第5話 喫茶店
翌朝。
台所にはもう母親はいなかった。とっくに出勤していた。
水だなにシリアルと粉末豆乳があったので、ボウルに入れて水を注ぎ、適当に胃に流し込んだ。たまにはこう、朝からガツンとタンパク質を食べたいもんだ。
俺は体の節々が痛むので食後に痛み止めを飲んだ。まったくジジイかよ。昨日ちょっと段ボールの上げ下ろしをしただけなのに。
父親がぬっ、と台所に顔を出した。
「今日も学校か?」
確かに行くところは学校だけど、いちいち説明するのもめんどうだった。
「ああ」
「帰りにタバコ買ってきてくれんか」
「母さんにとめられてんだろ」
「一週間にひと箱だけだ」
「ダメだよ」
俺がそう言うとあからさまに不機嫌そうにまた寝室に戻っていった。休みの日は家にいたくない。顔色の悪い父親に絡まれるのはもっと嫌だ。
二年になったらバイトを始めるつもりだったが、母さんは猛反対した。無理せず勉強に専念しろって言う。母さんだって父親の分まで過労で倒れる一歩手前まで働いてるってのに。治療代だって馬鹿にならない。
そう思うと日曜日にぶらぶらともといた学校へ行くのもすこし気が引ける。
電車は幸南とは反対の方向に乗った。運良く車内は日曜というのにほとんど人が乗っていない。知った顔も見当たらなかった。
電車が市の中心部を抜けると、まるでそこが境界線でもあるかのように街並みは寂れ、廃屋が目立ってきた。
到着した駅舎は古びていて、無人だった。自動改札を抜けて俺は、喫茶店に向かった。
駅前のタクシー乗り場には人も車も全くない。数人のお年寄りが駅前バスのベンチに座っていたが、俺の姿が視界に入ったのか、素早く目をそらした。年齢を重ねると警戒心が強くなるらしい。
俺は野球帽を目深にかぶり直し、広場を抜けた。
しばらく行くと喫茶店ののぼりがあった。前の通りを車が来ないのをいいことに信号無視で横断し、俺は店に着いた。
店のウインドウに紙が貼ってある。
”誠に勝手ながら来月末をもちまして閉店することになりました。長い間のご愛好ありがとうございました。 店主”
廃校から半年はがんばったわけだ。昔は北高生のたまり場だった。俺も何度か利用したものだった。
重い自動ドアの開閉音とともに、なかに入ると、来店を告げるチャイムがなった。メロディーは俺がここに通っていた当時と同じだった。
リツコはもう来ていた。体が大きいから、一番奥の席にいるのがすぐにわかった。
長い髪はいつもの通り後ろでまとめて、白いマフラーをきっちりと首元に巻いている。ジーパンに灰色の作業ジャンパーで大きな胸がかなりきつそうだ。
腕に社名のロゴがあったから、これは親父さんから借りたんだろう。誰かに問われても調査に来たと言い逃れをすれば良いわけだ。かなり計画的だ。
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