第60話 eミリタリー

 読者の時代でも、eスポーツと言う奴が黎明期れいめいきを迎えているだろう。格闘技ゲームなどのキャラクターを操り、対戦を重ねていくものだ。

 スポーツと言いつつも、動かすのは指先と眼球のみ。貧乏揺すりで多少は大腿部だいたいぶも動かすかもしれない。一般的なスポーツと比べると躍動させる身体部分が少ないので、スポーツと呼べる代物なのか?――と、釈然としなかった読者も多い事だと思う。

 世の中に登場し始めたものに対する第一印象とは、そんなものかもしれない。


 さて、時代が更に進むと、eソルジャーが登場する。格闘技ゲームが仮想空間から現実空間に移ってきたのだ。

 操縦者は得てして色白で貧弱な体躯をしている。“色白”と言ったのは表現のアヤであって、アメリカ陸軍には黒人操縦者も多いので、彼らは色白ではない。ピアニストの様に指先が長く、視力、特に動体視力に優れている。

 読者の時代でも、無人偵察機や無人攻撃機が戦場に投入されていたはずだが、操縦者は空軍基地の一画に閉じ込められていたはずだ。操縦室には操縦者とは別に監督官が控え、命令違反の有無を監視している形態が一般的だと思う。

 ところが、eソルジャーが現実世界で操縦する対象は白兵戦用ロボットであり、飛行機に比べて監視が行き届きやすい。しかも、数が多く、監督官を一々配置していては大変である。

 だから、eソルジャーは一般的に在宅勤務である。軍属をカモフラージュする防諜上の都合でもあった。引き籠り勝ちなゲーマーを採用し易い勤務形態と言う事情もあった。

 陸軍は白兵戦用ロボットの大量配備に力を注ぐ事になった。戦場でロボットが損耗しても、操縦者は自宅で無事なのだから。

 尚、後半に語る時代背景を受けて、eソルジャーは専らゲリラやテロリストの掃討戦に投入されている。


 私の暮らす時代になると、eミリタリーの仕組みが完成している。

 eスポーツ、eソルジャーと来れば、eミリタリーとは無人の軍隊か?――と思うだろうが、実は違う。

 陸軍の戦車や装甲車、海軍の空母や潜水艦、空軍の爆撃機や戦闘機は現実世界に存在する。多数の兵士だって存在している。

――何故、eミリタリーなの? eの意味は?

 各国の軍事力が国連AIの軍事シミュレーションシステムに登録されているからだ。通称MSS。全ての兵器の性能は、実証実験結果に基づき、MSSへの戦闘データの登録が義務付けられている。

 兵士とて例外ではない。IoTが隅々まで普及している。兵士のアンダーウェアに組み込まれた端子が一人一人の兵士の戦闘能力をMSSに報告している。軍事訓練をサボって身体能力を低下させた兵士は、それなりの評価しか得られない。だから、現実世界での軍事訓練は従前通り行われている。

 どの国もMSSにハッキングし、他国の軍事データを盗む事は出来ない。国連安全保障委員会の常任理事国がその様な仕様に構築した。世界の軍事とスパイ活動にけたアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスが、互いに協力し牽制し合いながら、MSSを構築した。

 新兵器を開発した場合、MSS専用のIoT端末を新兵器に組み込み、実証実験結果をアップロードする。

 MSSの機能は、戦争のシミュレーションである。現実世界で戦闘による死傷者を出す事なく、冷徹に戦争被害をシミュレートしていく。但し、軍隊の布陣や戦術の立案は、現実世界の将軍、将校が担っている。彼らが下手な命令を出せば、戦力的に勝っていたとしても、戦には負ける。

 戦場評価だけではなく、経済活動へのダメージもシミュレートする。工場やオフィスビルの破壊具合、国民の死傷者数。全ては架空の出来事であるが、経済的破壊が戦争遂行能力を制約していく過程が精緻せいちに反映されていく。


 MSSによるeミリタリーの仕組みが機能し始めると、小規模な戦争は寧ろ頻発するようになった。但し、仮想空間で・・・・・・。

 宣戦布告は、相手国に知らせず、MSSだけに申告しても開戦は可能だ。ただ、「卑怯者!」と後ろ指を指されないように、相手国にも通告するのが通例となっている。

 紛争当事国から宣戦を申告されたMSSは、戦争のシミュレーション結果を刻一刻と、全世界の人間にネット配信し始める。ネット配信は、MSSから一般インターネットに一方向でアップロードされるだけなので、間隙を突いてマルウェア・ウィルスを忍ばせようと試みても不可能である。

 タブレットの前に陣取った者は、自分の好きな所在地から好みのアングルで戦闘行為を眺める事が可能だ。戦闘状態の度真ん中で佇む事も可能だ。閲覧者の姿は仮想世界に具現化されないが、銃弾が自らの体を突き抜ける様な錯覚を覚えるらしい。

 朝晩の報道番組では、MSSがシミュレートした戦局がリアルなニュースと同列で報じられるようになる。ちなみに、MSSのシミュレートは早送りされる事無く、リアルタイムで進んでいく。“リアルタイム”と言う表現には多少の違和感を覚えるが、兎に角、一日の戦闘は24時間を掛けてシミュレートされる。

