第4話 駅
ガガッ、とノイズ音がして黒板の上にあるスピーカーがかすれ声で話し始めた。
「集団下校第四班がまもなく、下校します。電車に乗るかたは正面玄関へお集まりください……最終班でーす」
一回アナウンスしただけで、声は唐突に切れた。
俺たちは黙って向かい合ったままだ、何も進捗がなかった無力感は二人とも同じだ。
「どうするよ」
「今日も親父が迎えに来るから」
「一人で帰ろうなんて考えんなよ」
「それほどアホじゃねぇよ。気にすんな」
「正面玄関まで一緒に行こうか」
「いい。それよりおまえ、置いてけぼりにされるぞ」
「わかってるって」
「おまえは毎日、リツコと帰れていいよな」
副部長がぼそっと言った。段ボール箱に腰掛けたまま、暗い窓の外を眺めている。
俺は何か言いかけたが言葉が詰まった。かといって一人で下校するのもいやだ。俺は副部長を置いて部室のドアを閉めた。
節電が始まってから市の幹線道路のほかは街灯も最小限だったから、急に治安が悪化して、若い子を狙った犯罪が増えた。
とうとう、去年の暮れに下校中の生徒三人(そのうち一人は男子だ)を巻き込んだ暴行事件が起きた。そのせいで高校なのに集団下校がある。
下校時は少なくとも最低十人、そのうち半分は教職員か男子生徒で構成されていなければならない。父兄は駅までバスの送迎を望んでいたけれど、そんな予算は市には存在しなかった。
下校班に入りそびれると親に迎えに来てもらうか、遠くの波の音を聞きつつ駅までの暗い通学路をひた走るかどちらかだった。それだけはごめんだった。
正面玄関をでるとちょっぴり夜風が冷たかったが、部活を終えた連中が集まっていた。生徒指導の体育教諭がいる。今日はあいつの当番らしい。
「どう? 整理は進んだ?」
「全然」
リツコは学生カバンのほかに大きめのスポーツバッグを持っていた。色白の顔を淡い玄関灯が照らしている。
「それどうしたの」
「バスケ部はやめたの」
「なんで?」
「ほかにやりたいことができたから、ってことにしとく」
リツコは軽く言った。それ以上説明するつもりもないらしい。向こうは俺よりずっと背が高いから、文字通り上から目線になる。言葉もだ。
「なんか疲れ切ってるよ」
「おまえもな」
「みんな同じだわ」
「それは言いっこなし、だろ」
ハンドマイクのしわがれた声が響いた。
「第四班、出発するぞ。二列にならびなさい。男子は後ろ。女子は先生の後ろについて」
消耗した生徒たちがだらだらと二列になった。列はゆっくりと暗くなった正門に進み始める。
最後尾の俺が正面玄関を振り返ると、何人かの生徒が車いすに乗ったり、松葉杖に寄りかかっている。親を待っている連中だ。杖をついていた数人の中から一人が手を上げた。副部長だった。俺もちょっと手を振ってやってから、そのまま列に続いた。
駅舎の中は薄暗く、四月だというのに異常気象のせいでひどく寒かった。
天井の電灯は先月までは二つおき、四月からは三つに一つだけ点灯していた。エアコンはずっと以前に取り外されている。それでも部活が終わったばかりの連中がたむろっている。
四月になっても薄絹のマフラーを付けてる女の子が多い。俺はまだそれほどじゃない。
駅舎の売店が七時までやってるおかげで、ここで小腹を満たすのを楽しみにしている生徒も多い。駅の外の商店街はとうにシャッター街になっていた。
待合室に目をやると、リツコは俺が来るのを待っていたらしい。がりり、と立て付けの悪いドアを開けた。
遅い、とは言わなかった。こっちが列の最後尾なのはわかっているはずだし。
電車がくるまでまだ間があったけど、俺とリツコは改札を抜けて、ホームに出た。
まだ気温のせいか、ホームには人もまばらだった。
一人、携帯に指を走らせている女の子がベンチにいるだけだ。画面の光がぽっと顔を青白く照らしている。
俺とリツコはその子から距離を置いて、ホームの一番奥の乗降口まで足を伸ばした。
「明日、行くわよ」
「せっかくの日曜なのに」
文科省の方針で数年前から土曜日も一日いっぱい授業はやってるから、日曜日は貴重な休みだ。
「平日は測量の人がもう入ってるし、仮設足場も来週からって親父が言ってたわ」
「じゃ明日の何時だ?」
「いきなり学校に行く前に、打ち合わせしたいんだけど」
「どこで?」
「駅前の喫茶店で」
「あそこ何時からだったっけ」
「七時半から。来るならモーニングセットくらいはおごるわ」
「いい。高くつきそうだ」
「わかってるじゃない」
ふふっ、とリツコは笑って俺を見下ろした。これはいつものやりとりだ。
「どうやって中に入る?」
リツコは携帯を取りだした。ピンクのストラップに鍵が一つ、ぶら下がっている。どこかで見たような……。
「マスターキー」
そういえば俺も日直で教室の鍵を閉めるのに使ったことがある。
「親父の事務所にあったの」
「それ、親父さんが教育委員会から借りたんだろ」
「3Dプリンタでコピーしたわ。そこはぬかりない」
「ひでぇ親不孝娘だな」
「やると決めたらやる。それがあたしの流儀」
ま、反対運動でタッグを組んでいたから、こいつの性格はわかっていたはずなんだけど。
駅のアナウンスが、まもなく街へ向かう列車の訪れを告げると同時に、ホームに待合室から生徒が流れこんできた。
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