宴の前夜祭

 話した事がないクラスメイトに突然話しかけられる時は大抵用事、いや、十中八九あたしに何か用がある場合でしかない。

 話した事もない相手に向かっていきなり雑談を持ちかける奴がいるものか? もしいるのなら、あたしはそいつとだけは今後一切関わりたくもないものだ。


 「それで……だから……」


 最近は寝不足だから休み時間くらいは心置きなく眠ろうと考えていたあたしの元に、いきなり雑談で話を切り出した間抜けがここにいた。

 今後一切関わりたくない……というにはこの女子は少し違う。

 同じクラスの名前も思い出せない相手だが、何か用事があるといった様子は確かで、それで話を切り出すのは難しいと言ったところか。


 「何というか……あのですね、そう言う訳で夏川さんにちょっとお話を聞かせて欲しいなぁって訳でして……」


 「ごめん、眠くてよく聞いてなかった。あたしに聞きたい話とやらをもう一回言ってもらえないか?」


 名前も思い出せないその子が一瞬だけ嫌そうな顔をしたのがわかった。

 それからまた言いづらそうに言葉を発する。


 「えと……不謹慎だとは思うんだけど、夏川さんが今活動してる行方不明者を探し出す会? みたいなのについて話を聞きたいなって。新聞部でそれを記事にしたいんだけどさ」


 あたしはそれを聞いて色々と納得し、また、あの被害者共の馴れ合いの集団が結構有名だったのかと感心もした。

 だが、それを話すかどうかの決定権はあたしにはない。

 悪いけどあたしからは話せない。と丁重に断っておくが、彼女はそこをなんとかと言うように中々の粘りを見せる。


 「お願い! 私このまま手ぶらで新聞部に顔を出す訳にはいかないんですよ! ちょっとだけでいいからさ!」


 「あーもう、しつこいな。無理なもんは無理だよ」


 「そこをなんとか!」


 このままではキリがない上に、もうすぐ土下座までされそうな予感がした。

 あたしは仕方なく取材を受け入れる事にしたが、あたしから何かを話す事ができないのは本当だ。例の馴れ合いの集団のリーダー格の女「結城蓮華」に口止めされている。

 もし誰かに口を滑らせたら、貴重なレプリカの情報を得られなくなる可能性があった。

 あたしと木野くんは今回の連続失踪事件にはレプリカが関係していると見て、目的は違えど、馴れ合いの集団と共に犯人を追っているのだ。


 放課後、あたしは取材を求めてきた彼女を連れてある場所へ向かった。


 「あの、夏川さん? お話の方は……」


 「ああ、取材ならちゃんとさせてやる。リーダーから許可さえ降りればな」


 「リーダー? 結城先輩の事ですか?」


 「なんで知ってんだ?」


 「新聞部の先輩からちょっと情報をもらってたので」


 「だったら最初から結城に聞きゃよかったじゃねえかよ……」


 「は……ははは……たまたま夏川さんが同じクラスですぐ近くにいたから」


 若干気まずそうに頭を掻く彼女は悪い人間ではないみたいだ。

 自分の事を嗅ぎ回るあたしらを始末しようとした犯人かとほんの少しだけ考えたが、さすがに気を張りすぎているなと思った。

 やがて、あたしと彼女は一軒の洋風の立派な造りの屋敷の前に辿り着いた。


 「ほぇ~でっけえ」


 「ここにリーダーが居るはずだ。それにみんなも来てる頃だな。あいつらあたし以上に熱心だしな」


 「夏川さん以上に?」


 「気にするな。行くぞ」


 あの集団は全員が身内や友人が失踪してしまった者だけの集まり。

 レプリカの情報の為に友人が被害に遭ったという事にしたあたしと木野くんに彼ら程の情熱も信念もない。

 そのままおよそ二メートル程はある大きな鉄格子の門を開き、屋敷の庭を行く。

 彼女は周りにある物が全部珍しいようで、持っていたカメラで写真を撮ってもいいかと聞くが、そういう事は土地の権利者に言って欲しいものだ。


 「なんかめちゃめちゃ広いですけど、メイドさんとかいないんですかね?」


 「ああ、失踪したこの家の主人が人任せは嫌いだったらしいからな。今も使用人は雇わずに、結城の爺さんや結城自身がたまに手入れをしているらしい」


 「お母さんは?」


 「あんまり過ぎた事を聞くなよな。旦那が失踪したショックでそれどころじゃないとさ」


