Killer's day 1

 結城先輩の目論見は察しがついた。この人は自分が犯人を捕まえることだけを考えているようだ。

 僕ら八人の分け方がそれを思わせる。

 三人の組が二つと、二人の組が一つ。

 普通八人をグループ分けするとしたら四人を二つだ。仮に二つに分けることに不都合があったとしよう。そうしてこの分け方になったのなら、分けた本人は三人のグループにつきたいと思うのが自然だろう。

 だが、結城先輩はそれをしなかった。

 自分は誰もが嫌がるであろう二人組のところに進んで入り、そのうえパートナーとなる人物……と言うより、エサとなる人物に八人の中で最もひ弱であろう僕を選んだのだ。

 結城先輩だってか弱い女の人だ。そんな人が誰かと得体のしれない危険人物を誘い出すとなると、自分がエサになって屈強な男の人にでも捕まえることは任せるものだろう。

 結城先輩がしているのはそれとは真逆。

自身を敢えて狙われやすい立場に置き、僕の元に犯人が来ても、自分に来てもいいように動いている。

 僕の察しが当たっているのなら、犯人に対する憎しみは他のメンバーより遥かに大きいのだろう。


 「着いたわ木野君。あなたはそこのベンチにでも座って本でも読んでいて」


 出発前に予め決めておいた定位置である犯行が集中している辺りの広い公園に到着し、結城先輩は僕に投げやりな様子でそう指示した。


 「あの、結城先輩はどうするんです?」


 「あなたを見張りながら散歩道でもうろついてるわ」


 「それって……大丈夫なんですか?」


 結城先輩は見るからに落ち着いている。

 犯人に対して余程の自信を持っているということか?

 しかし、結城先輩がどれほどの自信を持っていたとしても、聞かずにはいられなかった。


 「大丈夫って何が? 質問をする時は、相手が自分は何を聞かれているのか理解しやすいように質問するべきではないかしら?」


 結城先輩は真顔のまま早口だけど滑らかにそう言った。


 「あぁ……はい、すいません」


 悪気はないのかもしれないけどこの喋り方ムカつくなぁ。

 気を取り直して僕は結城先輩に問う。


 「えーと、仮に犯人が僕じゃなくて先輩の方を狙っていたら先輩は僕より危険なんじゃないんですか? ってことです」


 「何? 危険だと言うのなら、あなたが私を助けるとでも言いたいのかしら?」


 「それは違います。第一、僕じゃ先輩を助ける程の力はありません。だから、先輩一人で犯人と遭遇したらどうするのかなって」


 「男らしくないセリフね。でも、無理をして見栄を張る男なんかよりはよっぽどマシか……」


 結城先輩が初めて微笑み、どことなく聞き覚えのあるセリフを口にした。


 「心配ないわ、私は強い」


 その迷いのない物言いには確かな自信があった。

 そのまま結城先輩は灯りのない真っ暗な散歩道へと消えていった。

 散歩道は僕のいるベンチを囲むように続いているが、僕からは暗くて結城先輩の姿は見えなかった。

そういえば、結城先輩は僕に本でも読んでいろと言ったが、僕がここに持ってきていた鞄の中には、いくつかの教材と、神田さんにもらった拳銃が入っていた。


 「みんなにはバレないようにしないとな」


 ふと、僕がこの銃でレプリカを撃ったところを誰かに見られることを考えた。


 「サイレンサー…………リボルバーの銃に使えるのかな?」


 僕は犯人をレプリカと仮定して周囲を警戒しつつも、二十分程経過した頃に僕を襲い始めた眠気と戦うことで精一杯だった。










 「それじゃあ、三橋さんは身の危険を感じたらすぐに俺らのとこへ戻ってきてくれ。もしくは、こう……犯人に勘付かれないように何か合図でも……」


 「危険を感じたらポケットに入れてある携帯で俺たちに電話を掛けてもらう……とか?」


 「お! じゃあそれ採用!」


 私と入間君と鹿島先輩の三人のグループは結城先輩のグループ……と言うより、結城先輩と木野先輩の二人組のいる公園から数百メートル離れた場所に位置する閑静な路地裏を目指して歩いていた。

