第8話 幽霊

「のわっ!!」

 いきなりリツコが立ち止まって、俺は彼女の背にぶつかった。

「ちょっとあれ」

「!」

 荷物が集めてある支柱のそばに、セーラー服の少女が立っていたからだ。

 一瞬俺の脳裏に、去年の幽霊騒ぎが去来した。在校生四十二人の話題になる程度の目撃談があったが、俺は委員会のほうが忙しくて関心を向ける余裕がなかったのだが……。


「誰だよ、あんた」

 最初に我に返ったのがリツコだったが、手はしっかり俺の腕をつかんでいる。

 セーラー服の女の子は亜麻色の髪の毛を肩まで伸ばしている。この高校の制服だった。童顔には驚いた様子もなく、おだやかな表情で俺たちを見つめていた。

 断言してもいいが、俺がこの高校にいた頃はこんな子はいなかった。一度でも出会ったら記憶に刻みつけられるような愛くるしさだ。リツコが鋭角的な美人なら、この子はたおやかな感じがする。あと五年もすれば超絶美人になるだろう。

「お願いがあるんです」

 俺たちのほうに近づいてきた。靴は学校指定の白い内履きシューズだし、制服をあまりにも自然にきこなしているので、まるでたった今、授業を終えて外に出てきたみたいだった。コスプレというには周囲になじみすぎている。

「普通、自己紹介はするだろ」

「……ごめんなさい。あたしは朝比奈みくるって言います」

 あの文芸誌の末尾に同じ名前があった。本当かよ?

 彼女は俺とリツコの前に立った。

「あなたは江島リツコさんですね? そしてあなたは……」

 彼女は俺の名前を言った。

「どうして私たちの名前を知ってるの?」

「なんどかここに来たことがあるんです。いえ、この時代にってことですけど」

「きみもここの卒業生? それにしちゃ年齢は俺たちと同じみたいだけど」

 話しながら、自然と渡り廊下の支柱のところに集まっていた。気温が高くなってきたこともある。

 でも、何かがおかしい。

 学校指定のシューズは、底面が安物の硬質ゴム製だったから、コンクリートの路面を歩くと不自然に硬い音を立てる。しかし、彼女は靴音を立てないで歩いた。

「ひょっとして、あんたもここで何かを探しているの? 残念だけどこっちも手一杯だし、手伝えないわ」

 朝比奈みくる、言った少女はリツコを見上げた。

「探しているものが同じだとしたら?」

「私たちが探しているのがなにか知ってるの?」

「タイムカプセルでしょう」

「なんで知ってるの」

 亜麻色の髪をふわりと揺らして彼女は言った。

「だってあたしが埋めたんだもの」


 思わず俺とリツコを顔を見合わせた。

「正確にはあたしたちが、ね」

 みくるさんの姿はどう見ても三十七歳のおばさんではない。

「埋めたのは二十年も前よ?」

「ていうか、そんなに大切なものなら、埋めなきゃいいだろ」

「当時はセレモニーというか、発案者の都合上どうしても埋めなくてはならなかったの」

 と、そこで俺は気がついた。みくるさんは埋めた場所を知っている。

 同じ結論に達したのか、リツコが言った。

「つまり、交換条件ね? 埋めた場所を教えてくれる代わりに、何か頼みがあると」

「ええ。案内するわ」

「頼みを聞くとは言ってない」

「では、場所だけでもお教えします」

 みくるさんの実際の年齢がいくつなのか判別しがたい。俺よりずっと長生きできそうなくらい健康そうで、小柄な姿はまかり間違えば下級生と誤認しそうだ。

 先を音もなく進んでいく。

「ここのあたりは探したけどそれらしいものはなかったけど」

「まだ探していない場所があるわ」

 次第に俺たちが侵入した学校裏のネットフェンスに近づいている。

「ここよ」

 目の前にはコの字型に切り裂かれたネットフェンスと、そのすぐ下は俺たちの足跡が残る花壇があるだけ……あっ!