 彼女が慌ててあたしに謝った。

 だからそういうのはあたしに謝られても困るんだけどな。

 そのまま広過ぎる庭を通り抜け、ようやく屋敷の玄関に着いた。

 あたしが名乗ると、結城先輩が扉を開けて出てきてくれた。


 「…………誰? その子は」


 鋭い眼差しであたしの横の彼女を見る。

 彼女の事を紹介しようと思ったが、名前を聞くのを忘れていた事を思い出した。


 「えー……彼女は……」


 上手く誤魔化してこの場を乗り切るべきと考えたが、彼女はあたしの言葉を遮って自分から結城に自身の事を説明する。


 「に、二年で新聞部の霧村千尋と言います! 今回は先輩方の活動について取材をさせて頂きたく……」


 「夏川さん、追い返して」


 氷のように冷たい眼差しのまま冷酷に言い放った。

 霧村は一瞬固まってから、また我に返ったように慌てて結城を説得する。


 「あ、あまり聞いていいような話題でない事はわかっています! だけど、先輩方の活躍を我々新聞部が学校に広めたらきっと多くの協力者が」


 「必要ない。消えなさい、部外者は邪魔よ」


 結城の歯に絹着せぬ物言いに霧村が押し黙った。

 どっちもどっちではあるが、流石に霧村が可哀想にも思えてきた。


 「どうしても……だめですか?」


 同情を買うような口調ではなかった。

 ただひたむきに、良い新聞を作る為に尽力する姿が霧村にはあった。

 対する結城の方もただひたむきに犯人を捕まえたいだけ。いや、それ以上の思いが込められているような気もする。

 あたしは迷った。

 残酷だがこのまま結城に言われた通りに霧村を追い返すか、霧村に味方して一緒に頼むかどうか。


 「くどいわ。さっさと出て行っ」


 「いいんじゃないんですか? この人には取材を条件に我々に協力してもらうって形で」


 突然、あたしらの後ろから聞こえた声は結城と同じ犯人を捕まえるという目的を持った男、一年の「入間創」という人間のものだった。

 入間は男にしては長すぎる髪が顔にかかったのを払いながらそう言った。


 「邪魔にしかならないわ」


 「そうは言っても人手が多い方がやりやすい作業ですし、無理に追い返すのも悪くないですか?」


 「あたしからもお願いします。新聞部である以上、情報収集能力には多分長けているんじゃないかと……」


 霧村が哀れに思えたので入間に便乗してあたしからも結城に頼んだ。

 情報収集能力には長けていると言った時、視界の端にドキッとした表情の霧村が見えたが見なかった事にしておく。

 入間も「お願いします」と頭を下げた。

 結城はしばらく黙った後、ここで話している方が時間の無駄だと言って私を含めた三人を屋敷内へ通した。


 「二人ともありがとうございます! 特に、えっと、背の高いあなた! 見ず知らずの私なんかの為に頭まで下げてもらって」


 「俺はただ、単純に活動がやりやすくなると思っただけですから」


 特に謙遜する様子もなく入間は言った。

 結城が「遅いわよ、早くしなさい」とあたし達をもう既にみんなが集まっているという、大広間まで付いてくるよう急かした。

 結城の父親が失踪し、今は彼女と彼女の母親と祖父しか住んでいないというこの大豪邸。

 たった三人で住むには広過ぎる邸宅。

 あたし達がここで集まるようになったのも成り行きのようなものだ。

 大広間の前の扉に着き、結城が扉を開けた。

 中には既に四人のメンバーが席に着いていた。

 中にいる全員の視線が霧村に集まる。

 一瞬木野くんと目が合ったが、彼の視線も霧村に向けられた。


 「着いたわ、どうぞ」


 「は……はい」


 「緊張してんのか?」


 「しますよそりゃぁ……」


 霧村と小声でそう言葉を交わした。


 「ここにいる全員の身内や友人が被害に遭ったの。一応彼らを紹介しておくわ。端から二年の鹿島君。一年の三橋さん。二年の木野君。三年の西君よ」


 「俺は一年の入間です。よろしく」


 「あ、あの! 新聞部の取材で協力させて頂きます。二年の霧村千尋と言います! その……足手まといになるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします!」


