第34話 ~アニー物語~メイデー

「国は労働者の権利を守れ!」

「企業は労働環境を改善しろ!」

 様々なシュプレヒコールを上げて、シュプレヒコールと同じ文言を書き殴った横断幕や幟を掲げた群集が、麗らかな日差しの下、交通規制された道路を練り歩いていた。デモ参加者の頭には、白い鉢巻が巻かれていたり、様々な色のヘルメットが被さっている。

 主催者の自主申告によれば、デモ参加者数は数十万人にも上るらしい。あながち水増しした数字とも言えないほど、道路は延々と人だかりで埋まっていた。

 かつて、労働者人口の減少と派遣労働者の増加により、組合員数は壊滅的な水準まで落ち込み、日本の労働組合は衰退を極めていた。その労働組合の連盟が5月1日、国際的な労働者の日に主催するメイデーの示威行動もまた、沈静化の一途を辿っていた。

 ところが・・・・・・である。

 人型アンドロイドのアニーが工場に浸透し始め、流通業や小売業にまで浸透し始めると、不思議な事に、メイデーのデモ参加者は増え始めたのである。

 近代ヨーロッパでは、産業革命の進展に伴って、職場を機械に奪われた労働者達がラッダイド運動を繰り広げた。そんな史実を踏まえると、労働者の権利を主張するメイデーのデモ参加者が増えることは、一見すると、自然なことなのかもしれない。

 だがデモ参加者を子細に観察すると、ここ日本では事情が違っているようである。


 デモ行進に従って歩いていた老人男性2人が、自分の顔を扇いでいる団扇を、シュプレヒコールが揚がった時だけ右手で頭上に掲げながら、雑談に耽っている。

「御宅は、結構早くにアニーを手に入れましたよねえ」

「ありがたいことにねえ。生活保護対象に転落しそうでしたから、真っ先に政府がアニーを支給してくれました。

 あの時、アニーを支給してもらわなんだら、私の家族は今頃、全員が首を括っていますわ」

「確かにねえ。御宅は、何か金属加工をしていた非上場の会社に御勤めでしたよねえ?」

「ええ。だから、海外の会社とのコスト競争に太刀打ちできず、受注量も悲惨なものでしたわ」

「そりゃ、しんどいですわなあ」

「ええ、しんどいです。

 だから、50を過ぎていた私なんか、真っ先に肩叩きの対象ですわ」

「50を過ぎて肩を叩かれたら、どうしようもありませんわなあ」

「ほんまに。私なんか金属加工の仕事を一筋でしょ。潰しが利かんのですよ。目の前が真っ暗ですわ」

「ところが、あんじょうしなさった」

「ほんまに政府には感謝、感謝ですわ。

 競争力を失った産業をもう一度梃入れするとかいう政策で、私らみたいな路頭に迷いかけた人間にアニーを優先的に支給してくれましたもんねえ」

「その支給してもろうたアニーを、元職場の工場に遣わせて・・・・・・」

「そうそう。私が働かんとも、アニーに対する給金が自動的に私の懐に入ってくるでしょ。

 もう、最初は騙されたかと思いましたわ。こんな都合の良い話があるんか、と思いましてなあ」

「ほんまや。私も最初は同じように感じました。

 私の場合は、御宅より5年以上も遅れての支給でしたけどねえ」

「そりゃ、あんたは私よりシッカリした会社に勤めてはりましたもん。弱者救済が優先ですよ」


 この会話を怪訝に思う読者のために、現代の社会構造の一端を説明しておこう。

 今や人間の替わりに、人型アンドロイドが社会の至るところで働いていた。

 製造業は勿論、サービス業でも流通・小売に限らず、福祉介護産業にまで浸透していた。役所の窓口業務だって、今や本物の人間に出会うことは極めて稀であった。

 この人型アンドロイドは、アメリカに本社を構えるアニー社で製造し始めたので、その商品名もアニーと呼ばれている。この人型アンドロイドに関する知的財産権はアニー社が抑えているのだが、その製造拠点は先進国を中心に、全世界に点在している。勿論、日本にも人型アンドロイドの製造工場がある。

 その人型アンドロイドの製造現場で働いているのは、やっぱり人型アンドロイドである。

 つまり、勝手に自己増殖している。新たに製造された人型アンドロイドの大半は輸出に回され、発展途上国でも浸透し始めていた。

 この人型アンドロイドのアニーは、24時間365日、休まず働く。時間給で比べると、発展途上国の人間の賃金よりも結果的に安くなる。だから、先進国の製造業は国際競争力を取り戻した。

 その国際競争力を取り戻すプロセスで、最初は公共投資として国が大量にアニー社から人型アンドロイドを買い上げ、そして経済的弱者に社会福祉の一環として支給し、支給された者は企業と派遣契約を結んでアニーを働かせるという好循環が現出していたのだ。


 再び、先ほどの老人男性2人の会話に、聞き耳を立てて見よう。


「しかし、私らも暇ですよねえ。労働者でもないのに、こんなメイデーのデモ行進に参加して・・・・・・」

「暇だから参加するんですよ。働かなくなったら、他に遣ることがありませんもん。

 でも、家でジトーっとしとったら、直ぐに身体が動かんくなるでしょう? やっぱり、運動は毎日しとかにゃ。

 かと言って、毎日々々、近所の同じコースを散歩しとっても、飽きますわなあ。こんなイベントがあったら、是非とも参加せんにゃあ。参加すれば、こうして旧い知り合いとも会えますもん。

 それに、お借りしたヘルメットの被り具合。現役の頃を思い出して、懐かしいですわ。

 私らの周りの方も、みんな、同じと違いますかあ?」

「確かにねえ。今の時代。働き続けているんは、頭脳労働者と言われる人だけですもんね」

「けったいな世の中になりましたよ。

 私なんか、馬鹿でよかったと、本気で思うとりますよ」

「ほんまに。

 でも、デモ参加者のみんながアニーを所有しておるとなれば、このデモには一体どういう意味があるんでしょうなあ?」

「そんな難しい事を考えちゃ、駄目ですよ。私ら、頭脳労働者と違うんですから」


 そう。数十年前までは、メイデーのデモ行進といえば、ブルジョワジー(資本家階級)とプロレタリアート(労働者階級)の階級闘争だった。だが、この現代では、大半の庶民はアニーを所有するブルジョワジーであった。つまり、事の本質は、ブルジョワジー同士の利権の取り合いなのである。

 アニーの賃金を上げるという事は、それを所有する庶民の懐が温かくなる。温かくなった方が良いに越したことはないが、生活に困窮しているわけではないので、悲壮感なり切迫感は無い。

 この5月の気候のように、運動そのものを目的とした、穏やかな団体行動と化しているのだった。

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