Killer's day 2
「正気なの? あなたはそんな突拍子のない話がまかり通るとでも本気で思っているの?」
「嘘なんかじゃありません! 本当なんです!!」
「それじゃあ逆に聞かせてもらうけど、三橋さんが私の立場で、私が三橋さんの立場だった場合、あなたは私の言うことを信用してくれるのかしら?」
「そっ……それは…………でも、本当に」
結城先輩は大きく気怠く溜息をついて言う。
「話にならない……一旦黙って頭を冷やしてみたらどうなの?誰が見たって、あなたが錯乱しているようにしか見えないわ」
埒があかないと言うように吐き捨てる結城先輩。
三橋さんはそれでも諦めずに自分の正当性を訴え続け、入間君は痛みが引かない腕を抑えながら神妙な面持ちで二人を見守り、霧村さんはどうしていいかわからないと言った様子。ニシマン先輩話す間を見つけては三橋さんを口汚く罵る。
そんな状況を尻目に、夏川さんは僕にコソッと話しかける。
「木野くん、どう思う?」
僕は答える。
「三橋さんが見たのは十中八九レプリカだ。だけど、鹿島君を殺して入間君に攻撃を加えたのは人間だ。レプリカは死体を残せない」
「レプリカが武器を使って殺すとなると話は違ってくるんじゃないのか?」
「仮にレプリカがそうしたとして、入間君を殺し損ねる訳もないはずだ。奴らは生身の人間なんかじゃ到底太刀打ちできないし、三橋さんの前に現れただけで何もしなかったというのも説明がつかない……」
夏川さんは諦めたように溜息をつく。
「となると、やっぱりただの殺人鬼の仕業かね…………」
「後ろから首をナイフか何かで一突き……死亡推定時刻はいつ頃だ?」
鬼嶋警部が連日の捜査の疲れを見せる様子もなく僕に尋ねる。
「今から約五時間前の深夜一時十分頃。目撃者はなく、身元は所持していた生徒手帳からここから一番近くにある高校の生徒かと」
刑事として初めての仕事として舞い込んだ連続行方不明事件の捜査。
行方不明者たちの行方が依然として掴めない中で、今回の殺人事件は起こった。
「加賀君。君はどう思う?」
突然の警部の質問に、僕はその意図が掴めなかった。
「どう思う? と言いますと?」
「連続行方不明者の事件との関連性だ。前にも言ったが、私達は何者かの手によって行方不明者が発生していると考えている。誘拐かもしれない。もしくは殺して死体を隠したのかもしれない。今回は、殺したが死体を隠せなかった……という線についてはどう思う?」
「僕は事件と関係があるとは思いません。いや、特に深い理由がある訳ではありませんが、今回の事件を連続行方不明者の事件と繋げるにはまだ要素が少なすぎるように思います」
「君の意見は最もだ。いや、私も実際は君の言う通りだと思っている。しかし、刑事のカンと言ったら聞こえはいいが、私が犯人だとしたら、行方不明者事件としてあまりに報道されすぎた故、死体を隠すなどというまどろっこしい真似はしないのではないかと思ってね。死体を隠そうとする行為は単に殺すだけよりも誰かに目撃されるリスクがどうしても高くなるからな」
「そう言われてみるとそうですが、流石に考えすぎでは? 警部、ここのところ一睡もせずに働きっぱなしじゃないですか」
少し失礼な気がしたが、警部は特に気に留めた様子を見せることなく微笑んで言った。
「ちゃんと寝ているさ。睡眠など一時間で十分だ。そんなどうでもいいことより、この被害者の高校へお邪魔する連絡を入れておけ」
鹿島が死んでから最初の登校。と言うより、鹿島が死んでから約七時間後の登校だ。
あたし達は結局そのまま結城の豪邸に寝泊まりし、学校に行くと決めたのはあたしと木野くんと霧村だけだった。
「霧村さん、あんた平気なのか?」
「平気ではないよ。自分の身近で人が殺されるなんてあんまり想像できてなかった。でも、鹿島君の死体を直接見た訳じゃないからなんとか学校には行けるかな」
