ミシロいんたーふぇいす(仮)〜4:加奈子のはなし〜
「話をしよう」
「前置きはいい」
ある日の昼下がり。唐突にミシロは、加奈子のことを訊きたいと言ってきた。
「しかし、なんでまた」
「単なる興味だ」
「プログラムでもそーゆーのがあんの?」
「ある。自分の知らないことは学習して、自分で自分を成長させる機能が備わってる。だから少しずつ賢くなったり、感情を豊かにできるのだ」
……よくわからんが、今の科学はすげぇな。データに感性とかを与えられんのか。
「それで。コータローの妹、カナコはどういう人物だ?」
「妹か。……まあ、あいつは少しばかり特殊な経歴というか……」
***
――数年前。
ある日、突然加奈子はやってきた。
もともと親戚の子だったが、両親が不慮の事故で亡くなってしまった。よく遊び来てたし、一番なじみがあるって、親父が養子にしたんだ。
「ねえ、パパとママは?」
うちに来たときは、そんなこと言ってずっと両親を困らせていたなぁ。当時は小学低学年だったから、死ぬとか、そういうのがわかんなかったのかもしれない。
だけど、加奈子はある日気づいてしまうんだ。『もう、パパにもママにもあえない』って。それからは、ずっと泣いてた。
そんな泣いてばかりの加奈子が、俺は気に食わなかった。だから、こんなことを言ってしまったんだ。
「パパぁ……えぐっ! ママぁっ!」
「うるさいなぁ、なにがそんなに悲しいんだよ!」
「だって……パパも、ママも、もうあえない……っ」
「知るか! だまっとけ!」
「うわぁぁぁぁん!」
その日の夜、俺は両親にこっぴどく叱られた。腑に落ちなかった俺は、腹いせに仕返ししてやろうと加奈子の部屋に忍び込んだ。
真っ暗で、なにもいないような、静かな部屋の中。
目的は決まってた。あいつがいつも大切にしているウサギのぬいぐるみを、どっかに隠してやるつもりだった。
だが、あたりを探してもそれは見つからない。きっと抱き枕にでもしてるんだろうと思った俺は、ベッドに近寄るのだが。
「……ありゃ?」
中は空だった。あたりを見回すと、カーテンが風でなびいてることに気づいた。よく見ると、その下にイスが転がっている。加奈子は窓から外に出たんだ。俺もよじ登って確認すると、案の定、屋根にいた。
加奈子はてっぺんで空を見ていた。昼のように、明るい満月の夜だった。
「かなこ! そんなとこいたら危ないぞ!」
屋根をよじ登りながら、そう叫んだ。
いきなりの声に驚いたんだろう。その拍子に、足を踏み外した。
「っーー!!」
忽然と姿を消した加奈子。気づくと、月しかなかった。
「かなこっ!!」
俺は屋根の上を駆け上がった。加奈子が立ってたあたりに行くと。
「っ……こー、ちゃん!」
とっさに屋根のへりを掴んだ加奈子は、なんとか落ちずにすんだらしい。だが、いつ落ちるかわからない状況、必死だった俺に、助けを呼ぶなんて思いつかなかった。
「まってろ、いま引き上げるぞ!」
「こーちゃんっ……こわいよぅ!」
掴まってる片手を引き上げようと試みる。
だけど、ガキの力なんてタカが知れてる。子供とはいえ、人一人を持ち上げられるワケがなかった。
しかもあいつ、片手で掴まってたんだぜ?
「なにやってんだよ……両手でつかまれ!」
「でもっ」
もう片手には、あのぬいぐるみ。
落とさないように、がっしり抱きしめていた。
「バカ言うな、はなせ!」
「やぁっ……」
あいつ、命の危険にさらされてんのに、ぬいぐるみは手放そうとしなかったんだよ。ヘンなやつだろ?
「ぬいぐるみ……ママがくれたのっ!」
「あとで拾いにいけ!」
「やだぁっ!」
どうしてもはなさない。
俺の腕も限界に近かった。
「よくきけっ。……いいか、もう、おまえのかーちゃんも、とーちゃんも、帰ってこない。だけどな、かなこはここいる! この家にいるだろ!? 家族なんだよっ!」
「こー、ちゃん……?」
「俺のとーちゃんもかーちゃんも元気だから、おまえの気持ちなんてわかんねーけどっ!」
ぐっと、手のひらに力を入れ直す。
じわりと涙がにじんできた。
「くっ! 加奈子が落ちて死んじゃったら、またみんなが悲しいだろ!」
「ーーっ!」
「だから帰ってこい、こっちがわに! 俺が死ぬほど引っ張ってやるから、おまえは死なない程度に上がってこい!!」
俺は必死だった。あふれる涙も鼻水も拭いてる余裕なんてない。
手もしびれ始めた。ーーやばいっ、でも、はなしちゃ……っ!
そして。
なにかが落下した音と、急に腕が軽くなる感覚。
「……かなこっ!」
「ーーこーちゃん!」
落ちたのはぬいぐるみ。
とうとう加奈子は、ぬいぐるみを手放して、屋根に這い上がってきたんだ。
***
「――まあ、そのあとまたこっぴどく叱られたんだよなぁ……って」
「うぐっ……ひぐっ」
ミシロが泣いてる……。
「コータローっ、微妙にいいやつ……っ」
「微妙にってなんだよ。ああほら、おちつけって」
プログラムが泣くって、なんとシュールな。
「ちーんっ」
しかも鼻かんでる……。
「しかし……これでカナコのことがわかった。そして確信を得た」
「確信? なんの」
はたして、こいつはなんの確信を得たというのか。そう問うと、腕を組んだミシロが、りんっ! と擬音がつきそうな顔つきで、こう言った。
「カナコが、コータローのこと好きだということだ」
「……はい?」
さらりとなにを言ってるんだ、こいつは。
「カナコは、コータローを、異性として好意を持っている」
あの加奈子が? そんなまさか。
「嘘ではないぞ? ならこれを聴くといい」
そういって、どっかからかファイルを持ってきた。……これは、音楽ファイルだな。
「では、再生」
ぽちっ。
――『はいはい、アイスだな。バニラでいいんだよね?』
――『……うん』
「これ、いつだかの……」
「そうだ、アイスの時だな」
「いつの間に録音してたのか」
「まあ、聴け」
――『うい。いまから行ってくるから。まってろ』
――わしゃわしゃ。たったったった……。
次の瞬間、俺はとんでもないパンドラをあけてしまう。
――『おにーちゃん、私じゃ、だめなのかな……』
「…………」
これは、あのとき聞き流した独り言……?
「どうだ? これでわかっただろう? カナコは、ずっとコータローを好いていた」
腰に手をやり、自信満々にそう告げる。
「いや、まて」
冷静になれ、そんなことあるわけがない。
あの加奈子が、俺のことを好きだなんて、そんな非現実的なこと。あるわけがない。
「……こんなつぶやきで、加奈子が俺のこと好きだなんて決定打にはーー」
――ガチャン!
「!?」
ドアの向こうで、何かが割れる音!
ついで、バタバタと階段を駆け降りる足音。
俺は急いでドアを開ける。
カチャン。
ドアの前には、湯気を立てる紅茶と、無惨にも割れたティーカップが散乱していた。これを持ってきた人物は、思いつく限り一人だけ。
俺は、この状況で、ひとつの結論をはじき出さなければ、ならなくなった。
――加奈子が、俺のことを。……好き?
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