第9話 手紙
リツコが開いた手紙を俺も横からのぞき込んだ。筆圧の高い、くっきりとした文字だ。
“未来の私へ
あなたは五十六か五十七歳くらいのはずです。
高校を卒業してからのあなたの四十年はどんな人生でしたか。
思い通りの人生を送れましたか。
ここからあなたに話しかけることはできるけど、遠い未来のあなたは私たちに答えを送ることはできません。それはわかっています。
たとえ、その未来を知る手段があっても私はそれを利用したり、批判しようとは思いません。
けれど、これだけは伝えたいのです。
生きてこの手紙を読んでいる私へ。
四十年間ご苦労様でした。
私もこれから時間をかけてあなたの今いる場所に進んでいきます。勝つまで進むのをやめず、悔いのない人生を歩むつもりです。
今度、私が私に会うのは四十年後、この手紙を開くときです。
さようなら、とは言いません。
……また合う日まで。
200X年2月
SOS団 団長 涼宮ハルヒ
〃 副団長 古泉一樹
〃 文芸部長 長門有希“
ゴシック字体の文芸部長の記名の下に、達筆なみくるさんの名前があった。続いてもう一人、なんか雄大な感じのする名前が書いてある。
戻ったら部室で整理していた卒業名簿で調べてみよう。なぜかきっと見つかるだろう、と言う気がした。
手紙はきっぱりした内容で、自分の未来や成功を固く信じている、まっすぐな文章だった。なんとなく、リツコに似ている。いや、前向きなのはそれ以上だ。
リツコは読み終えてしばらく黙っていた。
「会ってみたい気がする。でも、どこにいるんだろう」
「とても元気で素晴らしい人だったわ」
みくるさんは目を落とし、少し寂しそうに言った。なにかこれ以上、訊いてはいけないような気がした。
「もう質問は終わりですか?」
「この手紙を読んだら、訊く気がうせたよ」
「では、私のお願いなんですけど……」
リツコはしばらく彼女を眺めていたが、金属棒を取り出した。
「これはあんたにあげる。持っていてもしょうがないし」
「いえ、あたしが持って行けるのは無形の情報だけ」
みくるさんはすっと、日なたに姿を移動させた。そのままおとがいをあげて、太陽を見上げている。
「リツコさん、手に持っている金属片を私の右目と太陽の間においてもらえませんか」
彼女の網膜が心配になったが、彼女はただのスーパーリアルな映像に過ぎないことを思い出した。
リツコはそっと親指と人差し指で、金属棒の先を太陽に向け、反対側をみくるさんの瞳に合わせた。
すると、金属からぽっと閃光が走った。その光は彼女の瞳に吸い込まれている。その間、五秒くらいだったろうか。
やがて光は消え、彼女は言った。
「データ転送終了」
「あっ、熱い!」
リツコが叫んで手を振っている。
「あっごめんなさい。紫外線で起動したら、最後は溶けるのを言い忘れてたわ」
「親指が火傷したわ。そんなの早く言ってよ」
みくるさんは心配そうな顔でリツコを気遣っている。超常能力を扱えるくせに妙なところでうっかりな人だ。
「もうすぐ滞在時間が終わります。お二人とも、どうもありがとう」
俺はいくつか疑問があったのを思い出した。
「二十年分の情報、いったい何の目的で集めたの? それにこの世界がたくさんの未来のうちの一つと言ってたのは……?」
みくるさんのセーラー服は蒼い燐光に包まれ始めている。足先はすでに半透明だ。
「……をこんな世界にしないために」
「えっ?」
みくるさんはちょっと悲しそうに小さく言って、頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい」
ディスプレイの映像が一瞬で消えるように、そばにいたはずのセーラー服姿は消えた。
俺はツツジの生い茂る花壇にいて、そばには掘ったばかりの穴があって、リツコはふたの開いた鳩サブレの缶を持って立っている。
静まりかえった校舎が長く影を落としていた。
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