬を与えられ、それを投与すれば人間を超越した力を手に入れることができる。そして、レプリカの証に薬を投与した箇所に歪な痣ができる。そこに一定以上の刺激を与えれば、三橋が見たような化け物へと変貌する。違いますか?」
結城は無駄な言い逃れを諦めたように目を閉じ、そして目を見開いて続けた。
「あなたは知りすぎているわ。夏川さん、あなたもレプリカなの?」
「いいえ、少し違います」
「私をどうするのかしら?」
「殺します」
結城は驚きを見せずに、淡々とした様子で言う。
「私のことは後にしてほしい」
「そのつもりです」
「え?」
あたしの返答は予想外のものだったらしい。
「犯人を殺すのでしょう。目星はついています」
「それは誰なの!?」
結城は知らない。いや、多分知らされていないだけだ。
彼女に薬を渡した人間は、レプリカが出来損ないの仲間を増やせることを知らせていない。
「その前に、三橋の前に現れた時、何をしていたんです?」
結城は少し考えて、言った。
「犯人を捜していたの」
「何故都合よく鹿島が殺された場所に居合わせたんです?」
「それは言えない」
「そういう能力があるんですか?」
「……」
これでわかった。コイツは最初から囮捜査をやるつもりだった。そして、誰かがやられた時、それを察知する能力を持っているというわけか。
「そんなことより、犯人の手がかりは」
「教えますが、条件があります」
結城は訝しげにあたしを見る。
ナギ先生があたしに囁いた通り、レプリカと協力体制を敷くことで、元凶に近づくことができそうだ。特に結城ほどの憎しみを抱えた奴なら。しかし、こんな奴らと協力なんて、やはりまっぴらごめんに思えてきた。考えてみれば、あたしが犯人を追う理由など最初からないのだから。
「あんたに薬を与えた人間のことを教えてくれ」
犯人のことはどうでもいい。今殺せるレプリカを前にすると、歯止めが効きそうにない。
「……教えられることは何もないわ」
なんだと?
「本気で言っているのか?」
「あなたこそ、自分の立場を理解していない。」
そう言った瞬間、結城は服を捲り、腹部の歪な痣を露わにし、左手に握ったペンでその痣を刺そうとしたが、問題はない。
「ッ!?」
何が起きたかわからない、といった様子だ。結城は自分の左手に空けられた風穴を見て呆然としていた。
「予想していないとでも思ったのか?」
結城はゆっくりとあたしの右手に握られた拳銃へと目を向けた。
弾は対レプリカ用の物じゃない。無駄撃ちはできない。今のは木野くんが今日、あたしと三橋が学校に行っている間に警察から盗んだ銃に込めてあったものを利用させてもらった。
「妙な真似をしてみろ」
あたしは結城に銃を向けたまま、ゆっくりと近づいた。
「殺すぞ」
「あなた……ハンターね」
「何だそれは」
「薬を渡した人が教えてくれたわ。お仲間が何人か殺されているって。あなたがやったのね」
ハンター……そんな風に呼ばれていたのか。
「あたしがそのハンターなら、あんたはどんな行動を取るべきか……わかるな?」
「薬を渡した人間のことは話せない」
「このまま死ぬか?」
今すぐにでも殺してやりたい。
「私達には箝口令が敷かれている」
「関係ない」
「話せば殺される」
宮島が自殺したのはそのためか。
「好都合」
「私のことは後にしてほしい」
命乞いときたか。情けない。
あたしは結城の耳を撃った。真っ赤な血が辺りに飛び散り、彼女は呻き声を上げてその場に倒れこんだ
だが、こんな血は偽物だ。ヒトモドキの流す血など、蚊を潰した時に出る血を見るのと同じ感覚だ。
「他にもレプリカはいる。今あんたに聞かなくても、こっちはそれほど困らないんだぜ?」
「後で……話すわ」
「今話せ」
「約束する、本当に……犯人を殺した後なら……」
「ダメだ」
「お願い……犯人を殺させてくれたら全て話すと約束する!」
必死の叫びだった。
結城は普段の態度からは想像もつかない形相でそう叫んでいた。
「…………」
「お願い……本当に、何でも話すから」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
「聞かせてくださいよ。あんたの犯人への憎しみの理由を」
銃は向けたまま、結城の返答を待った。
彼女はあたしが撃った耳を抑えて、静かに泣きながら自身の今に至る経緯を話し始めた。
話によると、結城は元からあの豪邸に住んでいたわけではなかった。幼い頃に実の両親から虐待を受けていて、小学校に上がる前に児童養護施設に預けられたと。それから三年後、その両親が薬をやって死亡し、その時に結城を養子として引き取ったのがあの家の持ち主である夫婦だったという。
「それで最近、その夫の方が失踪し、妻は精神を病んでしまったってとこですかね」
「幸せだった日々を奪われたの。せっかく幸せになれたっていうのに……だからこそ、許せない」
結城は泣き止んでいた。代わりに、彼女の声は怒りに震えていた。彼女をここまで動かしている根拠は家族愛か。
