第7話 侵入
「ちょっと、手を貸しなさいよ!!」
「ごめん」
俺は最初にバッグを敷地にいれようとしているリツコを手伝ってやり、こんどは彼女の手を引っ張った。
入ってすぐの花壇は荒れ果てていた。
以前はパンジーとかスノーフレークなんかが植えてあったのだが、雑草に押されて所々にいじけた花弁をのぞかせているだけだった。端っこに一つ、半ばしおれた葉の赤いチューリップがぽつんと咲いていた。
新旧二つの学棟の間にある中庭はここからすぐだ。
あたりは静まりかえっている。
道行く車はなく、鳥の声も絶えている。日が高くなって、気温が上がってきた。
玄関と一階の窓全面に板材が打ち付けてあった。不法侵入とガラスが割られるのを防ぐためだろう。
「どうする?」
「あんまり長くいたくないわね」
この学校が生きていた頃は日曜だって部活で登校する生徒がいたから、これほど静かではない。不気味な感じがする。
「どっかから入ってきた連中がいるみたいだな」
俺たちは中庭の半分くらいのところに来ていた。
窓に打ち付けられた板材にスプレーの落書きが何カ所かある。○○参上! よく鉄道の高架下に落書きしてあるのにている。
「どっからはいったんだろ。気味悪いわ」
「怖いのかい」
「信じてるわけじゃないけど、廃校直前に幽霊騒ぎがあったし」
「そりゃ典型的な『学校の怪談』だよ。廃校には必ずその種の伝説が生まれるもんだ。在学中に死んだ生徒とか、学校が建てられる前はお墓だったとかさ」
「生きてる人間のほうがよっぽど怖いわ」
リツコはまだ去年の暮れの暴行事件が頭にあるらしい。
「相手が人間なら、リツコがワイヤーカッターをぶん回せばいいだろ。俺は逃げる」
「女の子を守る気概がなきゃ男として失格よ」
「失格でいい」
リツコはふん、とはなをならしたけれど、目が笑っていた。
俺は逃げたりなんかしない。それはリツコもわかっているみたいだ。廃校阻止委員会の委員長とその書記長の立場は今も不変なのだ。
中庭にある立木は剪定していなかったから、俺たちがいた頃よりずっと大きく生い茂っていた一方で、玄関前のキンモクセイは枯れていた。
「どうする? ここの花壇を片っ端から掘ってく?」
「花壇は、植え替えとかで掘り起こすだろ。それはカプセルを埋めた連中もわかっていたと思う。だからなんか目印とかあるはずだ」
「目印があったらほかの連中がとっくに掘り出してるわ」
「だから埋めた連中にだけわかる目印だよ。たとえば……」
「たとえば?」
俺は花壇を指さした。新校舎沿いにある花壇の一角に低木が植えてある。
「あの木の下とか。毎年植え替える一年草の下は避けるはずだ」
「でも、木は結構あるけど」
言われてみれば中庭の真ん中の立木を除いても、本数はあるし樹径も相当ある。掘り起こすのに一本だけでも半日はかかるだろう。
「それに木だって病気になるし、そうなったら切り倒すでしょ? 目印にならないわ」
「……そうだな」
俺は降参した。それに、この荷物を持って歩くのに疲れかけていた。
「部室棟に入ってみる?」
「もう何もからっぽだよ」
「寂しいだけね」
リツコはぽつりと言ってそれからしばらく口を開かなかった。急にリツコに疲労の色が見えた。
部室棟と新棟を結ぶ渡り廊下の下で、俺たちは止まった。リツコがスポーツバッグからお茶のペットボトルを取り出し、俺に投げた。受け取った俺が渡り廊下の支柱の基部に腰を落ち着けると、ポケットから痛み止めを取り出して一錠飲んだ。膝が少し腫れてきたみたいだ。
いつのまにか、俺の横にリツコが座って俺を見つめている。
「今日一日で終わるかな」
静まりかえった中庭に声が反響した。妙な虚無感を覚える。
「確かに埋めた、と書いてあった。だから必ずあるはずよ」
「てか、廃校が決まった時点でさ、埋めた人たちがどさくさにまぎれて掘り起こした可能性が高いような気がする。あの騒動の時は部外者の出入りが相当あったし」
「……じゃ掘り起こしたあとがあれば、あきらめましょ」
「校内で露地になってるところを一通り歩くか。掘り起こした痕跡があれば、あきらめて帰ると」
リツコはすっと立ち上がった。もう元気を回復したみたいだ。俺はまだ充電中、といったところ。
「荷物はここの支柱のところに置いておく。そのほうが動きやすいし。いくわよ」
それから俺たちは新棟と旧部室棟の周りをぐるりと回った。特に部室棟の裏、通学路に面している箇所から、正面玄関にかけては斜面にずっと露地が続いていたし、木も生えていたから念入りに探していった。
日が中天にさしかかり、時計を見るまでもなく昼になったのがわかった。
まだリツコは注意を地面に集中させている。正門の裏は人家が近いので木立に身を隠すようにしながら移動する。しかし、猛烈に繁茂しているのでなかなか前には進まない。
何でリツコはこうも昔のタイムカプセルに執着するんだろう。
ひょっとして、親戚……親がここの卒業生で、埋めた本人、だったりするのだろうか。
茂みを抜けて、校庭のバックネットの裏に出た。
グラウンドの周囲は芝が雑草に浸食されていて、ずっと昔に野球部が使っていたピッチャーマウンドはすっかり雑草で覆われている。人がいなくなるとこんなにも早く、地面を覆ってしまうものなのか。
「お昼にするわよ」
かなりゆっくりした速度で学内を二周回くらいはした。疲れるわけだ。もう探すところもそんなにないはずだ。
俺は何も言わず、リツコが大きな歩調でたったっと歩いて行く後ろに続いた。
「掘り返した痕跡がないとなると、やっかいだな」
リツコは黙っている。何か思い詰めたような表情で、校庭から校舎へと続く階段をのぼりだした。
階段を上りきって振り返ると、赤茶けたグラウンドと鈍い緑色の雑草が織りなすまだら模様が広がっていた。
もう見たくなかった。
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