第59話 フランケン

 読者の時代では、移植手術を施す場合、被術者が移植臓器に拒絶反応を示す事が有るため、事前に適合性を厳格にチェックしているはずだ。生体拒否反応と言う言葉の方が通り易いかもしれない。

 私の生きる時代には、拒絶反応を克服する医療技術が普及している。

 読者の時代でも免疫抑制剤が使われているが、その薬剤の効能は免疫機能を麻痺させるため、普通の病原菌などに対する免疫力も喪失してしまう。だから、投薬タイミングは移植手術前と直後の短期間に限られるはずだ。

 私の時代では様子が違う。薬剤に一度浸らせると、互いの細胞が仲間と認識し、拒絶反応を起こさなくなる。血液型の違いさえ克服する優れ物である。

 仲間と認識した細胞は、細胞分裂を繰り返し新陳代謝が進んだとしても、仲間意識を失わない。つまり、投薬を継続せずとも、効能は被術者が死ぬまで継続する。

 実際の医療措置としては、点滴で投入した薬剤を被術者の体内に血液循環を通して巡らせる。移植臓器は別途、薬剤に浸しておく。大概の場合、運搬ケースで移送中の臓器を薬剤に浸しておくようだ。


 内蔵の移植手術が盛んになったのは言わずもがなだが、今日は外見に関するエキソードを幾つか御紹介しよう。


「柳井千春さんですね。本日の御用向きは?」

「私・・・・・・、足を売りたいんです!」

「そうですか。ちょっと見せてもらっても構わないですか?」

 診察医が妙齢女性のすねを掴み、右の素足を伸ばさせる。診察医は女性の足の肌を擦り、顔を間近に近付けて肌の艶を確認する。眼鏡の縁を軽く上げ、レンズ越しに産毛の生え具合を確かめる。

「体毛は薄い方みたいですね。剃った形跡も見られない」

「はい。美脚CMのモデルに何度も採用されました」

「左足も見せて頂けますか?」

 女性は右足を曲げ、今度は左足を突き出す。診察医はスリッパを脱がせ、指を広げて丹念に指の股を確認する。

「爪の形も良い。水虫とかを患った事は?」

「一度も有りません。両脚の手入れを欠かしませんので・・・・・・」

「CMモデルなら当然ですね。ただ、移植患者がマメに手入れをするとは限りません。一応、皮膚細胞を検査させて頂きますよ」

「どうぞ」

 診察医は綿棒で女性の足の指を何度も擦った。

「それで・・・・・・、先生?」

「はい?」

「お幾らくらいで買い取って頂けるものでしょうか?」

「私の専門は査定ではありませんので詳しくは知りません。

 ですが、相場としては両脚で100万円みたいです。片脚だと約30万円と言う処みたいですが・・・・・・。

 両脚ですよね?」

「はい」

 読者の為に説明しておこう。彼女は生まれながらの両脚を切断するわけではない。

 彼女は素となる細胞を提供し、医療機関が培養して両脚を形成する。iPS細胞を使った再生医療が隆盛となっているので、こんな芸当も可能になったのだ。

 診察医は、成形手術を希望する患者に、彼女の細胞から培養した両脚をつなぐ外科手術を担当している。手術の直後は縫合跡が残るが、1年程度で目立たなくなる。

 移植手術の拒絶反応を克服しているので、誰からでも四肢を提供してもらえる。

 患者は、幾つもの美脚の写真が載ったカタログを見て、自分の下半身に繋ぐ脚を選択するのだ。

 脚だけではない。手の付け替え手術も一般的になっている。肘から先の前腕だけや、指先だけと言うパターンも有る。

 流石に頭部のげ替えは行っていない。

 理論的には可能なはずだったが、脳味噌をソックリ入れ替える手術については高度な医療テクニックを必要とするので、ブラックジャック並みの名人芸が必要となる。そんな神の手を持つ外科医は、成形手術よりも真っ当な脳外科手術にいそしんでいる。


 四肢の挿げ替えが普及すると、普通とは異なる風変わりな体躯を求める者も現れる。

 端的に言うと、左右2本ずつの両手を備えたいと言うニーズだ。

 6本腕の阿修羅像や無数の腕を持つ千手観音像をイメージしてもらいたい。

 但し、現実には左右2本ずつが限界であった。肩の広さに律則される。

 片側2本の腕を前後に付けると、実質的に後側の腕が動かせなくなる。上下に付けると、上側の腕を下げる事が出来ず、やっぱり動かせなくなる。

 だから、後上側と前下側の斜めに配置して、片側2本の腕を付ける事になる。


――何を目的に、そんなケッタイな体躯を求めるのか?