「お涙頂戴の感動的な話ですね」
結局、ナギ先生の言った通り、あたしが後手に回るしかないみたいだな。
「信用はしない。だけど教えますよ、犯人」
「それで構わない。本当にありがとう」
コイツの能力は、後で見せてもらうとしよう。そして、穏便に事を済ませたら、すぐに殺してやる。
やっておきたかった取材は一通りは済んだ。問題はニシマンさんや結城先輩にも同じ質問をしなくちゃいけないところか。
「それにしても、帰ってきませんね。ニシマン先輩」
楓ちゃんがそう言った。
「もう寝ちゃいましょうか。夜も遅いですし」
入間君が大きな欠伸をしながら言った。
「でも、ニシマンさんもそうだけど、結城先輩らも遅いよね」
私がそう言うと、入間君が返してくれた。
「確かに、女二人だけの方が確かに心配ですね」
「少し、捜してみた方がいいかな」
「なら、俺が行きますよ」
入間君が名乗り出た。
「待って、入間君怪我してるから、危険なことは……」
「大丈夫だよ、深夜にコンビニ行く連中もなんやかんやでザラにいるんだし、同じミスは犯さないさ」
そう言って、誰も彼を止めることなく、入間君は出て行った。それからしばらく話すこともなく、楓ちゃんがコーヒーを淹れてくると言って部屋を出た後、木野君がやはり心配だと言って入間君を追いかけて出て行き、私一人がしばらく部屋に残された。
「……眠いな」
コーヒーが出来上がるまでの間、少しだけ眠ろうと思い、机に突っ伏してみようとした瞬間、部屋の扉が開いた。
私は楓ちゃんかと思ったが、扉の方を見ると、見知らぬ七十歳くらいの背の高い老人が立っていた。
「おや、君一人かい? 他のみんなは?」
背の高い老人はしゃがれた声で私に聞いた。この家の人だろうか。
「一人、今はコーヒーを淹れてきています。他のみんなは出かけていますけど……あなたはもしかして、結城先輩のお爺さんですか?」
「ああ、そういえばまだ面と向かって会ったことがなかったね」
これは良い機会だ。結城先輩のことについて少し話を聞かせてもらおう。
「あの、私は新聞部に所属している、霧村って言うんですけど、よければお話を聞かせてもらってもいいでしょうか」
お爺さんはにっこりと笑って快く承諾してくれて、それと同時に楓ちゃんがコーヒーを三つ持ってやってきた。ちょうど木野君は出て行っちゃったから、三つ目のコーヒーはお爺さんにあげて、ゆっくりと結城先輩のことについて聞かせてもらえた。
お爺さんは懐かしい思い出を語るように結城先輩のことを話してくれた。なにより、お爺さんの息子夫婦には子供ができず、児童養護施設から養子として引き取った結城先輩を実の家族と同じように愛していたとかで、彼女の今やっていることにはあまり賛成しているわけではないみたいだ。
「復讐をしたところで誰も喜ばないことくらい蓮華もわかっているんだ。だけど、あの子は優しい子だ。殺された養父へ自分がしてあげられることはそれしかないと思い込んでしまっている」
「お爺さんは……犯人が憎くはないのですか?」
「憎いさ。だが、わしが犯人を殺したところでわしの気が晴れるわけでもないし、息子が戻ってくるわけでも元の家庭が戻ってくるわけでもない。それに、わしが犯人を殺してしまえば蓮華にわしが恨まれてしまう」
お爺さんは悲しそうな目をして笑った。
「蓮華の心の傷を癒すには、どうしていいのかわからないんだ。だから、いっそあの子の好きなようにさせてやろうと思ってね。方法はどうあれ、それで少しでもあの子の気が晴れるなら、それでいいと思っとる」
「……今すぐやめさせるべきだと思います。私は」
楓ちゃんが言った。
「このままだと、結城先輩が殺されることになるかもしれないんです。死んだら気を晴らすも養父への恩返しも何ともなりませんよ……」
「確かに……君の言う通りだな……」
このお爺さんも結城先輩の養母である人と同じように、疲れてしまっているんだ。
自分にできることがないせいで、最愛の孫同然の結城先輩がやっていることが、善か悪かなんて、どうでもよくなってしまっている。
ただ、好きにさせようという、一種の悟りとも諦めとも見られる感情を内に秘めているのだろう。
「取材は……以上です。貴重なお話、ありがとうございました」
礼を述べても、誰も話そうとはしなかった。
しかし、そんな重たい静寂は、突然の慌ただしい声によってかき消された。
その叫び声の主は扉を壊すような勢いで開けたニシマンさんだった。
「お前ら! 今すぐいない奴らも集めろ! 犯人が来る!!」
その言葉を聞いた楓ちゃんは青ざめ、お爺さんは息を飲んだ。
「その……犯人て、一体どんな人なんですか?」
ニシマンさんの慌てようから察するに、まさか本当に楓ちゃんの見た化け物なのだろうか。
「夏川だ!! 夏川が結城を射殺していた!! 俺らもきっとやられちまう!!」
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