ミシロいんたーふぇいす(仮)〜3:対面〜


 アイスの件から数日たったこの日。

 ミシロはというと、いまはなんと俺のスマホにいる。

 いつの間にかスマホに乗り移ったミシロ(本人いわく、メールに自分を添付して乗ってきたらしい。逆にそれでパソコンに帰ることもできるという。すげぇ!)はいま、俺の胸ポケットにいる。


「すやすや」


 ヘッドセットから聞こえる寝息。

 今ではここがこいつの定位置だ。ミシロいわく、『あたたかい。特等席』。……ってか、今気づいたけど温度まで感じんの!?

 まあ、当分はこのままでいいかなーなんて思ってる。だれも人のケータイなんて見ないだろうし。


「ふあぁ、なんだか眠くなってきたな」


 夕食後だし、少し早いけど寝ることにした。

俺はスマホをテーブルに置き、ヘッドセットをはずしてベッドに潜り込んだ。


   ***


「ーーっと、……」


 誰かの声が、俺を覚醒に導く……。

 起き上がり、眠い目をこする。


「おっ? コータロー。起きたか」

「今何時?」

「二十三時をまわったところだ」

「やべぇ、だいぶ寝ちまったな。ふぁぁ……」


 少し遠くから、ミシロの声が……。


「……ん?」


 遠く?

 そういえば、ミシロの声がはっきり聞こえてくる。どうやらヘッドセットの接続が切れてしまっているようだ。

 声のした方を振り向く。

 床にぺたりと座った、加奈子がいた。

 その手には俺のスマホ。

 俺が起きたことに気づいたらしく、加奈子が近づいてくる。


「おにーちゃん? これはなに?」

「なにっていうか……。て、なんでここにいんだよ」

「そんなことはどうでもいいの!」


 よくねぇ!


「あとでお話があるから、降りてきてね!」


 スマホを俺に投げ、ずけずけと部屋を出ていってしまった。


「コータロー、投げられた」

「おまえも不幸の家の元に来ちまったな」

「キスしてくれたら幸せ」

「この件が終わったら考えてやる」


 さて、なにを言われるやら。


   ***


「ーーというワケなんです」


 今、俺はコタツの前で正座させられている。

 まるで面接官のような鋭いまなざしの加奈子が、俺と、テーブルに立てかけられたスマホを交互に見ている。

 ついさっきまで、ミシロがここに来た経緯から、今に至るまでを延々と話していた。


「ふぅーん。そうなんだー」


 スマホを手に取り眺める。


「つまり。おにーちゃんは、彼女欲しさにそれに応募して、たーっぷりオタ男子の理想詰め込んだオンナノコを作ってぇ?」

「ひでぇ!」

「んでもって、エッチぃ体の女をっ、携帯で飼ってるとォ!」


 どぅぐしっ!


「おうふっ! ……もうやめて、俺のライフはとっくにゼロよ!」

「そんでぇ、このムッダーに大きい脂肪の塊を! タッチしたりして弄んでんのかーッ!!」


 画面を燃やさん勢いで擦りまくる!


「んあっ、……もっとやさしく……しっ!?」

「ちくしょー! チチか? チチなのかー!」


 ぼよーんぼよーんぼよよよよ。


「ふへへ! ……じゃなくてーっ!」


 なんか勝手に爆発した!

 スマホを俺に投げ返してくる。本体がほんのり熱い。


「……おいミシロ。大丈夫か?」


 画面の端でぴくぴく震えてるミシロ。


「んっ、ぁ……はげし……」

「だめだこりゃ」

「ちょっと! 人の話聞きなさいよーっ!」

「はいぃっ!」


 ちょっ、加奈子さん! お玉は掬う物であって突きつける物じゃありません!


「とにかくおにーちゃんは、もっとしっかりするべきよ! そんな電脳乳牛にうつつを抜かしてぇ……えぐっ」


 すげぇ言われようですな、ミシロさん……。

 てか、なんで加奈子泣いてるし。


「とにかく! 少しは立体にも目を向けてよ!」


 立体。立体か。


「三次元、か」

「なによぅ……」


 俺の哀愁に、一歩退く加奈子。

 思い出されるよ。……俺の忌まわしき記憶がッ!


「三次元に興味ある時期が俺にもありました」

「あったの!?」

「失礼な! ……だけどな。リアルはみんな俺を遠ざけ、キモいとか言い、喪男呼ばわりする! コクってもネタ扱いっ! どいつもこいつも俺をネタにする!! ひっでぇぇぇ!」

「えっ、ちょ……おにーちゃん?」

「だからなぁ、こーゆー男は、生まれつき魔法使いの使命背負ってんだよ! 二次元万歳すんだよ! 二次元は裏切らないんだぜ! ひゃっほーぅ!」

「ダメ人間!」

「魔法使い万歳! リア充爆発しろ!」


 俺はすべてを出し切った。全喪男の気持ちの代弁を果たした……。満たされた。かなり心が満たされた。

 しかし、満たされたはずなのに、なんだこの虚無感。やったあとの満足感と、なんかいろいろ失った気がする、この喪失感への後悔。これは、そう、まさしくーー『後悔はしてるが、反省はしていない』!


「やっちまったZE☆」

「ちょっ、おにーちゃん!?」


 俺は走った。制止の声を聞いても走り続けた。

 自分の部屋まで。


  ***


 部屋に駆け込んでから、俺は布団に潜り込んだ。

(なに妹相手にクズ理論熱弁してんだよ、俺……)

 結局反省もする。というか、したくないのに勝手に押し寄せてくる反省の念。

 ああ、スマホ置いてきちゃったけど、二人は仲良くやってるかなぁ。スマホブッ壊されてなければいいけど……。

 そんな心配をし始めたとき。

 コンコン。

 ビクゥッ!


「どっどどどっどなたでっでですか」

『どんだけカミカミなのよ、おにーちゃん……。ていうか、私以外に誰がノックすんのよ』


 言うまでもなく、ドアの向こうにいるのは加奈子。


『てか、なんでカギしめてんのよ』

「生命維持のためです」

『なんでやねん』


 はあ、と、ため息が聞こえた。


『……まあいいや。携帯、ここ置いとくからね』

「ちゃんと形はとどまってますか?」

『どーゆーイミよっ』

「とくにありません」


 どうやら、スマホは無事らしい。


『……それと、おにーちゃん』


 すこし、溜めがちに切り出してきた。


「なんだ」

『えっと。その、おにーちゃんがキモオタでキョニュー好きでヘンタイでも、……私はずっと……』

 ここで一瞬だけ言葉が切れた。なにか言葉を掛けようと思ったが、それは加奈子の声によって打ち切られた。


『……おにーちゃんの妹なんだからね!』

「えっ?」

『なんでもないっ。おやすみっ!』


 バタンっ。

 となり(加奈子の部屋)にある部屋のドアが、閉まる音。


「……」


 ベッドから起き、ドアを開ける。

 足下には俺のスマホ。中にいるミシロは、どこか満足そうな顔で眠っている。


「……いったい、なにがなにやら」


 とりあえずスマホを回収。充電器に差してから、俺はベッドに潜り込んだ。

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