 緊張しながらもハキハキと喋って深々と頭を下げる霧村の様子に、少しばかり好感を覚えた。

 だが、霧村に向かって悪態を吐く男が一人いた。

 テーブルの一番端にいる、ボールの様に丸々と太ったデブ、「西満」が彼女を罵る。


 「ケッ、どうせネタの為だけに来て本当は俺たちに同情も何も感じてねえくせによく言うぜ。俺は認めねえぞ! こんなマスゴミの端くれのクソアマの参加なんてよお!!」


 テーブルを叩いて唾を飛ばしながら西は叫ぶ。

 はっきり言って、見ていて不愉快だ。


 「そ、それは……」


 否定しようにも否定しづらいといったように霧村がたじろぐ。


 「ニシマン先輩! いきなりなんて事言うんですか! あんまりですよ!」


 西を鎮めるように声を張り上げたのはいかにも運動部といった健康な色の肌とショートヘアが特徴の一年の「三橋楓」。


 「俺をニシマンって呼ぶんじゃねえ!! ニシミツルだこのクソッタレが!!」


 「そんな事はどうでもいいですから、霧村先輩に謝ってください! 今のは流石にひどすぎます!」


 「じゃあ何か!? テメーはこんな奴の参加を認めるってのか!? あ?」


 「当たり前です! 私たちの目的は一刻も早く犯人を追い詰める事。仲間は多い方が絶対に良いです!」


 「仲間だとォ~? こんな邪魔にしかならねえ奴なんて仲間にしたところで百害あって一利なしだよ! んな事もわかんねえのかこの単細胞が!!」


 「なっ……単細胞はどっちですか! 新聞部ってだけで人をそんな風に馬鹿にし」


 「うるせえええ!! 先輩に向かって単細胞だとォ!? 一年のくせに生意気な事言ってんじゃあねぞコラァ!!」


 「いい加減にしてくれよ!! 二人とも」


 激しく言い争う二人の間にテーブルを強く叩いて仲裁に入ったのはいかにも好青年といった感じの男、二年の「鹿島龍之介」。

 後輩にばかり色々と言われている西ことニシマンは苛立ちを隠せない様子だ。

 興奮する三人をよそに、木野くんは退屈な授業を受けているかのように茫然と三人を眺めていた。なんと言うか、とても木野くんらしい。


 「そうね、そろそろ本当にいい加減にしてくれるかしら? 私の家のテーブルを傷めつけるのも、汚い唾を飛ばしてテーブルを汚すのもやめてもらえないしら?」


 「汚ねえ唾たあ俺に言ってんのか? おい!」


 「あら、ちゃんと自分が唾を飛ばしていた自覚はあったのね。わかっているのならさっさと口を閉じて大人しく座っていて頂戴」


 ニシマンの怒りが頂点に達したのか、彼は椅子を足で跳ね除け、結城に向かって飛びかかろうとしたが。


 「殺すわよ」


 結城のその一言で、ニシマンだけでなくあたしと木野くんも含めた全員の空気が凍りついた。これがいわゆる殺気というやつか。

 あたしは人間が放つ明らかな殺意をこの時初めて目の当たりにした。

 そしてこの女は、何か特別なカリスマとでも呼べるようなものを持っている気がした。


 霧村にとってはいささか荒すぎるファーストコンタクトを迎えてから、ようやく今日の話し合いの時間となった。

 取材の方は話し合いの様子でも見て勝手にメモでも写真でも撮ってくれという事になり、無事、霧村も話し合いに参加できた。


 「ニュースにでも放送されている通り、連続失踪事件はこの街でしか起こっていないわ。それに一昨日も新たな被害者が出た事から、犯人はまだ街にいると考えていいわね」


 結城がこの場を取り仕切ってそう言い、部屋の奥から持ってきた、至る所に印の付いたこの街の大きな地図を取り出した。

 その印は被害者たちが失踪したとされている場所だった。


