開始の合図
僕は夏川さんに神田さんから聞いた話を嘘偽りなく全て話した。
話した後に「あれほどあたしの事を誰かに話すなっつったよな」と、ナイフを突き立てられるという過激なお咎めを受けたが、なんとか許してはもらえた。
そうして大体の話は信用してもらえたが、僕が抗体を持っているという事は信用できなっかた様で、それを証明することに一番手間がかかった。
まず夏川さんに「昨日やられた傷を見せろ」と言われ、ワイシャツのボタンが三つくらい取れる勢いで上半身の服を脱がされた。
レプリカのレプリカ……すなわち彼女に言わせればレプリカの欠陥だらけのパチモノということで「パチモン」。
パチモンもレプリカには及ばないが傷の治りが早く、掠り傷程度は数分で傷跡が綺麗さっぱりと消える程の回復力らしく、僕の背中の傷はまだくっきりと痛々しい形で残っていたため、僕がパチモンにならない抗体を持っていることは証明されたが、夏川さんはまだ信用できなかったらしく、念のためということで、彼女に持っていたナイフで小さな切り傷を腕につけられ、「その傷が十五分以内に治らなかったら信じてやる」と言われ、いわゆる殴られ損というものを味わった。
しかし、このような事をされたのに僕が夏川さんについて得た情報は少しだけだった。
夏川さんは「神田とかいうオッサンは随分と説明が下手くそだったんだな」と前置きして僕の質問に答えていった。
夏川さんが答えてくれたのは、レプリカのこと自体は知っていて、昨夜のバッタ型を合わせて三体倒してあるという事。薬についても知っていて、薬の数まではわからなかったが、投与した部位に黒い特徴的な痣ができて、それで薬を投与した人間を見分けている事。昨夜の中年の男は前からマークして監視していて、ようやく第二形態へと変身したから殺したのだという事。たまに授業をサボってここに来てレプリカを双眼鏡を使って捜している事。銃弾は僕のと同じ赤い方を三発だけ持っていた事。最後に神田さんが遺したボロボロの写真に写っている神田さんが最期に指差した女性の事を聞いたが知らないようだった。
対して、答えてくれなかった事は、レプリカの事を知ったきっかけ。銃弾を手に入れた理由と場所。レプリカを殺している理由。強いて言うなら危険だかららしい。
そうして彼女のいる屋上から去ってから二週間が過ぎた。
「なんか情報はあったか?」
「なんにもないです」
放課後の屋上。
夏川さんは相変わらず煙草を吸いながら双眼鏡を覗いている。
あれから僕は夏川さんと共にレプリカについての情報を集めていた。
僕らはまず、レプリカに一番関係がある神田さんが遺した写真に写っている女性……神田さんが最期に指差した女性を最初のレプリカという目星をつけて調べ始めた。
しかし、インターネットやその研究チームが発表した論文など様々な資料を漁ってはみたが、一向に収穫はなく、黒い特徴的な痣を持った人物を捜しつつその女性について聞き込みを繰り返したが、それは危険だと判断して聞き込みでの捜査は中断した。
その結果、何の成果もなく、だらだらと時間だけが過ぎてしまった。
「こう言っては悪いけど、レプリカが何か事件でも起こして報道されたら助かるんだけどね」
「それは無理だな。事件を起こすにしても大抵は殺人事件。奴らに殺された人間がパチモンになってもまた殺す。そうすりゃ殺された方は塵になって証拠は残らない。着ていた服もさっさと焼いちまえば証拠隠滅は完了。報道されるにしても行方不明事件。警察の方が先に見つけて終わりだろ」
「でも警察はレプリカと戦えないから返り討ちにされるのがオチだよ。レプリカに繋がりそうなが報道されるとしたら『捜査中の警官の行方不明事件』て感じじゃないかな」
「頭いいな、キミ」
夏川さんは煙を吹いて感心した様に言う。
「そんなことないよ」
「あたしはそんな考えてみればすごく単純な事に気が付かなかったよ」
彼女は「別に嫌味じゃないからな。あたしが気付けなかった事をキミが先に気付いた事を妬んだりして言う訳では決してない」と付け加えて続けた。