「別に今日くらい休んだってバチは当たらないと思うがね」
「そう言う夏川さんこそ、なんだかんだ言いながらも学校来てんじゃん」
「んー? あたしは別に用があるからな」
「用って何?」
「…………霧村さんには関係ないよ」
それからしばらく学校に向かうまで沈黙が続き、気まずさに耐えられなくなったのか、今度は霧村の方からあたしに話しかける。
「……ところでさ、夏川さんのこと、呼び捨てにしていいかな? やっぱり初めて話す相手だったとは言え、ずっとさん付けっていうのも変な感じだし」
気まずさを笑って誤魔化しながら霧村は言った。
「別に構わないよ。あたしも内心では勝手に呼び捨てしてたし」
「あ、そうだったの? なんか私だけ負い目感じて損した気分」
正直に言うとあたしは内心ではみんな呼び捨てにしている。別に見下している訳ではないが……。
「そう言えば、木野君は? あの人も学校行くんでしょう?」
「知らなかったか? あいつは寝坊だよ」
「……お、起こしてあげなかったの?」
「何であたしがやるんだよ」
霧村が意外そうな顔をして言った。
「だって二人、付き合ってんでしょ?」
「はぁ?」
おいおい、やめてくれよ。
あたしと木野くんは利害関係が一致したから一緒に行動してるだけだぞ。
「ん、違うの? 集会中もずっと二人で話してたじゃん」
「…………会話の内容、聞いてたか?」
レプリカに関する話は極力聞かれないよう気を配ってはいたはずだが、万が一聞かれていたとしたら面倒だ。
ここで始末する…………訳にはいかないが、なんとかしなくては。
「いや、仲良さそうに顔近付けてヒソヒソ話してたから全然聞こえなかったけど、ちょっと気になるかな」
あたしはひとまず安心して胸を撫で下ろし、これからは木野くんとの話し方にも気をつけようと思った。
「ヒソヒソ話しは知られたくないことなんだから詮索はしないでくれよ。それと、あたしと木野くんはビジネスライクってやつだよ、ビジネスライク」
「ビジネスライクねぇ……それじゃあ、木野くんのことは呼び捨てにはしないの?」
そう言われて初めて自分が彼のことだけは未だに心の中でも呼び捨てしていなかったことに気が付いた。何度か呼び捨てもした気もするが、何故だろう。
「木野くんは…………なんとなく『木野くん』なんだ。『木野』って感じじゃない」
それだけだ。彼はなんとなく木野くんだ。
「それはそうと、取材は上手くできたのか?」
「うーん……あんまり…………」
「霧村、あんたは犯人捜しから降りた方がいいんじゃないか? 人が死んでるんだし、元よりあんたは無関係のはずだ」
霧村はしばらく黙り込み、そして言った。
「確かに危険だし怖いけど、もう少しだけやらせてほしい。ちゃんと新聞にできるかはわからないけど、私は真実を掴みたい」
「ジャーナリスト魂…………ねぇ」
まったく、つくづく命知らずな奴が多いな……。
「それで、収穫は…………あったのかい? 夏川君」
「なくもなかった……って程度です。レプリカは確かにいた」
六月の太陽が傾きかけた頃。
昼間の眩しすぎる光を失いつつある太陽の光が斜めにこざっぱりとした生物教室に入り込み、それでも明るいオレンジ色の中にあたしとナギ先生の黒い影がそれぞれ別々の方向を見ながら並んでいる。
あたしが嫌々ながらも今日、学校に来た理由はこの人物に会うためだ。
ジャージの上に白衣を着た新人の生物教師「百瀬凪」。
この頃は暑さが増してきたためか、白衣の下のジャージは半袖に七分丈のズボンになっていた。
「その口振りじゃあどうやら仕留め損ねているみたいだね。先生は夏川君なら余裕でやっつけられると思ってたんだけどなぁ」
「買いかぶりすぎですよ、ナギ先生。あたしは確かに強くはなりましたが、流石に第二形態にはかないっこありませんし。そもそも仕留め損ねるも何も遭遇できたのはあたしじゃありませんので」
「てことは、遭遇したのは彼かい?」
彼、とは誰のことだ?
