第38話 心臓発電
太陽光発電だけは異色だが、この世の中にある発電方法は、詰るところ、運動エネルギーを電気エネルギーに変換する仕組みだ。
原子力発電、火力発電、水力発電、風力発電、波力発電、地熱発電。全ての発電方法は、蒸気なりでタービンを回す運動エネルギーを発電機というモーターを介して、電気エネルギーに変換している。
技術の発展に伴って発電効率は向上し、小さな運動エネルギーでも電気エネルギーに変換できるようになってきた。そして、その延長の究極の姿として、心臓発電が開発されたのだ。
人間、この世に生まれてきてから死ぬまで、心臓は鼓動を止めない。
勿論、心臓を発電のエネルギー源に位置付けても、その発電量は僅かなものだ。全世界の人類全員に心臓発電器具を装着させたって、既存の発電所を全廃できるほどのインパクトはない。
だが、発電所を新設することで招く自然破壊の度合いは大きく減少させることが可能だった。
問題は、
誰から先に心臓発電器具を装着していくか?
であった。
誰も、そんな気色の悪い器具を体内に埋め込もうなどとは考えない。総論は賛成だけれど、できれば別の人から装着してもらって、自分の順番は最後尾に回して欲しい。
それが普通の人の考えることだ。
このババ抜きゲームで最初にジョーカーを引く役目を与えられたのが、心臓にペースメーカーを埋め込んだ患者だった。
くどい程に何度も言うが、これは生体実験ではない。虐待を目的とするものではなく、人類と自然界に福韻をもたらす技術である。
ペースメーカーは、その内臓電池が切れそうになると、電池交換のために外科手術をする必要がある。
ところが、心臓発電器具を埋め込むと、その外科手術が不要になる。これは、本人の肉体的負担の軽減だけでなく、医療費の圧縮にもつながる。
この心臓発電器具を埋め込むと、実は余剰電力が発生する。
ペースメーカーは、鼓動のリズム付けをするのが目的であり、心臓を鼓動させるエネルギーを供給しているわけではない。鼓動は、あくまで心筋の役目だ。だからこそ、余剰電力が発生する。
この余剰電力を回収するために、人体には端子が取り付けられた。
その端子に蓄電池をつなぐことで、余剰電力を回収する。蓄電池は体外にあり、ピストルホルダーのような装身具を使って装着する。
蓄電池の材料に鉛は採用していないが、ニッケルやリチウムにしたって体内に埋め込むのは躊躇するし、劣化スピードの激しい蓄電池の交換のために外科手術をしていたのでは患者の利便性が全く改善しない。だから、蓄電池は体外に装着するようにしたのだ。
この蓄電池は、スマホやタブレットの充電程度であれば、十分に使用に耐える。というか、スマホやタブレットであれば、電池切れのサインが表示されれば、左乳首の付近にある端子から直接充電できる。
入浴中に持ち込む防水テレビだって、湯船に浸かりながら防水テレビの充電コードを左乳首の端子につなげば済む。
だから、蓄電池の電力は、電気スタンドや電力消費量の小さい家電製品の電源として使われ始めた。
心臓病患者の老人が、家を訪ねてきた孫に向かって自慢する
「どうだ、このテレビ。お爺ちゃんの心臓で発電した電気で映っているんだぞ。凄いだろう?」
「うん。お爺ちゃん、凄~い! スーパーマンみたいだね!」
みたいに、得意気に孫と会話を交わすシーンが、盆正月の帰省シーズンには良く見られるようになった。
この先進国での成功事例を踏まえ、続いて装着され始めたのが、アフリカの内陸部など開発途上国の住民達であった。
発電所の建設が未だ未だで、送電線のカバー率も僅か。文明の利器にアクセスするには、太陽光発電設備に依るしかなかった。その太陽光発電設備にしても、過酷な使用環境なので、耐久性は短いものであった。
ところが、心臓発電であれば、先進国だろうが開発途上国であろうが、その使用環境に大差はない。体内環境が人種によって大きく変わるはずがなかった。
問題は最初に心臓発電器具を埋め込む外科手術の費用であるが、国際連合が広く補助金を出した。
日本政府もODAを通じて普及を手助けした。心臓発電器具の大半は日本企業の製品だったからだ。
こうして、アフリカや南アジアの経済的に貧しい地域でも、夜の電気照明が普及した。
照明器具が普及すると、子供達は勉強することができる。識字率は徐々に上昇し、それが経済発展を加速する。住民が豊かになれば、消費が育つ。大きくなった市場を当て込んで、現地生産が始まるという経済発展の好循環が見られるようになった。
アフリカや南アジアの住民が10億人以上の規模で心臓発電器具を装着するようになると、さすがに先進国の住民も、自分だって装着してみるかという気持ちになる。
だから、全世界に心臓発電器具は普及した。先進国の場合、そこそこ電気自動車が普及していたので、余剰電力は電気自動車の蓄電池に溜められるようになった。
実は、この動き、カーシェアリングを広める一助ともなった。
誰かの運転する車に乗せてもらった場合、降車の際に自分の身に装着した蓄電池から電気を分けるのだ。
「乗せてもらって有り難う! お礼に、少し電気をチャージしておきますね」
「気を遣って頂いて、済みませんねえ。電気代が少し助かります」
「いえいえ。私なんか、誰かの車に乗せてもらうばかりで・・・・・・。車を買おうという気にさえ成りません」
みたいな遣り取りが街中の至る処で散見されるようになった。
かつての売血ならぬ、売電である。
また、第2次関東大震災の折、この心臓発電の普及は被災者たちにとって心強い武器となった。
電気が身近にあるだけで、気持ちの落ち込み具合が全く違ってくる。
少なくとも、スマホで家族の連絡を取り合うことに関しては、全く不安が無かった。地震直後の数時間だけは電話回線がパンクしたが、心臓発電のお陰で通話パニックが回避されたのだ。
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