 実は、リアルタイムに合わせて進行する理由は、MSSのシミュレート結果が現実世界をも変えるからだ。MSS内で戦争の帰趨が明らかになると、現実世界では紛争当事国の間で休戦交渉が開始される。

 局地的な領土紛争であれば、MSSのシミュレーション結果次第で、帰属する国家が変更されるのだ。だからこそ、戦局次第で報道番組のトップニュースとなる。

 仮想世界で戦場となった地域の住民は、日頃は普段と変わらない日常生活を送りつつ、仕事帰りのバーでたむろしている時には店内のモニター画面を食い入る様に見入る事になる。

「このままでは、俺達はA国人じゃなくて、B国人になりそうだな」

「B国の方が税金も安いし、社会保障も手厚いらしいぞ。自由主義の国家だから、言論統制も無いらしい」

「良い事ずくめじゃないか!」

「ああ。是非ともB国に勝って欲しいものだな」

「それじゃ、B国を応援する為、みんなで乾杯しよう!」

「乾杯!」

 仮想空間では瓦礫の山と化した町も、現実世界では平和そのものである。

 もし、自由主義陣営のC国が非自由主義国家のD国から侵略を受け始め、D国が有利に戦争を進めていたとする。その場合、C国の国民は一斉に移住を試みる。勿論、移民を受け入れる国家が現れる前提だが、本物の戦争が勃発する場合に比べて遥かに平和的でスムースに物事は進む。


 さて、此処まで語ると、読者は幾つか疑問を抱くだろう。

――戦争に負けたと言っても、所詮は仮想空間。現実世界で敗者復活戦を挑もうとする国家が現れないのか?

 流石さすがに負けると分かっている戦争を始める指導者は現れなかった。仮想空間で負けても権力の座から失脚するのが精々であるが、現実世界で再び負ければ殺人罪が適用されて死刑が必至だからだ。

――自暴自棄になった敗戦国が、戦略核ミサイルの発射ボタンを押したりしないのか?

 もっともな疑問である。大陸間弾道弾は一度、大気の希薄な成層圏まで上昇する。その高度には戦略高エネルギーレーザー兵器を供えた攻撃衛星が幾つも周回している。ミサイルを撃ち落とすレーザーはガンマ線と呼ばれる短い波長の領域である。

 読者の皆さんは御存知だろうか? 

 レーザーを照射した対象物が発熱する原理は、虫眼鏡のレンズで太陽光に焦点を当てて紙を焦がすのと似ているのだ。そして、太陽光は電磁波の一種であり、可視光と呼ばれる波長の領域である。

 可視光より波長が短ければ、紫外線、エックス線、ガンマ線となる。逆に波長が長ければ、赤外線や電波となる。

 波長が短ければ小さな焦点を結び易くなる。レーザー兵器としての威力も増す。

 例えば、CDに書き込むには赤外線レーザー、DVDに書き込むには可視光線の赤領域のレーザー、BDに書き込むには可視光線の紫領域のレーザーが使用される。波長が短くなると精緻に書き込めるのだ。

 但し、波長が短いと空気中で消滅し易くなる。大気に守られた地表に太陽が放射する紫外線が殆ど来ないのと同じ理屈である。宇宙空間にはエックス線やガンマ線が溢れているが、紫外線よりも更に波長が短いので地表に届く事は無い。

 ところが、宇宙空間で使用するレーザー兵器として、ガンマ線領域のレーザーを使う事は理に適っている。

 まあ兎に角、こう言う事情で、大陸間弾道ミサイルは無用の長物と化している。それでも核ミサイルが地球上から無くなったわけではない。但し、戦争に使用するつもりだからではなく、放射性廃棄物の処分方法に目途が立っていないからである。

――ところで、MSSの仮想空間で損耗した武器・弾薬の類は、現実世界では損耗していない。現実世界と仮想空間とでは個数でズレが生じるはずだ。MSSが2回目の戦争をシミュレートする場合、武器・弾薬の個数はリセットされるのだろうか?

 結論は、MSSの仮想空間の武器・弾薬の数に、現実世界の数を合わせる。つまり、戦争結果に合わせて、武器・弾薬の廃棄作業を進めさせる。廃棄作業を怠ると、MSSの統制下から逸脱して武装を進めたと解釈され、MSSから攻撃を受ける羽目になる。

 MSSに武器を登録する際、コントロール権を剥奪されている。いや、正確には、MSSに優先使用権を握られてしまっている。だから、全世界の軍隊が襲ってくる。

 兵士に関しては対象外だが、武器を使えなくなった兵士は一般庶民と同じである。流石に素手で歯向かう者は居ない。

 実際、MSSが稼働し始めた時、朝鮮半島の北半分を占有していた国家が加盟を拒んだ。融通の利かないMSSは現実世界で総攻撃を仕掛けた。反逆国家は効果的な反攻手段を封じられていた。

 それを可能とした事情は、ミサイル迎撃システムの完備であった。宇宙空間でのレーザー兵器と違い、地上で使用された兵器はフッ化重水素レーザーで、波長は中赤外線域であった。

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