 「情報によると被害者達が失踪したと思われる時間は不定期だけれど、地理的な範囲は限定されているわ」


 結城は取り出した赤いマジックペンで地図上の印を繋いだ。

 すると、その地図上には歪な円形が出来上がった。


 「これ以上のんびりと捜しているようじゃ、警察に先を越されてしまいますね……」


 悔しそうに爪を噛んで言ったのは鹿島だった。

 やはりこいつらは、警察を当てにしていないと言うより、獲物を横取りしようとする商売敵とでも見ているようだ。


 「犯人はきっとこう言った犯罪には手馴れています。何件も事件があるのにも関わらず、犯人に関する手がかりは犯行場所を予測する事しかできません。焦って捜したところで、俺たちが犯人に殺されやすくなるだけですね」


 入間が犯人の捜査を急ぐ危険性を指摘した。

 こいつは失踪事件は殺人事件として見ているのか?

 普通は被害に遭った身内や友人の無事は願うものだとは思うが、入間の今の発言に突っかかる奴はいない。


 「だけど、私たちがみんな一緒にいたら犯人が来たってやられる事はないんじゃ?」


 「みんな一緒にいたら最初から狙われねえだろ」


 三橋の意見をニシマンは速攻で否定した。

 悔しいが、確かに正論だろう。


 「捜すのが危険なら、いっそ犯人が来るのを待ってみたらどうでしょう?」


 今まで興味なさげに何も言葉を発しなかった木野くんが突然妙な提案をした。


 「……何言ってんだ?」


 ニシマンも木野くんの発言に少し驚いているようだ。


 「あの、それってもしかして……囮捜査とか?」


 あたしの隣に座っていた霧村が言った。

 なるほど、その手があったか。

 霧村の問いかけに、軽く微笑んで木野くんは答える。


 「そんなところだけど、そんな響きの良いものなんかじゃないです。最悪僕らの中から本当に死傷者が出るかもしれない危険な賭けです」


 「要は、誰かが犯人を誘い出すエサになって襲われたところを俺たちが引っ捕らえるって訳ですか? 木野先輩」


 入間が確認するように問いかけた。

 木野くんはその通りだと答え、結城が更に提案を重ねた。


 「そうね……その手段は危険だからまだ止めておこうかと思っていたけれど、状況が状況ね。警察の捜査が拡大している以上、その方法を実践する事にするわ」


 「おい! あんた話ちゃんと聞いてなかったのか!? 一人をエサにしたところで俺たち全員で見張ってりゃ犯人に絶対勘付かれるって!」


 ニシマンがまたキレながら言った。

 頼むから落ち着いて話をしてほしい。


 「誰も全員で見張るなんて言っていないし、そもそもエサを一人だけにするとも言っていないわ。話を聞いていないのはどっちよ」


 「は?」


 ニシマンだけでなく、あたしと木野くんを除いた全員が目を丸くした。

 木野くんは最初から結城がこれから言うようにするつもりだったようだ。


 「あたし達…………霧村さんにも協力してもらい、八人を幾つかの組に分け、今夜それぞれが担当する場所でエサになってもらう人を一人決めて、犯人を誘い出してもらうわ」


 今までこの集会に何度か来ていたが、今回は最も効果を上げそうな方法が選択された。

 見張りが少人数になる故、危険度は大幅に増すが、運が良ければこいつらと顔を合わすのも今日で最後になるかもしれないと思った。

 最も、犯人があたしと木野くんが思っていた通りレプリカであったなら、あたしか木野くんがいない組は全滅するかもしれないが、木野くんはその事に心を痛めたりはするのだろうか。

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