 今の時間は深夜の一時。

 辺りに見える住宅の明かりはほとんどなく、電気が切れかかって点滅する街灯の心もとない明かりだけを頼りに対策を練りながら歩いていた。


 「さて、それじゃあ俺らはそろそろ三橋さんから離れて歩くとするよ。もう一度言うけど、危険を感じたら迷わず合図を出してくれ」


 いよいよ始まったと言うように緊張した面持ちで私にそう鹿島先輩は忠告してくれた。

 私はそれに力強く答え、真っ暗とまではいかない、暗闇の中へと足を向けるが、不意に入間君が私を呼び止めた。


 「あ、待って三橋さん。やっぱり携帯を鳴らすのはやめよう。咄嗟の時に鳴らすのは難しいかもしれない」


 「え? そんなことないと思うけど」


 「三橋さんスマホだろ? ガラケーならともかく、タッチパネルじゃ押し間違いの可能性がどうしても高くなる。いざって時にそうなっちゃ危険すぎる」


 確かにそれはよくある話だ。


 「それじゃあ他に何か良い合図があるのか?」


 鹿島先輩が入間君に問う。


 「左手で首の後ろを掻くとかどうだろう? 自然な動作だから犯人に悟られにくいだろうし、第一お手軽にできるから」


 「この暗さで見えるの?」


 私が多少不安気に聞くと、入間君ではなく鹿島先輩が答えた。


 「大丈夫。俺は結構目が良い方だし、暗さにももう十分に慣れたし、絶対に合図を見逃さないよう見てるから心配しなくていいよ」


 「……って先輩も言ってる訳だし、大丈夫だよ。俺も見えるっちゃあ見えるから」


 私はその事を了承すると、再び憎き犯人をおびき出す為、暗闇へと足を運んだ。

 しかし、後ろでちゃんと二人が私のことを見ていてくれていると言っても、夜道を実質一人で歩いているようで、ましてやその道がひっそりとした路地裏となると、犯人とは関係なしにどうも恐怖を感じてしまい、私は首を横に振ってその恐怖を胸にしまい込み、大切なお姉ちゃんをどこかへやった犯人への怒りを思い出す。

 今日までこの怒りを忘れたことはない。


 「必ず捕らえてみせる」


 私はそう口にしてみる。

 できることなら自分の手で犯人を捕らえてやりたいが、やるなら確実に犯人を捕らえられるような男子にやってもらう方がみんなの為にもなる。

 自分の手で捕まえることより、ただ犯人が私たちの手で捕まりさえすることの方が最優先だと思っている。

 私はなんとなく後ろを振り返ってみると、入間君と鹿島先輩の姿がうっすらと見えた。

 よし、どこからでも来い。お前の悪事もこれまでだ。

 そう改めて意気込むと、不意にポケットの中のスマホが振動した。


 「電話……誰からだろ」


 スマホを取り出して画面を見ると、出発前に連絡が取れるよう、電話番号を交換したばかりのニシマン先輩からの着信だった。

 私は周囲への警戒を怠らずに、嫌々ながらもそっとそれに応じた。


 「……もしもし? ニシマン先輩?」


 電話に応じてからの第一声は一体なんだろう? こんな時にまたキレてたら面倒くさいな……。

 しかし、そんな私が勝手に抱いていた不安とは裏腹に聞こえてきた声は荒っぽい口調ではあったが、ニシマン先輩のような不快さはない声だった。


 『いや、悪い、あたしだ、夏川だ』


 「あれ? 夏川先輩? どうしたんですか? それに携帯電話は?」


 舌打ち混じりに夏川先輩は言う。


 『充電切れだった。そろそろ替え時かもな。それより、そっちの状況はどうだ? 怪しい奴はいた?』


 「いえ、まだそんな人は見ていません。先輩の方は?」


 『霧村を囮にして見張ってたところで変質者が釣れたよ。今は警察にそいつを突き出そうかってところだ。だけど、あたしの勝手な意見なんだけどさ…………連続行方不明事件の犯人はコイツじゃないような気がしてな。さっきからニシマンの短足で蹴られて大泣きしてんだよこのオッサン……こんな肝の小さい奴にあんな犯罪ができんのかって話だ』


 電話の向こうからニシマン先輩の不愉快な罵声と情けない声で許しを乞う中年男性の声が聞こえた。


 『とはいえ、それでもコイツが犯人な可能性もゼロではないから、今日のところは引き上げるなら引き上げてくれって連絡……。ま、そっちのことはそっちで決めてくれ。それじゃ』


 ブツッ


 終始イライラした調子で夏川先輩はそう言い終えた。変質者に野蛮人とは大変だな・・・・・・。

 このことを後ろの二人に伝えようと思い、後ろにUターンをするが、先程振り返った時とは何かが違った。


 「!!……っ……!」


 人間は本当に驚いた瞬間に声は出ないと言うがその通りだ。

 しかし、そんなことを考える余裕はすぐに消え、私の思考は恐怖に支配された。なぜなら、私の目に入ったのは二人のうっすらと見える姿ではなく、言葉では形容し難い、とにかく化け物としか呼ぶことができない「何か」が立っている姿がうっすらと見えたのだ。


