僕らの軌跡 〜思い出の物語〜
石田 成人
終わりと始まり
「卒業」
ふと、そんな言葉が脳裏を駆けた。
あと、一年もしない内に、俺は卒業してしまう。
部活を引退してから心にぴったり貼り付いた喪失感が、より一層強くのしかかる。
いつしか俺は、勉強していた手を止め、出来もしないペン回しをしながら空を眺めていた。
空は、橙から蒼へのグラデーションが支配していた。それは、沈みかけの夕陽を起点として放射状に広がっており、太陽がこちらに笑いかけてるように見えた。罫線のように空を横断する送電線にはカラスが点在しており、雲に見え隠れする星が次第に輝きを増していっている。
今日はいつもより、雲が少なく感じた。
理系の高校生でありながら、俺は水蒸気の塊である雲に、若干の敬意を示していた。
雲は絶えず空を流れていき、時には他の雲にぶつかり、そして繋がり、次第にすれ違って、終いには離れて、それを繰り返しながら大きくなったり小さくなったり、形を変え、それでも留まらず進んでいっている。
――では、俺はどうだろう。
友達、仲間、親友、後輩、恋人…
卒業してそれぞれの道に進めば、みんなと毎日会っているこの日常は、思い出として、過ぎ去った時間として、車庫の片隅に追いやらた三輪車のように、次第に色褪せ光を浴びる事は無くなり、記憶の断片が独り歩きしていくのだろう。
俺は、そんな考えに苛まれていた。
葛藤に振り回されていた。
進む事を恐れ、留まろうとしていた。
先にある未来を展望しつつも、現状からの変化を拒んでいた。
――始まりがあるものには全て終わりがある。
あれだけ自分に言い聞かせておきながら、いざ我が身になってみると、受け入れられない自分がいる。
「……そうだ」
声に出てた事も構わず、俺は再びペンを走らせた。
しかし、課題の提出期限が迫っている事を思い出した訳じゃない。
真新しいノートを取り出し、惜しげもなく一心不乱に書き進める。
一段落つく頃には、すっかり日も暮れており、満月が街を見下ろしていた。
十数ページまで書いたノートをパタリと閉じ、背伸びをしながら夕飯の支度のためキッチンへ向かう。
どうしようかと思案を廻らせながら、振り向く事なく部屋を後にした。
『僕らの軌跡』
表紙にそう書かれたノートは、無造作に机上に残されていた。
これは、石田成人を起点とする、彼らの思い出の物語である。
僕らの軌跡 〜思い出の物語〜 石田 成人 @Ishida-Narihito
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