狂気の足音


 ここは新聞部の部室。

 部員は三人。

 私、霧村千尋と三年の雨宮先輩と一年の霜野だけの存続が危うい部活動。


 「うーん、このままじゃあ今月の新聞もつまらない出来になっちゃうね〜」


 雨宮先輩ことアメ先輩が眉を潜め、ボールペンの先で頭を掻きながら毎月必ず言っているセリフを今月も言った。


 「仕方ないですよアメ先輩。高校生の作る新聞なんてたかが知れてますし」


 霜野ことシモちゃんは割とどうでも良さげであるが、彼女に退部されてはこの部活は廃部になってしまうので、彼女に積極的な意欲はなくても我が部にはなくてはならない存在だ。


 「ネタさえあればいいんだけどねぇ、なーんかみんなの注目で穴が開くような特ダネが」


 よくわからない例えではあるが、私もシモちゃんも突っ込まない。


 「そこは先輩らの洗練された執筆技術で上手く補ってくださいよー」


 「あのさシモちゃん、くだらないネタで新聞を書かされる身にもなってもみてよ。面白い新聞には特ダネってヤツが必要不可欠なわけ」


 私がそう言うと、シモちゃんはムッとして答えた。


 「じゃあキリ先輩がネタ探してくればいいじゃないですかー。こんなごく普通のありきたりな学校で特ダネ探して来いって言う方が無茶ですよー」


 それはあんたの仕事でしょ? と言おうとしたところ、アメ先輩もまたシモちゃんに便乗して言ってきた。


 「それだ! ナァイスシモちゃん! 折角だからキリちゃんやってきなよ。何か新鮮な発見があるかも」


 気持ちよさげにウインクをするアメ先輩。


 「ええ〜マジすかアメ先輩」


 「うん、大マジ」


 「ですってキリ先輩」


 笑顔でそう言うアメ先輩と真顔で便乗して言うシモちゃん。

 これは断れないなと思った私は大人しく二人に従う事にした。

 とはいえ、こんな平凡な学校に生徒の目を引くようなネタがそうあるとは思えない。

 私はただ投げやりに頼まれたままネタを見つけることができずにだらだらと数日が過ぎた。


 「ねーキリせんぱぁい。もうちょっとで月が変わっちゃいますよー? まだネタ見つかってないんですかー?」


 「もーうっさいなー、今まで見つかってなかったもんがいきなり見つかる訳ないでしょうが」


 「でも先輩が見つけてこないとウチらみんなで徹夜コース確定ですよー? そんな甘ったれた事言ってられませんよ」


 生意気で腹立たしい物言いだが、今回は言い返せないのがなんか悔しい。

 あんたもちょっとは探しといてよと言った瞬間、部室の扉が音を立てて開き、アメ先輩が嬉しそうな顔で入ってきた。


 「チィース、アメ先輩。イケメンに告白でもされましたー?」 


 「そんなんよりもっと凄い特ダネだよ!」


 アメ先輩にとっては色恋沙汰より新聞の方が優先度が高いみたいだ。

 しかし、特ダネということは私の出番はなくなったという事か。

 内心ホッとして先輩の話を聞くと、私の安心感は瞬く間に消え去った。


 「キリちゃん、早速仕事だ! コイツらを調査しろ!」


 「は? 調査?」


 呆気に取られている私にアメ先輩は携帯で一人づつ、合計七人の男女の写真を私に見せた。

 その七人は全員ウチの学校の生徒だが、何というか全員個性的で、高校生の男子にしてはやたら背の低い子や長い髪の男子に団子みたいなデブなど、中には知っている顔も何人かはいたが、驚いたのは同じクラスで目立たないけど、とても綺麗な顔付きをした女子である夏川さんの姿があった事だ。


 「なんなんですか?コイツら」


 シモちゃんが相変わらずの無気力な様子で質問する。


 「ほら、最近ニュースになってるじゃん? この街の連続失踪事件。この七人、どうやら行方不明者と深い関係があるみたいで、協力して犯人を自分達でとっ捕まえようとしてるみたいなんだよ」


 「とっ捕まえる? この人達は行方不明者は誘拐でもされたと思ってるんですか?」


 「同じ街で短期間の内に何人もいなくなりゃ誰でも誰かの犯行って考えますよ、キリ先輩」


 私はムッとしてシモちゃんを、睨んだ。

 「おっと」と、彼女は私からわざとらしく目を逸らした。


 「まぁそういうこと。キリちゃんがこの人達取材してきてくれたら絶対良い記事が書けると思うんだよね」


 「ここまで情報集めたならアメ先輩がやってきてくださいよー」


 「ダメダメダメダメ、キリちゃんがやるって決まったんだからしっかりやり切ってくれなくちゃ。それにその情報わたしが集めた訳じゃないしー」


 「じゃあどうやってこんな特ダネを……」


 「えーと、それは新しく入ってきたあのナギ先生が教えてくれたんだよ」


 ナギ先生とは誰だったかと記憶の中を漁ってみる。

 確か生物が担当の不思議な雰囲気の先生で、百瀬先生と呼んだら怒られると聞いた事がある。


 「でも相手が悪くないですか? 私こんな状況の人達に取材なんて悪い気がしてできませんよ」


 「ここでキリちゃんがやってくれなくちゃわたしたち全員徹夜で面白くない新聞を書く事になるのよ! それでいいの!?」


 「そーだそーだ」


 確かにそうなるのは嫌だったので、私はこの彼らへの取材を渋々と受け入れた。

 この時の私はちょっと我慢してこの七人から話さえ聞ければそれで終わりだと思っていた。

 だが私は、ほんの数日でこの自分達の軽さを本気で後悔する事になる。

 思えば私はここで気付くべきだったのだ。

 特ダネの為に危険な場所へ赴くジャーナリストがいるように、私もそれだけのリスクを覚悟しておくべきだったと。

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