「もし本当にそうならなんでパチモンになってもブッ殺したりするんだ? 自我を保ったままパチモン化するのはともかく、ブッ殺したい奴が訳もわからずトチ狂う様は見ていて愉快だと思うんだけどな」
夏川さんは綺麗な見た目に反して考えている事はドス黒い。
「パチモンになっても憎いか、薬を与えた『最初のレプリカ』が証拠を残さないように指示しているんじゃないかな」
「『最初のレプリカ』? …………ああ、あの女か」
短くなった煙草を携帯灰皿に入れて新しい煙草を取り出して「今更だけど煙草の煙とか大丈夫だよな」と、僕に確認して火を点けた。
喫煙者としてのマナーは良いみたいだ。
「なるほどな……世間にレプリカの事を知られると自分が動きにくくなる訳か、納得」
「どうして薬を広めてるのかは見当もつかないけどね」
「麻薬と一緒でどうせ金が目当てだろ」
夏川さんはまるで他人ごとに様に大きな欠伸をして言った。
「そういや聞いてなかったけど」
彼女は思い出したように言った。
「なんでキミもレプリカと戦うつもりなんだ? あたしは手伝えなんて頼んでないし神田のオッサンの時は乗り気じゃなかったんだろ?」
「自分の為だよ。自分の身を守るためさ」
そう、僕はその単純な理由の為に動いている。神田さんの遺志を受け継いだ訳じゃない。
僕はそんな正義の味方のような真似はしない。
「レプリカ共に狙われるような事でもしたのか?」
彼女に訝しげに聞かれた。
「神田さんが突然襲われたのはレプリカについての情報を持っていたから、その口封じに殺されたんだと思ってる。だから僕も神田さんからレプリカの情報を得てしまったから、神田さんを襲った奴は死んだとはいえ、ひょっとすると僕に情報が渡ったことがレプリカに伝わるかもしれないと思ってさ。特に最初のレプリカの人のね」
「流石に考えすぎじゃないか?」
「レプリカが何をする連中かわからない以上じっとしていられなくてさ。後、僕はレプリカと戦うんじゃない。レプリカを殺すんだ」
「一応人間だぜ? キミに殺しができるのか?」
「殺さなければ僕が殺されるんだ。殺す覚悟はできてる」
僕がそう言うと、彼女は双眼鏡を覗いたまま僕の方を見て、軽く微笑んで言った。
「それは何とも頼もしい心がけだ。その言葉、口だけで終わらすなよ」
そう言って僕に双眼鏡を手渡した。
「これは?」
「あいつを見てみな。陸上部のとこの」
夏川さんに従ってトラックを軽快な走りで駆け抜ける爽やかな印象の男子生徒を双眼鏡で見てみた。
「キリッとしたかっこいい人だね」
「そうじゃねえバカ」
夏川さんが自分の太ももを指差した。
「? 綺麗だね」
「そうじゃねえ! あいつだセクハラ野郎!!」
頭を強めに殴られた。
「ごめんなさい」と弱々しく言って、走っている彼の太ももを見た。
そこには、言葉ではどう言っていいのかわからないような奇妙な痣があった。
「まさか……」
ニッと笑って勝ち誇ったように彼女が言う。
「そのまさかだ。キミがこの二週間の間見つけられなかったレプリカをあたしが先にマークしてたんだ」
「殺さなかったの?」
「普通の人間だったら取り返しがつかねえだろ? ボロが出るまで待つんだよ」
夏川さんの目はわかりきった事をわざわざ言わすなと言っているようでもあった。
「わかってるな? あれはキミが殺せ。あたしが囮になってボロをさらけ出させてやるから」
薬を投与した人間を「あれ」と言い、これから人殺し紛いの事をするというのに、まるで小学生の子供が虫取りの計画でも話すかのようなうきうきとした楽しみと冷酷さが彼女にはあった。
「いつから監視していたの?」
僕がそう聞くと。
「さっきだ。キミがレプリカが事件でも起こさねえかなって言ってた時だよ」
こうして、僕の初めての人殺し……あえて言うならレプリカ狩りが今夜行われようとしていた。
そしてその後も、僕は奴らを殺し続ける事になるのだろう。
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