 やはり、軍事部門が最初に導入した。

 分かり易いのが歩兵。防塁に隠れ、両手で抱えたマシンガンを討ち放つ。同時に、2セット目の両手で手榴弾のピンを抜き、敵陣に投げ入れる。兵員数はままで兵力は倍増する。

 無人機の操縦だって、そうだ。読者の世界では1人の兵士が1機の無人機を遠隔操作しているはずだ。

 1人の兵士が2機の無人機を操縦できるようになったら? 戦闘の幅が広がるはずだ。1人の頭脳が無人機2機を連携操作するのだから。

 勿論、あらかじめ無人機同士を連携するようにプログラミングする手は有る。但し、単調な動作に止まるだろうし、臨機応変な対応は不可能である。


 軍隊を退役した兵士は、乞われて建設業なんかに転職を始める。

 一度に2倍のコンクリート煉瓦を運べると言う類ではない。クレーンや重機も殆ど遠隔操作する時代に突入しているので、4本腕の人間がついの機械を操作すると作業効率が上がるのだ。

 建設中のビルの屋上に設置されたクレーン。2基のクレーンで同時に持ち上げれば、従前よりも重量物を上げる事が可能だ。

 ダンプの荷台に土砂を積み込むシャベルだって、そう。ダンプの両脇に2台のシャベルを配置し、交互に土砂を積んで行く。

 工事業者にとっては、4本腕の労働者に1.5倍の給料を払っても、人数が半減しているのでコスト削減となる。

 そう。4本腕の労働者が受け取る給与は通常人に比べて高いのだ。

 羽振りが良くなれば、女も寄って来る。同衾中のベッドの中でも、4本腕が縦横無尽に女を喜ばせる。女は、アハンッ! となって、益々4本腕の男に夢中になる。


 異種格闘技の世界でも4本腕のレスラーが登場し始めた。

 2本腕のレスラーは絶対に勝てない。両腕を組んで動きを封じられ、残りの2本の腕でボコボコにされる。

 商業格闘技の世界では4本腕レスラーが当たり前になってきた。

 ボクシングなんか、4本の腕の何本をブロックに回し、残る腕を使って如何なる順番でジャブやパンチを繰り出すか?――が見所となった。

 勿論、4本の腕を自由自在に動かすのだから、脳味噌も余分に使う。平たく言えば、知能レベルの低い者が4本腕を操れば、動きがぎこちなくなる。

 つまり、格闘技選手は、単純に肉体を鍛えれば済むのではなく、学校教育とは違った、知能レベル向上のトレーニングにもいそしむようになった。


 頭脳労働者の世界では4本腕が普及しなかった。

 2つのタブレットを並べて操作しても、入力ミスや転記ミスに見舞われて、却って非効率だった。

 2つのモニターを並べてプレゼンしても、聴衆の目は一対しかない。左右のモニターを目紛めまぐるしく変えられても視覚が付いて行かない。発表者の口も一つなので、意味が無い。仮に2人の発表者が同時に話しても、聴衆の耳は一対なので、混乱するだけである。

 セールスマンだって、4本腕を振り回したからと言って、お客が商品を買ってくれるとは思えない。暑苦しいだけである。

 経営者の決裁業務もそうだ。流石に判子は消え、指紋認証が標準となっているが、右手の人差指をピコピコと上下に動かせば事足りる。別に指は20本も必要としない。


 だから――と言うわけでもないだろうが、4本腕の女性は殆ど見ない。

 育児や家事をするに当たり、4本腕は便利だと思うのだが、成形手術を受ける女性は居ない。

 そんなに急いで遣っても、手持無沙汰な時間が増えるだけなのだろう。

 それに・・・・・・、女性の美意識が二の足を踏ませているのだろう。


 ちなみに、4本腕の話ばかりをしているが、4本脚に成形した者は居ない。足がもつれて意味を為さないからだ。

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