第55話 カード大統領の温暖化対策

 アメリカ合衆国のカード大統領が、パリで開催された地球温暖化防止会議の席上で、アメリカが離脱する旨を表明した。

「アメリカの利益になるとは到底思えない。私はアメリカ国民の利益にならない行動は執らない」

 カード大統領の決断に国際社会は落胆し、一部の指導者は自己中心的な発想に呆れ、憤懣ふんまんやる方が無いと言う風に心情を吐露した。

 アメリカ合衆国の中からも反発の声が相次ぎ、特にクリーン産業だと自らの業態に誇りを持つ産業界から反対の声が上がった。環境保護団体を始めとする各種の市民活動家の間からもブーイングが湧いた。

 でも・・・・・・、地球温暖化防止条約の内容を吟味してみよう。

 ――世界中の国家が各自に努力して、二酸化炭素の排出量を抑制しよう。

 その心掛けは悪くない。でもね、冷静に考えると、二酸化炭素の排出量を増やさないと言うだけで、排出され続けるんだよ。

 当時だって、地球上の植物性プランクトンや植物が光合成で吸収する分を上回るだけ排出していたんだよ。二酸化炭素の濃度は上昇するよね? 上昇スピードは遅くなると思うけど・・・・・・。

 実は、カード大統領は其処に疑問を抱いていたんだね。そして深慮遠謀を巡らす。カード大統領には気の毒だったけど、当時の国際社会やアメリカ人には理解できなかった・・・・・・。カード大統領自身も誤解を受け易い人物だったし、仕方が無い面は有る。


 茶番めいた悪夢から約半世紀後。アメリカ合衆国の或る小学校の授業風景。

「みんな~! アメリカ大統領の中で誰が最も偉いと思う?」

「ワシントン大統領!」

「そうね。ワシントンは建国の父だものね。他の意見は?」

「トマス・ジェファーソン!」

「良く彼の名を知っているわね。合衆国憲法を起草した方ですものね。他には?」

「ルーズベルト! フランクリンじゃなくて、セオドア・ルーズベルトの方だよ」

「あらっ! 彼の名前を正しく言えるって、相当にお利口さんね。国際連盟を設立し、国際平和を唱えた人だものね。他にも意見が有るかしら?」

「リンカーン!」

「そうよね。黒人奴隷を解放したんですもの。彼が居たからこそ、後に黒人大統領も出て来たんですもの。あまねく人々に可能性をもたらした彼の功績は大きいわ。他には? もう居ないかしら?」

「先生っ! カード大統領を忘れているよ。カード大統領は世界を救ったんだよ。誰よりも偉い人だよ」

「その答えを先生は待っていました。カード大統領は世界を救い、国際社会を正しく導く大国としてアメリカを甦らせたんだから。カード大統領を欠かせません」


 うん?――って思っているだろう。不審に思う気持ちを抑え、今度は高校物理の授業を覗いてみよう。

「あ~、君達の視覚で認識できる電磁波を可視光線と言う。可視光線よりも波長が短ければ、紫外線。逆に波長が長ければ、赤外線。紫外線も赤外線も我々には見えない。

 さて、電波と言う言葉を聞くよね?

 電波も電磁波の一種だ。ただ波長が随分と長い。赤外線と電波は連続していて、赤外線に近い方から列挙すると、マイクロ派、超短波、短波、中波、長波、超長波。

 短波放送に使う短波は、“短い”と書くが、その波長は赤外線よりも長いんだね」

 黒板に向かって話す教師の後ろでは、机に突っ伏す生徒が続出している。だが、皆さんには我慢して聞いてもらおう。

「今、列挙した電磁波は宇宙空間に溢れている。地球に降り注ぐ電磁波の最大の発生源は太陽なんだが、惑星や遠くの恒星、宇宙空間を漂うガスや塵なんかも微弱ながら電磁波を発生させている。

 この電磁波とは、電場と磁場が揺れ動く際の発生物だ。電場や磁場の説明は難しくて、先生でも説明できない。興味の有る者は頑張って大学の理系学部を目指してくれ。

 高校物理で説明する内容は、電磁波とは宇宙空間の様な真空でも伝わると言う事だ。

 ちょっと脱線したが、太陽の様に超高温の物体からは、総体的に波長の短い電磁波が放出される。この赤外線から左側。ガンマ線までだ」

 黒板に列挙した電磁波の名称群に向かい、教師は“赤外線”を差した指をズイっと左に動かし、“紫外線”の場所まで移動させた。

「書き忘れたな。紫外線よりも波長の短い電磁波として、エックス線とガンマ線が有る。く医療機器で使われているから、君達も知っているだろう」

 教師は一度も振り返らない。それを知っているので、生徒達も安心して睡魔に身を委ねている。

「一方で、温度の低い、或いは質量の小さい物体からは、波長の長い電磁波が放出される。

 君達の中で天文学に興味を持つ者は居るかな? 電波望遠鏡って有るだろう? 

