第39話 投稿サイト有料化
角山文庫の運営するヨミカキという投稿サイトは、会費を徴収せずに運営されている。
無名な作家志望者を発掘し、その作品を書籍化して商売しようという目論見なので、間口を狭める事は得策ではないと判断し、無料で運営されてきた。
だが、期待したほどには書籍化に値する作品を発掘できなかった。
当然ながら、角山文庫の社内では投稿サイトの閉鎖も検討されるようになった。角山文庫は、民間企業であって、ボランティア団体ではないからだ。
だが、投稿サイトの担当者達は社内で果敢に戦った。そして、次なる改善策を役員に提案したのだ。
1. 運営目的を、無料の作品募集ツールから、電子書籍の有料販売ツールへと変更する。サイト名も、ヨミカキからウルカウに変更する。
2. 電子書籍の価格は、内容の面白さ、人気の度合いにより、変額させる。この評価には客観性が不可欠なので、レビュー評価の星の数で評価する。なお、最後まで読了すれば、レビュー評価をせずとも、自動的に星の数は1つ加点される。
3. 一方、読者の立場に立てば、試読しても内容に不満ならば、購入意欲を抱くはずがない。だから、プレビュー数や星の数が一定数を超過するまでは無料とする。なお、それらが一定数を超過した以降でも、前半の半分の節だけは永久に無料で試読可能とする。
4. 閲読権と引き換えに課金するが、購入者が閲読権を返上すれば、料金の半額をポイントとして還元する。そのポイントは、次なる作品の閲読権の購入代金の支払いに使用できる。
5. ウルカウでの売上高は、角山文庫と著者に、8:2で分配する。
角山文庫の経営者にとっては、ジャングル・ドット・コムの定額読み放題サービスにどう対峙するかという経営課題もあった。
だから、投稿サイトの担当者達からの提案を採用するだけでなく、既存書籍についても、ウルカウを通じて電子書籍の直接販売に乗り出した。
この方が、電子書籍に関しては、角山文庫としても売上高を囲い込めるので、身入りが良かったのである。その分だけ、ジャングル・ドット・コムでの掲載作品は少なくなる。
プロ作家にとってみると、紙媒体の書籍で販売する時に比べて、電子書籍の代金は概ね6掛けと安価であるが、印税率が厚くなったので、身入りは良い。
しかも、書店ルートにネット通販ルートが加わるので、販売数の増加も期待できた。
作家志望者にとっては、実力次第という前提付きだが、印税収入を期待できた。作家志望者の4倍の収入が転がり込む角山文庫にとっても、悪い話ではない。
消費者にとっては、タブレットで読めるという利便性も然ることながら、まず、購入単価が安いという利点がある。
更に、これまでは古本屋に持ち込んでも二束三文で買い叩かれていたのだが、閲読権を返上すれば古本屋よりも高い値段で処分できるようになった。
一方、割を喰ったのは、印刷業界、製本業界、本屋業界である。古本業界もそうである。
紙媒体であれば享受できるはずだった彼らのマージンを原資として、電子書籍の単価は引き下げられているのだ。
この仕組みが出来上がると、ヨミカキ投稿者は一概に狂喜乱舞した。
プロ作家と作家志望者の垣根は無くなり、売れる作家と売れない作家が存在するだけとなる。勿論、作家志望者の大半は全く売れない作家なのであるが・・・・・・。
さて、根強いファンを抱えていたヨミカキ投稿者は、ちょっとした戦略変更を迫られることになった。これまでは、自らも簡易的なホームページを運営したり、ツイッターを遣って小まめにファンを募っていたのだが、そのファンの存在が邪魔になってきたのだ。
ファンというのは、作品が公開されると真っ先に読んでくれる。
ところが、ファンの数が多いと、閲読権の無料枠をファンだけで使い切ってしまうのだ。金を払ってくれるはずのファンは収入源にならず、閲読権の課金領域に突入すれば、ファンではない読者は近寄ってこなくなる。
結果、ヨミカキ投稿者は、読者層の拡大と収入増を期待できなくなるジレンマに直面した。ファンの数を頼んでプロ作家の仲間入りを目指そうとしていた戦略は、全ての作家が同一線上に並んだ今、大きな転換を迫られたのだ。
だから、ヨミカキ投稿者は、ファンの相手など余計な事はせず、ひたすら執筆に専念するようになった。下手にファンと意思疎通することは、特に作品公開日の情報を漏らすことは、自らの収入減に直結したからである。
また、全てのヨミカキ投稿者に共通して言えるのは、文字数の少ない短篇を1つずつ投稿しなくなった。短篇は短編集としてまとめ、課金しても読者の反発を招かない程度に文字数を多くして、投稿するようになった。
この結果、投稿作品数は単純に減少し、投稿サイトの世界は多少スッキリした。
また、他のヨミカキ投稿者の作品を読んで、評価レビューを書くことも無くなった。課金されてまで、競争相手の作品を読もうと考える奇人は、殆どいなかったからである。
ヨミカキ黎明期には、他人の新作に逸早く評価レビューを書いて、競争相手の無料枠を浪費させてやろうという不届き者も現れたが、やるせなさを感じたのか、そういう現象は沈静化した。
一方で、真の読者からの評価レビューや星評価は増えた。
角山文庫がポイント還元を使って、それを推奨したからである。だから、購入した電子書籍のレビューはちゃんと書き、ポイントを還元してもらうという習慣が根付いた。
角山文庫にしても、そう誘導すれば、早めに無料枠を消化するし、新規読者の開拓にもつながるので、結果的に売上高が増えるという打算が有った。
このポイント還元を当て込んで、新作の無料枠を使ってレビューを書きまくり、ポイントを荒稼ぎする読者も現れた。
けれども、レビュー当りのポイント数は僅かで、その僅かなポイントを蓄積して無料で電子書籍を購入するという行為は、とても多大な労力に見合う所作とは思えなかったので、大きな流れにはならなかった。
一方、紙媒体の書籍が全滅したかと言えば、そうでもない。
老眼になった年寄りにとって、タブレット画面を見つめることは辛い。だから、紙媒体のニーズは根強かった。
また、気に入った作品は、自宅の本棚に飾っておきたいと思うものである。だから、裕福な年配者が好みそうな作品は、装丁も寧ろ豪勢になり、高品質な単行本や全集に収斂していった。
逆に、経済的に余裕の無い青少年や若年層が好みそうな作品は、電子書籍に収斂していった。文庫本など、今や絶滅種である。
コミック漫画は両極端に割れた。永久保存版として復刻される名作や、作画の綺麗な作品は、紙媒体として生き残った。そうでない大半の作品は電子書籍に収斂していった。
【あとがき】
この作品で御紹介した内容は、既存の出版業界よりも、何の柵もなく電子出版業界に新規参入しようとしているネット通販業界の方が採用し易いビジネスモデルです。
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