第3話 遺物
俺は校内でリツコとは距離を置いていた。
たまに話すのは学食くらいだ。教師どもはオリジナルの幸南生と、外来種の転入組の仲が悪いのを憂慮して、極力転入組が徒党を組まぬようにクラスをばらけていたからだ。
まして、廃校反対運動の先頭に立っていた女子とその書記長をやっていた男子となれば、教師連中も警戒するわけだし。
だからといって俺たちの結束が鈍くならず、むしろ疎外される校内にあって、ますます強い連帯心が生まれていた。そういうもんだ。
放課後になって、俺は部室に向かった。
部室といっても広さは一般教室と同じだった。
何十年も昔はこの学校だって一学年に八組まであって、教職員や事務の人を合わせると千人近くいたらしい。
今は転入組もひっくるめて全部で二百人ちょっとだ。で、建物はそのままだった。閉鎖学棟が一つあるが、校内はかなり余裕がある。部活動もかつての北高ほどでもないが種類は限られていた。そのおかげで各部活動に広い教室の割り当てがある。
古いスライドドアをがらりと開けると、すでに副部長が待っていた。段ボール箱の一つに座り込んでいる。
部室の中はほの甘い香りがする。紙が十年単位でゆっくり酸化していく香りだ。
「無理すんなよ。俺が来るまで待てばいいのに」
副部長は生まれつき足が悪かった。松葉杖が手放せない。それなのに部室を半分ちかく占有しているおびただしい段ボール箱と書籍の山の中で先週からずっと捜し物をしていた。
「気にすんな。俺は平気だ」
といつもの口癖で返した。身障者扱いされるのを断固拒否して、自分のことは自分でやりたがる。廃校阻止委員会では俺以上に献身的に働いて、委員会ではリツコ、俺に次ぐ運動の中核だった。
段ボール箱の中身を整理したのはわずかに十数個で残りは未開封のままだ。スズランテープで乱雑に縛ったままの本も窓側に山積みで増えていくばかりだった。
「荷くずれして、下敷きになっても知らねえぞ」
俺は黒板側にある教卓にカバンを置いた。窓側には机が四つ合わせて並べてある。
そこは我らが文芸部の茶のみ話の場だ……だった。いまは作業テーブルになっちまってる。
普段は愚痴とは無縁の副部長が言った。
「しかし、ひでぇな。どこの図書館にも書籍管理簿があるはずだろうが。こんなんじゃ卒業までに整理できるかどうか」
「なんだそれ、嫌みかよ」
「別に。おまえが引き取るって言ったのに俺も賛成したからな。でもこれほどとは」
ちょっぴり危なっかしげな松葉杖から目を離さずに、俺は作業テーブルの書類をざっと押して、そこに座った。
実は俺もちょっとばかり後悔している。
廃校が決まって建物の中の市有財産はまとめて市が管理するはずだったが、何しろ人も予算がなかったから放置されていた。搬出が始まったのが三月になってからだ。
その時点で書籍管理簿が散逸しているのが発覚した。
パソコンの目録データは飛んでたし、半年に一度印刷しているはず紙バージョンの帳簿があるはずなのだが、ない。
これでは図書室と隣接する閉架書庫の本や書類の内訳はさっぱりだ。
その時点でまとめて廃棄、の流れを阻止したのが江島リツコと文芸部長の俺だった。
で、引き取ったのはいいが、不可避的にこれまで転入組サロンと化していたこの場所に投げ込まれた。
リツコは仕分けに数回立ち会っただけで、バスケ部が忙しいとかでこなくなった。最初は手伝っていた転入組の数人も、ここ三週間で一人減り二人減り、四月に入ってとうとう二人だけになった。
副部長も最初は賛成していたのだが、俺はあまりこいつに負担をかけたくなかった。
「なあ、いっそのこと管理簿は俺たちで作ろうか?」
「正気かよ。管理簿を探したほうが早いって言ったのはおまえだろ」
「はじめはすぐ見つかると思ってたんだよ」
「これを見てもまだそう思うか?」
松葉杖で指されたその先にはおびただしく増殖した書籍の山がある。
最初に運び込まれたときは段ボールだけだった。
けれど、一つ段ボールを開けるたびに、書類があふれて元の箱に戻るのを断固拒否しやがる。
気づけば未整理の本と裂けた箱だけがあふれていく。
……まあ、ほかにも原因があるんだけど。
作業台の上にはおよそ半世紀分の卒業文集と部活動記録が積んである。
かろうじてこれだけはサルベージしたのだが、あまりに内容が面白いもんで、つい二人でページをめくるうちに、日は暮れてしまう。
一昨年から全市節電条例で、公的施設――学校もだ――十八時になるとブレーカーが落ちる。発電所の計画がいくつも立てられたが、すべて計画倒れに終わっている。
結局、気合いを入れて、段ボールをあちこち動かしたものの、気がつけば西の空で太陽がさよならを言っている。
……さよなら小僧、またあした……
俺たちの時間はあまりない。
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