第45話 唯黒のオーダーメイドシステム

 ファーストファッション・メーカーの唯黒(タダクロ。ユイクロと読まない事!)と、衛生労働省がタッグを組み、最新鋭のオーダーメイドシステムを構築した。

 そのシテムとは、消費者の個人々々が事前に自らの体形を測定し、その測定データを唯黒の縫製工場に電送する事で、オーダーメイド製品を発注する仕組みである。


 唯黒に限らず、世の衣装メーカーは見込み生産を余儀なくされる。どんなデザイン、どんなサイズが売れるのかは、衣装メーカーの予測能力次第。儲けようと思えば、生半可でない洞察力を求められる。

 予測能力の無い衣装メーカーは、一般的にマス・マーケットを狙うしかない。所謂、売れ筋商品だけの品揃えに甘んじるしかない。或いは、製造・販売する数量を絞り込んで、売れ残りのリスクを小さくする。

 いずれにしろ、潜在的に商品を買いそびれる消費者が発生してしまい、それは衣装メーカーにとっても機会ロスになってしまう。

 だから、既製服を前提としたビジネスモデルから、完全オーダーメイドを前提としたビジネスモデルに転換しようと考えたのだ。

――既製服に比べて、オーダーメイド服の価格は高いんじゃないの?

 尤もな疑問だ。でも、冷静に考えてみて欲しい。

 オーダーメイド服が高い理由は、大量生産できないからだ。唯黒の縫製工場では、1着1着のサイズは微妙に異なるけれど、以前と変わりが無く、大量生産している。

 また、縫製工場の立地も、労務費単価の安いバングラデッシュ等の発展途上国のままである。日本で採寸して、その測定データをインターネットで縫製工場に電送すれば、全く問題無い。

 しかも、皆さんは、ジーンズを買う際に店頭で丈詰めしたり、購入したトレーナーを試着して「裾が長いなあ」と感じた事が無いだろうか? それは無駄な生地が商品に付着しているという事であり、完全オーダーメイド制ならば無駄を省ける。材料費を節約できるのだ。

 これらの理由から、完全オーダーメイド制となっても、廉価なままだった。


 一方で、唯黒と衛生労働省との組み合わせに、違和感を感じるかもしれない。

――アパレル業界の発展を考えると、産業振興を管掌する経済貿易省の方が適切ではないのか? 経済貿易省ならば、IoTの管轄省庁でもある。

――或いは、国際的にデータを遣り取りするのだから、国際規格を交渉する通政省の方が適切ではないのか?

 と言う疑問が、この構想が発表された当初は続出した。

 結論を言うと、衛生労働省が登場した理由は、体形の測定場所が銭湯だったからだ。

 銭湯よりは、スーパー銭湯や健康ランドの方がメインの測定場所だったのだが、兎に角、公衆浴場法を管掌するのは衛生労働省傘下の保健所である。

 その銭湯の浴場に、長さ2m程の長めのドラム缶みたいな円筒を設置する。そのドラム缶の内側には無数のセンサーが埋め込まれており、通電性を高めた無色透明のソルト液で満たされている。入浴客がソルト液に浸ると、首から下の立体データが読み込まれるという仕組みだった。

 アラビア半島の観光地、死海と同じ様に、このソルト液で入浴客が溺れる事は無い。血液と同じ程度の塩分濃度なので、浮力が生じるのだ。

 腕に嵌めたロッカーキーの番号を機器が読み込み、その計測データはフロントで入浴客の希望するIDナンバーと紐付けられる。唯黒の会員ナンバーが大半だが、政府公認のマイナンバーでも構わない。

 これまた冷静に考えれば、理に適った計測場所だと納得頂けるだろうが、裸体で測定した個人の立体データが採寸システムには最も相応しい。

 そして、公共の場所で裸体になる場所と言えば、銭湯以外に無い。プールと言う選択肢も有るが、冬には計測できない。それ以外の場所で裸体になる者が居れば、その人は変態である。


 最初に名乗りを挙げた会社は唯黒であったが、それは起業家精神に溢れていたからに過ぎない。

 このシステムの有効性を遠巻きに見定めていた他の衣装メーカーも続々と後に続いた。

 唯黒が独自に構築した物ではなく、共同運営者として衛生労働省が目配りしているので、来る者拒まず、がシステムの運営方針であった。

 こうして、唯黒と衛生労働省がコラボしたオーダーメイドシステムは日本中に普及していった。

 その結果、衣装の小売店舗は急速に店仕舞いしていった。店舗は必要無いからである。ネットからオーダーメイドした衣装を直接、消費者の自宅に届ければ済む。

 消費者はネット上で好みの衣装デザインを試着してみる。

 その試着姿はパソコンやタブレットの画面で確認できる。一昔前にネットの世界で流行ったアバターと言う奴とソックリだ。しかも前後左右から360度、画面の中で自画映像を回転させて、似合うか否かを確認できた。

