第44話 介護足切り法案

 衛生労働省が主体的に取り纏めた法案を、政府が国会に提出した。

 その法案は『介護現場における重労働を軽減するために要介護者の下肢を切断する手術について補助する法律』という非常に長ったらしい名称だったので、『介護足切り法案』という略称で呼ばれる事になる。

 この法案の趣旨は名称の通りである。

 寝たきり老人を介護する場合、その老人を持ち上げる作業は非常にシンドイ。老人は筋肉も脂肪も削げ落ち、体重なんて軽いだろうという思い込みがあるが、そんな事はない。赤ん坊とは違うのだ。

 そうかと言って、大人用オシメは取り換えないといけないし、それ以外にも定期的に寝がえりを打たせないと深刻な床擦れを起こしてしまう。

 両脚だって、介護者が手を添えて、曲げたり伸ばしたりの屈伸運動やストレッチ体操をしていないと血行が悪くなり、果ては壊疽を起こしてしまう。

 介護者は一日中、重労働をする羽目になり、職業病として腰痛なんかを患ってしまう。

 ここでベッドに横たわる老人の姿を眺めてみよう。

 足腰が弱っているから、寝たきりになるのだ。両脚は機能していない。もし、老人に両脚が無かったら、体重は3分の2まで減るはずだ。脚1本で約10㎏。2本で約20㎏、米袋2袋分の重さが消えてしまう。

――だったら、両脚を切断してしまおう!

 おいおい。ちょっと遣り過ぎじゃないか? ベッドから起き出して、他所に移動する時はどうするのよ?

 そん時は車椅子に乗ってもらうだろう? 今だって、そうしているんだし・・・・・・。

 そりゃ、そうだな。両脚が無かったら、車椅子に移しかえる時だって、介護者は楽になるな。

 でもなあ~。家族は何て言うかな? 両脚の無くなった親の姿を目にしたら、腰を抜かすんじゃないの?

――だったら、精巧な義足を着けよう!

 こういう発想で、機能不全に陥った両脚を切断し、着脱可能な義足を装着する福祉政策が産声を上げた。

 切断する箇所は太腿の中間部。幼い男児の短パンを連想して欲しい。或いは、若い娘のミニスカートを連想して欲しい。衣服の生地から覗く素足の部分を切断するのだ。

 太腿の切断面は、脊椎からの運動神経を繋いだ接合キャップで覆われる。その接合キャップに着脱式の義足を密着させる。多少の歩行訓練は必要だが、寝たきり老人は再び歩行能力を取り戻せるのだ。

 但し、精巧な義足だし、接合キャップに運動神経を繋ぐ手術も単なる医療手術とは言えず、電子工学的な要素も入り込んでくるので、平たく言えば、手術費用が嵩む。一般庶民には中々手に負えない。だから、政府が補助金を出すのだ。

 政府としては、最初の導入費用は嵩むが、その後の介護支援費用を節約できる。

 歩行機能だけの問題で介護を必要としていた老人は要介護者から外れるのだ。長い目で見るとトントンじゃないか、と衛生労働省の官僚は試算していたし、ケチで有名な財政省の官僚も賛成に回っていた。

 義足製造や医療器具の高度化が日本の新たな産業を振興する事になると、経済貿易省も後方支援に回った。勿論、“1億全員が活躍する社会”を標語に政策を推進していた総理大臣も大いに乗り気であった。

 国会審議では、政府には何でも反対する姿勢だけが首尾一貫している野党が、

「足切り法案なんて、姥捨て山政策だ! 国民を不幸にする政策には断固として反対する!」

 と、いつも通りの論争を展開したが、寝たきり老人を抱える家族の悩みは深刻であったし、介護業界も労働者の確保に四苦八苦していたので、野党の反対は空振りとなり、国会を通過した。


 この義足化手術は、当初想定していた寝たきり老人に限らず、幅広い分野で普及し始めた。

 まず、同じく老人介護の現場では、痴呆症を患った老人にも義足化が施されるようになった。

 同居する家人が寝静まる夜、老人の義足を取り外しておけば、徘徊する事は無い。翌朝、家人が起きてから義足を接続し直せば、日常生活に全く支障は出ない。家人の負担は大幅に軽減された。

 次に、交通事故などで車椅子生活を余儀なくされた障害者は、こぞって義足化した。自分の足でもう一度歩けるならば、誰が車椅子の上になぞ座っていよう。正確には自分の足ではないが、ほぼ自分の足である。

 障害者にまで補助金を出すとなれば予算が膨らむが、全国で車椅子に対応するための道路改造やエレベーター設置の建設助成金を削減できるので、補助対象を拡大した。公共投資を管轄する建設運輸省は難色を示したが、閣議で衛生労働大臣が押し切った。