 俺より先に気がついたリツコが言った。

「ひょっとしてこの石の下?」

「ええ、この石碑のそばに埋めたの。ここなら絶対に覚えていられるし、掘り返そうなんて誰も考えないでしょ? 夜にみんなで忍び込んで、大変な作業だったけどカプセルはごく小さいものだから」

 俺はリツコのスポーツバッグを開いた。折りたたみ式のスコップが二つある。俺は一つをリツコに投げ、もう一つを組み立てた。

「じゃ、あんたも掘りなさいよ」

 リツコは折りたたみスコップを組み上げるなり、みくるさんに渡そうとした……が、スコップの取っ手が彼女の体をすっと突き抜けた。

「ごめんなさい。ここはあたしたちの世界線からとても遠い世界だから、投影画像だけなの」

「きみの声が聞こえるんだが」

「あなたの聴覚神経がそう感じているだけ」

 疑わしげなリツコが、すっと手を伸ばして制服に触ろうとする、指先が彼女の肩に潜り込んだかのようだ。

「すごい……あんた、ひょっとして宇宙人かなんか?」

 俺もまだ電気が自由に使えたころでも、日中を自由に動き回れる3D映像は見たことがない。髪が微風に揺れているところなんか、どう考えても現行技術の先を行っている。

「さっき世界線って言ってたよな? ということは異世界人というか、そんな存在なんだな」

「ええ、あなたから見ればそうかも……。ごめんなさい、滞在時間は限られているわ」

 俺はまず目的物を掘り出して、話はあとにすることにした。

 周囲のツツジの根っこが絡まる小石混じりの表土は硬くて、リツコと二人でもかなりかかった。

 セーラー服の彼女は申し訳なさそうに俺たちのそばに立っているだけだ。

 石碑の基部が現れて、スコップの先端がコツンと何かに当たった。

「まって、ここからは手堀りのほうがいいわ」

 俺はリツコの指示に従い、当たった先の周囲の土を少しずつよけていく。

 大きさは直径二十センチくらいの丸い包み現れた。青い防水シートにしっかりと梱包されている。

 俺が土をはらい落とすと、リツコが取り上げた。

 持っていた木工カッターでひもを切り、シートを剥がすと鳩サブレの缶がころんと出てきた。想像していたタイムカプセルとはずいぶん違う。

「開けるわよ?」

 リツコが缶の密封シールを剥がして、ふたを開けた。

 中にはビニールパックに封入された紙とディスクケース、そして風変わりな光沢の金属棒が入っていた。長さは十センチくらいで、直径は小指ほどだ。

 つつっと彼女、というか彼女の映像が近寄ってきた。

「その紙とディスクはお二人に差し上げます。でもそれは」

「これか?」

 俺は軍手をとってから、そっとその金属棒を取り上げた。

 二十年も埋められていたにしては表面がつるんと輝いている。目をこらすと、細かいシンメトリーな文様が微細な線で描かれている。

「きみは画像なんだろ? どうやってこれを持って行くんだ」

「まって!」

 リツコが手を伸ばして俺から金属棒を取った。

「もしあんたが、本物なら教えて欲しいんだけど。答えなきゃこれは渡さない」

 みくるさんはしばらくリツコを眺めていたが、

「回答できる範囲内なら……」

「どこから来たの?」

「過去から」

「嘘だろ? そんな昔にタイムマシンなんかあるはずない」

「あんたは黙ってなさいよ」

 リツコは俺を制した。疑念が増したのか、金属棒を作業ジャンパーの右肩にあるペン差しに入れた。

「この人が本当に時間旅行者なら、余計な知識は黙っているはずだ。歴史が変わってしまうから」

 しかし、みくるさんはじっと顔をうつむけたまま何かを考えている。そして静かに言った。

「わかりました」

「時間旅行者は未来から来たはずよ」

「そうね……。たとえて言えば、時間を過去から未来に伸びる樹木のようなものと考えてみて。枝から枝には移れない。でも、いちど根のほうに降りてからだと別の枝へいけるでしょ?」

「つまり、いったん過去に戻ってから別の枝分かれした未来に移動した? きみにとってここは別の未来なんだな?」

 俺はそっち方面に知識があったから、理解できたが、リツコはまだわだかまりがあるようだった。

「じゃあ、あんたは二十年前から来た……というか、映像を送っているわけ?」

「ええ。この世界はある時点から無数に枝分かれした未来のうちの一つなの」

「この金属はなんなの?」

「それは観測モジュール。データを集約して保存しておくもの」

「こんな小さな金属に? 入力装置は?」

「記憶はあなたたちがやってくれたわ」

「え?」

「この二十年間に約三千人の卒業生。そのたくさんの生徒たちが何かを記憶にとどめるたびに、この機械はそれを全部同時に受け取っていたの」

 なんか壮大な話だったが、みくるさんが回収する理由はまだ不明だ。

「どうして埋めたの」

「手紙とディスクは主催者の願いだったから。ずっと未来の自分たちが今の自分を思い出すようにって。観測モジュールはあたしがそれに便乗しただけ」

「主催者って誰?」

「その手紙を読めばわかります」

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