 極端な話をすると、電波望遠鏡は、絶対温度の極寒の宇宙に漂う小惑星なんかに焦点を当て、浮き彫りにする観測道具なんだ。まあ、望遠鏡自体が巨大になると言う弊害が有るから、実際はマイクロ波程度の電磁波を使うんだけどね。

 電離層が短波、中波、長波の電磁波を遮断すると言う制約も有る。だからこそ、中波を使うラジオ放送や短波を使うアマチュア無線なんてのが成立するんだが・・・・・・。アマチュア無線は面白いぞ。

 あっ! またまた脱線してしまった。

 本日の授業に戻ると、言いたい事は、地球周辺の宇宙空間には、赤外線より波長の短い電磁波が溢れているが、マイクロ派より波長の長い電磁波は微弱だと言う事なんだ」

 物理教師の授業に飽いた読者は、最後の台詞せりふだけ頭に留めてもらえば十分である。


 疲れた処を申し訳無いが、今度は現代社会の授業に付き合って欲しい。大丈夫。舞台は高校だ。

「カード大統領が偉大だった点は、これらの衛星ネットワークをアメリカ主導で作り上げた処だ。

 当時、“一帯一路”、One Belt One Roadとアピールしていた中国政府に対抗して、カード大統領は“衛星ベルト”、Satellite Beltと銘打った。

 地表を這いつくばる中国人に対して、アメリカ人は天空を舞台にしているんだぞ――と、大見得を切ったわけだ。

 中国政府はカード大統領を鼻持ちならぬ奴だと悔しがっただろうな」

 授業の途中から聞き耳を立てたので、話に付いて行けない読者が続出するだろう。僭越ながら、私が注釈を述べさせて頂くよ。

 衛星の果たした機能は、宇宙空間に放射された電磁波の波長を短くする作用だった。マイクロ波を赤外線に、赤外線を可視光線に、可視光線を紫外線に変換する。

 赤道を挟んだ南回帰線から北回帰線までの宙域に無数の衛星を打ち上げ、衛星ベルトを構築した。土星の輪の如く、地球周辺には無数の衛星が浮かんでいる。衛星間に緩衝電磁波のバリアを張り、干渉を受けた電磁波は波長を短くされる。

 赤道周辺の衛星軌道に限定した理由は、入熱量の多いエリアだと言う事と、静止衛星は自転方向に周回するしか選択肢が無いからだ。ちょっと、文章だけで説明するのは私の力量を越えているので、突っ込むのは勘弁して欲しい。

 その結果、兎に角、地表に届く赤外線だけが大幅に減少したんだよ。

 衛星ベルトは大気圏の外側、静止衛星軌道の高さなので、従来通り、紫外線やエックス線、ガンマ線は地表に届かない。短波より波長の長い電波が電離層で遮断される点も同じだ。大気圏を通過できる電磁波は、可視光線、赤外線、マイクロ波のみ。その中で赤外線だけが減少した。

 さて、現代社会の授業に戻る事にしよう。

「今、アメリカ主導で――と言ったが、アメリカは実質的に財政出動していない。

 衛星を打ち上げる資金は国連が供出した。人類全体の為の対策だから、国連が資金を出すのは当然だ。

 アメリカだって国連に資金を供出している――だって? 鋭いな・・・・・・。

 だが、お前は物事の一面しか見ていない。確かにアメリカは国連予算の約2割を負担している。でも、衛星打上げビジネスはNASAが独占したからな。衛星ベルトを構築する技術はNASAが開発したものだ。

 勿論、ロケット打上げの工程は幾つかの民間企業や国家に発注した。でも、彼らは下請けだからな。元請けはNASAだ。国連の負担した資金の大半は、何らかの経路でアメリカに還流している。

 20%を支払って、100%を受け取る。こんなに賢い遣り方は前代未聞だ。

 実際、カード大統領の衛星ベルト政策は、第二のニュー・ディール政策と呼ばれ、アメリカ経済に多大なる貢献を果たしたんだ」

 お分かり頂けただろうか? こう言う顛末だったのである。

 二酸化炭素の排出量抑制とは、温暖化と言う病気の進行を遅らせるだけの対症療法だ。一方、赤外線の撲滅は、地球上に降り注ぐ入熱量そのものを減少させる。二酸化炭素による保温効果など、些末な問題に過ぎない。カード大統領の施策こそが根本的な完治療法なのだ。


 サウスダコタ州のラシュモア山には、ワシントン、ジェファーソン、ルーズベルト、リンカーンの4人の顔の彫像が穿うがたれている。読者の中には観光で訪れた方も居るのではないだろうか?

 私の生きる現在、アメリカ合衆国では、誰の顔をカード大統領の顔にかたどり替えるか?――についての真剣な議論が交わされている。

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