Killer's day 3
学校が終わり、再び結城先輩の屋敷に集まった私達。
集まっているのは私、霧村千尋と夏川と入間君にニシマンさん。
夏川は一緒に登校した時とは違って何だか沈んでいる様にも見えて苛立っている様にも見える。
「ねえマナ、結城先輩ら遅いね」
「ん? ああ……そうだな」
探りを入れたつもりで思い切って下の名前で話しかけてはみたが生返事といったところ。
昨日のこともあってか、やはりみんなの空気は未だに重たい。
取材をしようにも、これは流石に取材どころじゃない…………が、個人的に犯人を追ってみたくなったのは本当だ。正義感に駆られてと言ったらおそらく嘘になってしまうだろう。
不謹慎。
我ながらつくづくそう思った。
今の私を動かしているのは新聞部の二人からの頼みでも新聞部魂でもない。
ただ純粋で、それでいて危険で迷惑な好奇心がそうさせているという事実を今ひとつ認めたくなかった。
「ごめんなさい。待たせてしまったかしら?」
結城先輩がそう言って広間に入り、後に続いて何故か俯いたように楓ちゃんが入ってきた。
三橋さんのことは昨日、ニシマンさんに罵られたのを助けてもらったことがきっかけで仲良くなったので楓ちゃんと呼ばせてもらっている。
二人は空いている席に着いた。
「木野君は?」
結城先輩の問いに答える者はいなかった。
確か、学校には行くはずだと朝言っていた気がするが。
「夏川さん、知らないかしら?」
「……はい。知りません」
「それじゃあ、夏川さんから彼に連絡を入れてもらえるかしら?」
結城先輩が夏川さんにそう頼んだのは普段から二人がよく一緒にいるのを考えてのことだろう。
夏川さんは黙ってその指示に従い、携帯電話で木野君に電話を掛けた。
昨夜の内にちゃんと充電は済ませたようだ。
「出ないですね」
夏川はそう言った。
「ケッ……あのクソチビ、どうせビビって逃げ出したんじゃねえの?」
ニシマンさんが相変わらずの悪態を吐く。
「やめましょうよニシマン先輩。それに、あれだけのことが起きたんだ。逃げ出すのは悪いことじゃない」
入間君がなだめる様に言う。
「善人ぶるなよ。鹿島の一番近くにいたくせに犯人に気が付かなかったマヌケが」
「あなたなら犯人に気付けて捕まえられたとでも?」
「何だ? その言い方じゃあまるで俺が犯人に対して何もできないとでも言いたげだな?」
「違うんですか?」
二人ともまるで爆弾の様だ。
下手に口出ししたらどうなるかわかったものじゃない。
特にニシマンさんは。
「……ニシマン先輩だけじゃありません。ここにいる全員、あんな化け物には敵いませんよ」
不意に楓ちゃんがそう呟いた。
それを聞いた結城先輩はあからさまに呆れ果てた表情をして溜め息を吐いた。
ニシマンさんも同じ様な反応をしつつ、「どいつもこいつも……」と不満そうに呟いた。
「三橋さん、いい加減にして。あなたの下らない作り話でこれ以上この場を混乱させないで。私はさっきまでずっとそうやってあなたに言い聞かせたわよね?理解力が乏しすぎるわ」
楓ちゃんは泣きそうになっていた。
その涙は二人から責められていることだけが原因ではないように思えた。
楓ちゃんの言う化け物への恐怖も影響しているのだろう。
「三橋、ちょっと聞いていいか?」
突然、さっきから特に沈んだ雰囲気だった夏川が立ち上がって楓ちゃんのところまで歩み寄ってそう聞いた。
「な、なんですか?」
「キミが見たとかいう化け物のことだが、本当にそんなのが存在するのだとしたら何故鹿島だけ殺してキミのことは襲わなかった?」
楓ちゃんは意表を突かれたようにハッとして目を見開いた。
彼女の視線が泳いでいる。何か言葉を必死で探しているようだ。
考えてみれば確かにその通りだ。