 更にメリットを指摘すると、恋人と並んだ状態で、アバターの着せ替えを楽しむ事が可能だった。

 1つの試着室で男女が並んで試着する事は、実店舗では不可能だ。女性用と男性用のアパレル店は、高級ブランド店を除けば、一般的に別々だからだ。

 この試着システムならば、同一画面に男女で立ち並ぶ事が可能だ。しかも、今や唯黒の衣装に限らず、殆ど全てのブランド衣装について同時試着が可能だった。

 衣装メーカーが多少困った点と言えば、パソコンでの試着画像をコピーし、観光名所の風景写真と合成させる事で、デートの替りとする遊びが流行った事だ。衣装の売上げに繋がらない。

 それでも無駄な見込み生産するリスクに比べれば被害は微々たるものだったし、通信販売で「サイズが合わない」と何度も返品される非効率に比べれば何とも無かった。


 10年も経つとアパレル業界のビジネスモデルは様変わりしたが、この頃になって漸く、衛生労働省が本音の目論見を表沙汰にし始めた。

 衛生労働省の深慮遠謀とは、生活習慣病の患者数を減らし、医療費の増大を抑制する事に有った。

 銭湯の体形測定データで肥満体と判断された国民には密かにフラグが立てられた。実際に通院して生活習慣病だと診断されると、その国民には1つの制約が課される事になる。

 靴底に重い鉄板の入った靴しか購入できなく成るのだ。

 生活習慣病の患者に「適度の運動をしてください」と助言しても無駄である。そんな国民は最初から生活習慣病を患わない。運動したくない国民こそが生活習慣病に罹るのだ。

 但し、寝たきり老人ではないので、運動量がゼロと言う事も有り得ない。だったら、少ない運動量でも消費カロリーを増やそうと言う発想で導き出した政策が「重い靴」であった。

――「鉄板の入っていない靴」を買う努力をしても構わないはずだ。それが個人の自由と言うものだ!

 でも、何処で買う? 今や、靴を売る実店舗は1軒も無かった。少なくとも日本には。

――偽のIDナンバーでネット発注したら良いのでは?

 今や、服飾品をネット発注する際、政府公認のマイナンバー以外は使用不可となっていた。

 このオーダーメイドシステムには、あらゆる衣装メーカーが参加している。特定の企業が割り振るIDナンバーを使えば混乱必至だったので、マイナンバーに統一されていたのだ。抜け穴は無い。

――だったら、外国から個人輸入するさ!

 本当に? 外国語で? 失礼ながら、あなた(肥満患者の事)は英語に長けているのですか?

 今から英語を勉強するくらいならば、素直に運動した方が楽なのでは? あなたの健康にも良いんですよ。

 こう言う顛末を辿り、生活習慣病の日本人患者は急激に減少していった。


――衛生労働省の目論見が成就したんだ。少し癪に障るけれど、国民の為には良い事だしな。

 そう思った貴方(貴女)! 実は、衛生労働省のシナリオが、別の処で破綻し始めたのです。

 

 随分昔から、皆さんは「このままでは年金財政が破綻する。給付額を減らすか、保険料を増やさないと駄目です。必要ならば、税金投入も考える必要が有ります」と言う警告を耳にしていたのではないだろうか?

 この警告には増税論者の財政省も賛同していたのだが、当の衛生労働省は真面目に信じていなかった。

 何故か?

 その時々の平均寿命で試算すると、確かに「年金財政の破綻は免れない」と言う結論しか導かれない。

 ところが、90歳前後の平均寿命は永続するだろうか?

 粗食に耐え、結果的に頑強な肉体作りに励んだ戦中戦後生まれの世代が、実態として、この平均寿命を引き上げている。

 ところが、豊かな高度成長期以降に生まれ、幼い頃から魚よりはハンバーガーを食い、外で遊ぶよりも部屋でゲームに明け暮れて育った世代は、はっきり言って、肉体的に軟弱である。

 一方で、尊厳死と言う信条は固いので、意識不明の状態で延命治療される事態を嫌悪している。

 自ずと日本人の平均寿命は急速に短くなるだろう。

――年金支給開始年齢が70歳で、大半の日本人が75歳程度で亡くなり始めたら、どうなるか?

 25年以上も年金を支払い続け、受給期間は10年にも満たない。それが試算モデルとなれば、「年金財政が破綻する」と言う結論には至らない。

 こう言う論理的背景から、衛生労働省は年金問題を深刻視して来なかったのだが、誤算が生じたのだ。

 そう。生活習慣病を撲滅した結果、健康な日本人が増えたのである。平均寿命が短くなるという楽観論は、衛生労働省の中でも聞かれなくなった。

 替りに、遅ればせながら、年金制度の維持に頭を悩ませ始めたのだった。

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