そんなあたしの疑問を表情から察したのか、いつものニヤついたやらしい笑みを浮かべて言う。
「彼と言ったら彼だよ。ほら、あのチビで運動も勉強もダメダメな国民的アニメの誰もが羨む青いお友達がいるあの子みたいな」
「その誰もが羨む青いお友達を持っている子にチビっていう設定はありましたっけ?」
「揚げ足を取るなよ。どうせわかったんだろ? 先生はその子が遭遇したんじゃないのかって聞いてんの」
この人は自分の思った通りにいかなかったらすぐに機嫌を損ねる子供みたいな一面がある。
「質問に質問で返すようで悪いんですけど、なぜ木野くんのことを知っているんです?あたしはナギ先生にあいつのことを話した覚えはないですよ」
「知りたい? んん~? 知りたいぃぃ?」
「そういうのいいですから……早く」
ナギ先生は口を尖らせて言う。
「まったくつれない子だな、夏川君は。まあいい。木野君のことは前々から夏川君と一緒にいるところをちらほらと見かけてね、それでなんとなく興味が湧いて補習に来させたんだ。最も、その時は君のことも呼んでおいてあげたのに見事にすっぽかしてくれたね。ん? 夏川君? そうだよな? 違うかな?」
あたしはナギ先生の言葉を最後の方だけ無視して聞き返す。
「彼を補習に来させてみて、どう思いました?」
あたしはこの時、ナギ先生がてっきりまた機嫌を損ねてブツブツ言ってくると思ったが、予想に反してナギ先生はニヤリと薄く笑って楽しそうに答えた。
「言ってもいいけど、まずは夏川君が彼のことをどう思っているのかが知りたいな」
そのからかうような口振りでもあった質問に、今朝、霧村に言ったことと同じことを返した。
「ビジネスライクですよ」
「好きとか嫌いかの問題じゃねえよ。人としてどうだ? って聞いてんの」
その質問にしばらく黙り込んで考える。
人としてどんな奴か?
考えたことはあったが、はっきりとした答えは未だに出てはいなかった。
それが何故なのかはなんとなくわかってはいる。
これまでの木野くんの行動には何かが引っかかる。あたしはその引っかかっている「何か」がわからないせいで、彼の印象をはっきりと描くことができないでいた。
「……とりあえず、不思議な奴って感じです。最初に会った時はただの情弱だと思ってたんですけどね。最近じゃその一言で彼のことは語れない気がします。それより……先生の方はどうなんです?」
ナギ先生の表情が少しだけ硬くなった。いつになく若干真剣そうな様子がその表情からは伺えた。
そして、腰掛けていた長机から飛び降り、窓の方へ向かって歩きながら話し始めた。
「もっと彼を知りたい。今のところは不思議な奴っていう印象は夏川君と同じだが、彼にはとてもそそられる『何か』がある。最初に自分で言っておいてアレだが、彼は便利な青くて丸っこいお友達を持っている子とは根本的に違う人間だ」
「その『何か』って、なんなんです?」
「何か」の正体がわかっていたら「何か」なんて言い方はしないような気がしたが、この時のあたしは何故かそう聞いてしまっていた。
ナギ先生は窓の前で立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り向いて微笑みを交えて言った。
「わからない。でも、運が良ければ君が先にそれを知ることができるだろう。多分、その時が来るまではそう時間はかからないはずだ」
ナギ先生はふざけて言っているのではなかった。
あたしは何故そんなことを自信満々に言えるのかわからなかったが、その言葉をこれから先に忘れることはなかった。
「ははは…………さて、話が脱線しすぎたかな? とりあえず昨夜のことを詳しく話してくれ」
気を取り直して……とナギ先生の態度はそう言っているようだった。
「んじゃあ、ちょっと一服させてください。しばらく吸えてなかったもんで」
「外でやれ。この教室に臭いが付いたらどうしてくれんだよ。怒られんのは先生なんだぞ?」
「つれないなあ」とあたしは言ってポケットから出しかけた煙草をそっと戻した。
そのままあたしは昨夜のことを知っている範囲で全て話した。その間、ナギ先生は相槌を打つこともなく黙って聞き続けていた。
そして、あたしが全て話し終えた後、大きく背中を伸ばして「なんだかなぁ」と置いて、気怠げな表情で言った。
「色々と気になるところはあるけど、そのレプリカの正体はすぐにわかるだろう。次誰か死んだらまた現れるはずだ」