何故襲われたのが鹿島君と入間君の二人だけで、そのうえ入間君を殺し損ねているのは不可解な点だ。メモっとかなきゃ。
「どうなんだ?」
「それは……わかりません。化け物の考えることなんて…………何も」
「本当に?」
夏川の突き刺さるような視線が楓ちゃんを襲い、楓ちゃんは蚊の鳴くような声で本当ですと言った。
「じゃあ入間君。キミは彼女の言うことを信じているのか?襲われた張本人の意見をまだ聞いていない」
楓ちゃんの次はその隣に座っている入間君への質問だ。
「俺は…………何も見ていない。辺りも暗かったし」
「見たとか見てないとかじゃない。化け物の存在を信じているのか? と聞いているんだ」
「やめなさい夏川さん。これ以上の無意味な詮索は許可しないわ。大体化け物だなんてそんな非現実的な世迷い言の為にこの場をこれ以上混乱させないで」
突如、結城先輩が夏川の行動を止めるよう指示した。
しかし、夏川は。
「少し黙っていていただけますか。あたしは今、彼に質問をしているのです」
「いいからやめなさい。あなたの行為は無意味なのよ。これ以上続けるようならただじゃおかないわ」
気のせいか、落ち着いた口調のはずなのに結城先輩からいつものクールな雰囲気が見られない。どことなく焦っている様に見える。
「入間、どうなんだ?」
夏川は結城先輩を無視して質問を続けた。
入間君も楓ちゃんと同じように動揺しているが、その動揺には結城先輩が顔を真っ赤にしてこちらに迫ってくるのが見えたからでもあったろう。
その結城先輩の様子にニシマンさんですら目を背けている。
結城先輩が夏川の背後で立ち止まった。
「夏川さん」
「……先輩は黙っててくださいって言いましたよね?」
「この状況じゃ黙れと言われて黙れないわ」
「じゃあ、あたしもやめろと言われてやめられません」
「あ、あの、二人とも喧嘩は」
「黙りなさい」
やばいと思って仲裁に入ろうと立ち上がってった私だったが、結城先輩のその一言で何も言えなくなってしまった。
迫力というか凄味というか、二人の間には私達には出せそうにないオーラがあった。
「今日は色々あって虫の居所が悪いんです。頼むから好きにやらせてくださいな。お願いします」
「…………最後に言うわ。夏川さんこれ以上の無意味な詮索はやめなさ」
結城先輩が言葉を言い終える瞬間、夏川の素早い肘打ちが結城先輩の顔面をめがけて放たれた。が……。
「すいません。遅くなりました…………って、あれ?」
夏川の肘が結城先輩の鼻先に接触する直前、不意に開かれた扉の音と木野君の何だか間が抜けたような声のおかげで夏川は動きを止めた……というより、この場の時間が止まったようだった。
数秒後、夏川は決まりが悪そうに席へ戻ってゆき、結城先輩もそれ以上夏川に何か言う訳でなく、黙って元の席に着いた。
「あの…………」
「驚かせてしまってごめんなさい。木野君は適当に空いている席に座ってくれたらいいわ」
そう言われて木野君は何かを察したように黙ってたまたま空いていた私の隣に座った。
私はふと木野君の着ているワイシャツが随分とシワくちゃになっていることに気が付いた。昨日はこんな感じではなかったはずだ。
「木野君、そのワイシャツどうしたの?」
私がそう聞くと木野君は抑揚のない声で「体育の時に急いでカバンに詰めちゃったんだ」と、これと言った非日常的な答えは返ってっこなかった。
「ふーん……じゃあ朝はちゃんと間に合えたの?」
「ああ、うん、なんとか」
「おい! そこのチビにマスゴミ! るっせえんだよ!! 今がどういう時かわかってんのか!? 緊張感が足らねえんだよテメーらはよお!!」
突然怒鳴られ慌てて二人で謝ったが、ニシマンさんの怒り癖は最早病気ではないのだろうか? そんな性格で友達できるのかな?
それからの話し合いはこれといった解決策は出ず、結城先輩はまた昨日と同じやり方で犯人を誘い出そうと提案した。
鹿島君が死んだ今、その方法は危険すぎるかと思ったが、意外にも襲われた張本人である入間君が結束を高めれば大丈夫だと言って結城先輩に賛成した。
ニシマンさんも乗り気で化け物が相手な訳がないと言って強気だ。
一方で、夏川はグループ分けに自分を結城先輩と組ませてほしいと希望した。
「どうして? 女二人だけでは危険が大きいわよ?」
「ダメですか? あたしはその方が犯人を誘い出しやすいと思いました。女二人ならもう一人が隠れる必要性はあまりないでしょうし」
「隠れる必要はないとはいえ対抗する術が」
「腕っ節には自信があるんでしょう?」
夏川が結城先輩の言葉を遮って言った。
結城先輩は図星を突かれたようで目が泳いだ。
「自信がなけりゃ昨夜は木野君と二人だけになろうとは思わないはずです」
木野君は失礼なことを言われているはずだが気にしている様子はない。
結城先輩は負けましたと言わんばかりに渋々その要求を飲んだ。
「それじゃあ、私達はどんなグループになりますか?」
私がそう聞くと、予想だにしなかった答えが夏川から返ってきた。
「悪いけど、今回はあたし達だけでやらせてくれ。犯人の狙いを集中させるためにもな」
「先輩、いいですよね?」と最後に確認を取って言った。
結城先輩は夏川に従って同じようなことをみんなに言った。
正直言うと私も参加したかったが、無理に逆らうと怪しまれるかもしれないので黙っていたが。
「ちょっと待てよ! 俺たちはその間どうしろっつうんだよ!? 大人しくここで指を咥えてお留守番してろってのか!?」
ニシマンさんが不満を前回にまき散らした。
「悪いけどそういうことよ。今回だけ……我慢して頂戴」
「ふざけんなよ……俺にだって犯人への恨みはあんだぞ!! 俺はやるぜ。誰もついてこなくても一人でやってやる!」
「ニシマン先輩、流石に一人では……」
「構わないわ。木野君、彼はそのままにしてあげて」
木野君の制止を結城先輩が止めた。
「西君、くれぐれも邪魔はしないように」
「チッ……ほんっとムカつくんだよなテメーのその言い方。俺がそんなに信用ならねえかよ」
そりゃあなりませんよ……。
「私は誰にでもそう言うわ。邪魔になるような人物がいるなら、そいつから先に殺してさえいいと思っているから」
全く、この人が言うことは何一つ冗談には聞こえないよ……。
「それで? 私と二人きりになって一体何がしたいのかしら?」
外に出て早々それですか。全く鋭いお方だ。
「あなたは『普通』じゃないわ。木野君もね。この組織に入った時から何か目指している先が違っているようだったし、さっきの肘打ちからしても相当な手慣れだと感じたわ」
「そこまで気付かれているだなんてまるで心を読まれているみたいです」
「誰だって気付くわ」
「それはないでしょう。特に木野君は」
「そうかしら?」
「そうですよ」
コイツはどうにも他の人達とは元から感性がずれているみたいだ。
少ししてから結城に聞いてみる。
「それにしてもあたしが入った時から『普通』じゃないって気付いておきながらどうして追い出したりしなかったんです? 邪魔になる奴は殺してさえいいと思っているのでしょう?」
「別に……メンバーは多い方が行動しやすいと思ったからよ」
「そうですね。確かに動きやすいでしょう。人が多い方が犯人が誰かわかりにくくなります。ミステリ映画の登場人物も大人数なことが多いように」
「……何が言いたいのかしら? 最近眠そうだったのはミステリ映画の見すぎだったのかしら?」
「カンフー映画も見てました。特にあのスタントマンを使わない俳優のアクションがいいですね。椅子のアクションは特に有名です」
「あなたの好みなんて聞いていないわ。そろそろ本題に入ってもらっていいかしら?」
結城の目が本気の目つきになった。
あたしは今日、ナギ先生に言われたことを思い出す。やっぱり虫唾が走る。
だが、あの人は基本的に嘘は吐かない。何でか知らないが、あの人の言うことはほとんど当たる。
「そうですね。では単刀直入に聞かせてもらいます」
あたしは一呼吸置いてもう一度ナギ先生の言葉を思い浮かべた。
本当にふざけるなよな。
「結城先輩、あなた……レプリカですよね?」
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