 「っ……は…………ひぃ!」


 いざとなれば陸上部で鍛えた脚で逃げることも考えていたが、今の私は腰が抜けてしまい、その場にへたり込んで後ずさりをするばかりで、事前に考えておいた合図も出せずにいた。

 化け物はキョロキョロと辺りを見回しているだけのように見えたが、何をするかわからないもの程恐ろしいものはないと痛感した。

 怖い。殺されるかもしれない。

 この二つの言葉だけが頭の中をグルグルと巡ってゆく。


 「うっ……イヤ…………来ないで」


 化け物がこちらの方へ歩みを進める。

 私はそう言って服を汚し、身体を引きずりながらひたすら力の入らない脚で身体を化け物から離れようとする。

 恥もプライドも全て捨てて逃げ出したかった。

 化け物のぼんやりとした輪郭が徐徐に明確な線を形作っていく。

 体の大きさは私よりも頭一つ分くらい大きく、刺々しい青白い肌が濡れているかのように薄暗い街灯の光が反射していた。


 「こっちに来ないで!!」


 私がそう叫んだ時、思いが通じたのか、化け物の歩みが止まった。

 そのまま空高く飛び跳ね、古びた二階建ての住宅の屋根に飛び乗り、そのままどこかへ走り去っていった。


 「・・・・・・っはぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」 


 これは……助かったのか? そもそも助かるも何もアレは一体……。

 とはいえ、ひとまずホッとして目を閉じると、まつ毛が涙で濡れていることに気付いた。まつ毛だけじゃない。頬の辺りを触ってみると、涙の跡がはっきりとわかった。

 しかし、こうしてホッとして呼吸を整えているのも束の間、私はとても肝心なことを思い出した。


 「二人は!?」


 化け物がいなくなった暗い道の先に二人の姿は見えなかった。

 私は一目散に来た道を引き返し、入間君と鹿島先輩を捜しに闇の中を駆け抜けた。

 夏川さんと電話で話をしている間も歩いていたとはいえ、まだそう遠く離れた訳ではないはずだ。二人は私の予想した通りにすぐに見つかったが、またも衝撃的な光景を目にすることとなった。


 「入間君! その傷……」


 「三橋さん…………無事……だったか」


 「鹿島先輩は…………」


 そこには左腕から大量の血を流す入間君と、血だまりのうえで力なく横たわっている鹿島先輩の姿があった。見ると鹿島先輩の首からまだ血が流れていた。この場のあまりの異臭に、今まで味わったことのない吐き気が私を襲った。


 「気が付いたら倒れていたんだ……俺はなんとか異変に気付いて対応できたから助かったけど、先輩はもう……」


 悔しそうに歯を噛みしめて言う入間君の声は涙声で、目にもうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


 「犯人が……来たの?」


 「一瞬のことだったから姿はよく見えなかった。俺は咄嗟に身を翻しただけだったから。でも、きっとやったのは例の犯人だ。俺たちが三橋さんに気を取られている隙に逆に俺たちが闇討ちされた!」


 私は今、恐ろしい想像をしていた。思い返していくとだんだんと寒気がしてくるほどの恐ろしさだった。

 私たちが捕えようとしているのはもしかするとあの化け物なのかもしれない。一瞬で鹿島先輩を殺し、姿を見せることなく入間君にも攻撃を加え、私の元にもやって来た。


 「どうしたんだ……そんなに震えて?」


 入間君にそう言われて自分が小刻みに震えていたことに気付いた。

 ひとまず「何でもない」と伝え、持っていたハンカチで入間君の傷口を固く縛った。


 「大丈夫? 痛くない?」


 「な、なんとか」


 私は「よし」と呟き、携帯電話を取り出す。


 「どこに掛けるんだ?」


 「結城先輩のとこ。今日はもう引き上げた方がいい。危険すぎる!」


 「だけど、これはある意味ではチャンスだ。犯人に襲われた今、みんなを集めれば捕えられ…………いや、ごめん、なんでもない。そういえば犯人の顔がわからないんだった」


 「顔がわかっていたとしても、多分、私たちが束になってかかってもみんな殺されると思う」


 私がそう言ったのを聞いた入間君は私がこんなことを言うのは予想外だったのか、大きく目を丸くしてこちらを見た。


 「それは……一体どういうことなんだ?」


 「犯人は私たちが思っているような相手では決してない…………アレは化け物だったの」 

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