第43話 ロボットメーカーの国取り物語

 20世紀終盤には、日本と西欧を中心としたロボットメーカーが、工場で働く産業用ロボットを花開かせた。

 21世紀になると、家庭用ロボットの開発が進み始めた。その大きな役割を担ったのは、産業用ロボットのメーカーではなく、家電メーカーと自動車メーカーであった。

 産業用ロボットメーカーには、ロボット製造という点で一日の長が有ったのだが、産業用ロボットは人間の侵入を排除した立ち入り禁止エリアで稼働する。

 ところが、家庭用ロボットは、人間と一緒に行動し、人間社会に適応しないといけない。

 人間に危害を加えないという安全対策が重視される分野であり、それには家電や自動車という最終消費財を製造していたメーカーの方が圧倒的にノウハウを積んでいたのだ。

 それでも、21世紀初頭の段階では、家電メーカーの方が進んでいた。

 掃除用ロボットに始まり、ペット代替ロボットを経由して、人間とのコミュニケーションを目的としたロボットに進化していた。

 形態も人型に進化した。人型形態になると、家屋の中を動き回れるようになる。

 家電とネットワークで繋がったロボットは、主婦の替わりに台所に立ち、冷蔵庫の中身と家族の体調データを踏まえて、料理するようになった。

 勿論、初期の床掃除ロボットが太刀打ちできなかった階段や風呂、トイレ掃除もこなす様になる。

 庭付き戸建ての場合は、園芸作業も果たすようになった。目覚まし時計は姿を消し、家庭用ロボットが1人1人の家人を起こすようになった。

 一方の自動車メーカーであるが、自動車に人工知能を搭載し、自動運転の方向で開発していった。

 人工知能のレベルが進化していくと、車の運転だけをさせておくのは勿体無いと、自動車メーカーは考えるようになった。

 その結果としての進化形が人力車である。正確にはロボット力車である。

 エンジンはロボットになった。人間の乗る部分はタイヤの付いた箱になった。

 ボンネットに搭載したエンジンの動力を後輪につなぐ必要も無いし、ガソリンタンクや蓄電池も不要となった。部品点数も大幅に減ったので、構造もシンプルになった。

 制約条件が少なくなった結果、人間の乗る部分の居住空間は広くなった。キャンピングカーをロボットが牽く姿を、イメージしてもらえば良い。

 従来の燃料は無くなった。

 キャンピングカーが車庫に納まっている間に、ロボットが自分で家屋電源と接続して、充電すれば済むのだから。

 ガソリンスタンドや電気自動車のチャージスポットは、急速に姿を消しつつあった。

 ここまで来ると、自動車メーカーにも欲が出る。

――キャンピングカーと一緒に、車庫の中でロボットを佇ませているのは勿体無い。

――空いた時間に何か家事を遣らせることができれば、御客の購買意欲を高められるだろう。

 そう考えたのである。

 かくして、自動車メーカー産のロボットは、家屋の外から家屋の内へと縄張りを広げようと、画策し始めた。


 自動車メーカーでの、或る日の社内会議での遣り取り。

「住宅の敷居を跨がないと、家電メーカーとの戦場に辿り着くことが出来ない。

 軽量化は、自動車メーカーの得意とする領域だろう? 何とか知恵は出ないのか?」

 商品開発部長が檄を飛ばす。

 そうなのだ。

 自動車メーカー産のロボットが家庭に入り込むに当たり、その重量が最大の障壁として立ち塞がっていた。ロボットの重量が重過ぎて、家屋の床を痛めるのだ。

 木造家屋が多い日本では特に、床板を支える大引や根太の木材を弛ませ、床を傾けかねなかった。最初は問題無くても、確実に床の寿命を短くしたのだ。人生最大の買い物である住宅の寿命を縮める商品なんて、売れるはずがない。

「そうは言っても、部長。

 関節に組み込んだ幾つものモーターだって、家電メーカー製に比べると1つひとつの重量が嵩みます。我々の製造するロボットは重いキャンピングカーを高速で牽引することを主目的に設計されているのですから。

 それに、ロボットの姿勢を微妙に制御して快適な走行性を実現するために、モーターの組込点数も家電メーカー製と比べると多いのです。流石に同じ重量というわけには行きません」

「そんな事は言われなくても分かっている。それを何とかするのがメーカーの技術屋だろうが」

 かなり強引な商品開発部長である。

「素材をもっと軽量な金属に変更は出来んのか?」

「鉄からアルミやチタンに変更すれば軽量化できますが、材料費が嵩みます。自動車の販売価格上昇に繋がり、何を遣っているのか分からなくなります」

「炭素繊維は?」

「炭素繊維だって同じです。鉄ほど安い素材は無いのですから」

「ロボットの外装を着脱式にして、住宅内に入る時は外装を脱ぐっていうアイデアはどうだ?」

「外装を着脱式にすれば構造が複雑になります。部品点数が増えてコスト増を招きます。

 それにロボットの外装は、雨天時の走行を可能にする防水性や、万が一の衝突事故を想定した防御機能を期待していますからね」

「家庭内では、そんな機能は不要だろう? だったら脱げば良い!」

「脱いだままだったら、回転するモーターに子供が指を挟んだりと危険です。だから、家電メーカーだって、塩ビやプラスチックの外装を纏っているのです。

 それにクドいですが、着脱方式にすると、ロボットの製造コストが上がります」

 経営陣からプレッシャーを掛けられた商品開発部長は必死に部下を焚き付けるが、安全性やコスト削減の意識が身に着いた部下達も中々頑固である。頑固一徹こそがメーカーの技術屋たる特長なので、致し方ない。


 結局、家屋の中を支配していた家電メーカー産のロボットの領域を、自動車メーカー産のロボットが脅かすことは叶わなかったのである。

 その替わり、重量面の課題を除けば、自動車メーカー産のロボットは家電メーカー産のロボットに引けを取らない。寧ろ、重量物を運搬する機能に関しては、家電メーカー産のロボットを凌駕する。

 従って、自動車メーカーは戦略を、競合ではなく、共存の方向に変更した。

 具体的には、住宅の敷居を跨ぐことは諦め、庭の園芸作業や家屋外の点検補修作業に特化した。門扉の錆び取りや油差し。苔むした外壁の清掃。配電線や給湯器の室外機器の点検補修、等々。

 屋根の痛み具合の点検も行った。ただ屋根の場合、補修の必要な箇所を発見しても、ロボット自身が屋根に登ることは避け、実際の補修作業は専門業者に任せた。 屋根が抜けては本末転倒だからだ。

 遣ってみると、こういう機能に関するニーズは高かった。高齢化や長寿命化が進んだ日本では、住宅の買い替え需要も然ることながら、同じ住宅をメンテしながら長く住み続けるという補修需要の方が根強くなっていたのだ。

 また、自動車メーカー産のロボットが担ったのは、買い物である。

 この需要ニーズも高齢化と同根であるが、買い物に出掛けて重い買い物袋を幾つも持ち歩くのは高齢者に酷である。18リットル入りの灯油ポリタンクなんて、高齢者には重過ぎる。ロボットが買い物してくれたら、こんなに有り難いことは無い。

 だから、自動車メーカー産のロボットは、玄関で、家電メーカー産のロボットに買い物袋を手渡す。或る意味、この行為は、自動車メーカーと家電メーカーの平和条約締結の象徴であった。

 更に、自動車メーカーは、重量物の運搬機能を活かし、輸送業界や介護業界における業務用マーケットに販路を求めた。こちらには家電メーカーが進出しておらず、自動車メーカーにとっては新天地だった。

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