 車椅子に乗る障害者の数は見る見る減少してしまい、日本はパラリンピックの車椅子競技に選手を送り込まなくなった。車椅子競技だけでなく、パラリンピックの陸上競技全般から距離を置く事になった。義足を着けた者ならば誰でも、オリンピック選手以上に速く走れるからである。


 義足化手術が普及すると、足に関しては健常者と障害者の見分けが、少なくとも外見上はつかなくなった。

 そういう時代の或る日。或るアイドルグループの1人が、コンサートで踊っている最中に他のメンバーと接触してしまい、ズボンの裂け目から義足の人工的な肌が覗いてしまう事故が発生した。

 事故直後から、そのアイドルの生い立ちが週刊誌の紙面を賑わす事になった。交通事故で足を切断したが、義足のお陰で失意の淵から抜け出し、好きなダンスを極めてアイドルに昇り詰めたと言う。

 義足の跳躍機能に助けられ、彼のダンスは以前とは比べ物にならない程に華麗となった。だからアイドルになったのだが、「義足の力を借りて・・・・・・」と非難する声が上がる。その一方で、「そんな辛い経験を乗り越えて・・・・・・」と好意的な意見も多かったのだ。


 この事故を契機に、健常者の中から「率先して義足化手術を受けようか」と考える者も出てきた。

 但し、本人の我が儘なので、国からの補助金は支給されない。

 それでも、施術数が鰻登りに増えていたので、大量生産できるようになった義足も安価になっていた。

 加えて、多くの形成外科医が参入したので競争が激しくなり、以前ほどには高度医療として高い手術料を要求しなくなった。

 それに、この頃には既に、大半の人間が自分の足で一般公道を歩行するのを止め、二輪歩行器に跨って移動するようになっていた。

 考えてみると、二輪歩行器に跨るよりは、いっそ義足化した方がスマートである。何故なら、もう1つの特典が義足には有ったのだ。

 義足の脚長はオーダーメイド出来るのだ。

「自分は短足でスタイルが悪い。だから異性にモテないのだ」と悩む者は男女を問わず多い。そういう悩みを義足化は解決する。

 これまで「削る美容整形」しか物理的に施術できなかった形成外科業界は「新時代の美容整形」と銘打って、患者を勧誘した。

 その結果、見た目を変えずに靴底を上げるシークレットブーツという商品は世の中から消えた。

 ミス○○というコンテストが開催されると、事前に出場者の両脚には金属探知機が当てられ、生粋の脚なのか義足なのかを検査された。

 形成外科医が処方する義足は、国の補助金対象外なので意匠性に制約が無く、本物の素足と間違えるほどに精巧な人口皮膚で覆われていたからだ。


 義足化の影響は、間接的だが、幼児教育の場にも及んでいた。

「は~い、みんな! 先生に注目して! 今日はお化けの話をします。お化けって知っている?」

 夏休みが間近に迫ってきた頃。夏の風物詩である怪談を教えようと、幼稚園のお婆ちゃん先生が幼児達に声を掛ける。

 幼児達は異口同音に「此の世に戻って来た死んだ人」とか何とか幼い知識を披露する。

「良く知っているわね。

 だったら、お化けって、どんな格好をしているのか、知っている?」

 幼児達が「白い服を着ているよ」とか「散髪に行けずに可哀そうな髪の毛をしているわ」と、銘々勝手に自説を叫ぶ。

 お婆ちゃん先生は、元気の良い幼児達を宥めながら、ズバリと宣言する。

「でもね、みんな! お化けの一番の特徴は、足の無い事なのよ~!」

「・・・・・・」

 お婆ちゃん先生が言った途端、幼児達は黙り込んでしまう。

 1人の幼児が恐る恐る質問する。

「先生。もしかして・・・・・・うちの御父さんはお化けだったの? 一度、死んでいたのかな?」

 そうなのだ。足の無い事は、幽霊の専売特許ではなくなっていたのだ。


【あとがき】

或る方の作品を読んで、この短篇の着想を得ました。寝たきり老人や身体障害者の方を冒涜するつもりは、私に有りません。

先日、「ガイアの夜明け」という番組で、ホンダが開発中の歩行アシスト器具の存在を知りました。現実には、そのような器具が普及し、この短篇のような事象は生じないでしょう。

私は、何か1つの事を極端に振らせる事で世相を切り取る道具がSF小説だ、と解釈しています。どうか、その趣旨を御理解ください。

尚、私は、テレビ東京やホンダの関係者ではありません。ホンダ車には乗っていますが。

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