「レプリカの目的と正体がわかるんですか?」
「先生の推測が当たっていたらね」
「その推測、教えてください」
「嫌だね」
ナギ先生は表情を変えずにそう吐き捨てた。
「何故です?」
自然と自分の語気が荒くなっていたことに気が付いたが、それを改めることはしなかった。
ナギ先生は変わらず気怠げな表情のままあたしの目をまっすぐ見据えて言う。
「ミステリーモノの主人公が頑張って謎解きしようって時にサブキャラがそいつにネタばらししてやって解決したらそれで終わりだろ? 君はそんな展開面白いと思うのかい?」
「読者や視聴者がどう思おうがその主人公はきっと大助かりで得したはずです。お願いします。教えてください」
「嫌だ」
「…………何故です?」
ナギ先生の理不尽な物言いへの怒りが隠せなかった。
そんなあたしのことなど気に留める様子は微塵も見せずに先生は言い放つ。
「その主人公がいくら得しようが先生はこの場合は視聴者の立場なんだ。先生は先生の思い通りになってくれりゃそれでいいと思ってる。だから今君に先生の推測を話してしまったら面白さが欠けちゃう訳なんだ。正直言って、結構自信ある推測だからさ」
湧き上がる怒りをぐっと堪え、冷静さを必死で装う。
「レプリカの目的を知る鍵が目の前にあるというのに、あえて自分で秘密を暴けと? なぜそうまでしてあなたの遊びに付き合わされなくちゃならないんですか?」
「逆に聞くけどなんで先生はそこまで教える必要がある? 忘れたのかい? 先生はただ見ていたいだけだって言ったのを。夏川君、君の頑張りをただ単に見ていたいだけだっていうことを」
その言葉を聞いた瞬間、あたしはナギ先生の胸ぐらを掴み上げていた。
「ふざけるな……」
胸ぐらを掴まれていても変わらず先生の表情は気怠げなままだ。それがまたあたしの怒りの火を大きくさせた。
「離しなよ」
「レプリカの目的を教えろ」
「この手を離せって言ってんだ」
先生の声色に苛立ちが混ざったのがわかった。だが、苛立っているのはあたしも同じだ。
「どうしても言わないつもりなのか……?」
「もう一度だけ言う。手を離せ」
「質問に答え」
「これが最後だ。離せ」
しばらく互いに何も言わなかった。
あたしがナギ先生の胸ぐらを掴み上げたまま時間が止まったかのような錯覚に陥った。だが、次の瞬間に止まったかのような時間は唐突に動き出した。
ガシッ!
「……っ!?」
「離せって言ったろ? 四回も」
突如、目にも留まらぬ速さで首を掴まれ、そのまま床に叩きつけられた。
首にかかる力が強くなっていき、あたしはナギ先生の腕を振りほどこうと腕を掴んだがビクともしない。
「夏川君、人間、世の中には勝てない相手というのが必ずどこかにいるものなんだ。夏川君にとっての勝てない相手とは他でもないこの『ワタシ』だ」
「っ…………くぅ……」
先生は力を緩めるどころか、どんどん首を絞める力を増していく。
「いいかい夏川君? 勝てない相手には容易に戦いを挑んではいけない。漫画やアニメの世界ではそんな相手に果敢に挑んで散った仲間がどうたらとかあるけど、そいつは先生に言わせてみればただの馬鹿だ。蚊やハエが人間と面と向かって戦って勝てると思うかい? 夏川君は蚊やハエに負けちゃったりするかい?」
冷淡。
いや、ナギ先生の口調に、既に名付けられてある感情の名前を当てはめることはできなかった。
その感情を例えて言葉にすることもできず、あたしはナギ先生の濁ったような真っ黒な瞳に射抜かれていられることしかできなかった。
「は…………っく……ぅぐ」
意識ははっきりとしたまま、首にかかる負荷と息苦しさだけをひしひしと感じさせられる力加減。
ナギ先生はあたしの意識が飛ぶことを許さない。
「だけど、君はやっぱり先生が見込んだ通りの子だ。もう少し経験を積んで強くなれば、先生と戦っても二秒は立っていられるようになるだろう。だから今はその物騒なナイフはしまってくれ。これ以上やると、夏川君が怪我をすることになる」
ナギ先生はあたしが取り出していたナイフにそっと手を置いて、首への力は緩めないまま耳元まで顔を寄せて囁く。
「夏川君の頑張りに免じて出血大サービスでアドバイスだけしてあげるよ」
ナギ先生が言うアドバイスに、あたしはただゾッとした。
それは恐怖などではなかった。
ただ「ふざけるな」と、今は腹の底からそう叫びたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます