第31話 日本の経済水域を死守せよ

 地球温暖化に関する国際会議が定期開催されるようになった。

 世界中の人間が海水面の上昇を体感するようになり、この国際会議での討論も年々白熱するようになった。そしてマスコミの注目も集めるようになった。

 海水面の上昇が顕著になったとはいえ、大国の危機感については未だ未だのレベルである。国土の一部が水浸しとなるには至っていないからだ。

 現時点で騒いでいるのは、太平洋の島国の方々。これらの国は、国土の水没が切実な危機となっていたからだ。満潮時には国土の大部分が水没するに至っていた。

 一方の先進国であるが、唯一日本だけが国際会議で積極的に発言し、国際世論の喚起に躍起となっていた。沖ノ鳥島の水没問題が喫緊の課題であったからだ。

 沖ノ鳥島は、太平洋上に浮かぶ最南端の日本の領土だ。神戸の南の遥か沖にある場所で、サンゴ礁と北小島、東小島から成る島だ。

 満潮時には海面から僅かに島の頭頂を浮かべるだけになる北小島と東小島は、その頂きを鉄製消波ブロックでぐるりと囲み、波による海食を防ぐのに日本政府は必死だった。

 約100年前には6つの露岩があったのに、今や2つだけとなっている。もし、沖ノ鳥島が島で無くなると、半径200海里の排他的経済水域が無くなるので、日本政府が必死になるのも当然だった。

 海洋法に関する国際連合条約によると、排他的経済水域を設定できる島と認定するには、自然に形成された陸地が満潮時でも水面上にあるという条件を満たす必要がある。

 更に、岩ではなく島であると主張するには、人間の居住または独自の経済活動を展開している必要があり、日本政府は燈台を設置したり、海洋温度差発電施設を建設したりと、涙ぐましい対策を講じていた。それでも、中国政府や韓国政府は「そんなのはインチキだ」と反論していた。

 ところが、温暖化で海水面が上昇すれば、そんな努力も水泡に帰す。だから、温暖化対策の国際会議で、日本政府は太平洋の島国諸国を鼓舞し、組織化して国際世論に訴えていたのである。

 水没に直面した国々は満潮時に国土が水没したとしても、人間の居住または独自の経済活動を展開している限り、排他的経済水域を設定できる島として認定し続けるよう、国際連合条約を改定する事を求めていた。


 一方、日本政府は同時に、日本海溝付近で発見された海底熱水鉱床や南海トラフ周辺の海底に眠るメタンハイドレードの開発に勤しんでいた。資源国ではないと思い込んでいた日本が、海洋に目を転じると実は資源国だったという事実に気付いたのだ。

 日本政府は深海底での採掘技術の開発に多大な補助金を投入し、民間企業の採掘技術をレベルアップしてきた。

 フィリピン海プレートの中央に所在する、肝腎の沖ノ鳥島周辺海域であるが、付近には火山帯も無く、鉱物資源は期待されていなかったので、本格的な調査も行われなかった。その状況が、昨今は少しずつ変わってきていた。


 日本政府の国家安全保障会議メンバーを集め、或る極秘会議が開かれた。

「沖ノ鳥島の南東700㎞の場所には、ゴジラ・メガムリオンと呼ばれる地域があります」

「それは何だね? あの怪獣ゴジラと関係が有るのかね?

 それでも、自衛隊がゴジラと対決するのは映画の中だけだぞ。総理大臣を前にして何の会議をするつもりなんだね?」

「失礼致しました。ゴジラよりもムリオンの方が重要でして・・・・・・」

「じゃあ、そのムリオンとは何かね?」

「はい。まず、唐突ですが、茹で卵をイメージしてください。

 地球とは茹で卵のようなものでして、マントルという高温高圧の状態の白身を、地殻という殻で覆っています。

 日本という国土は、この地殻の一部分です。マントルを直接観察できる場所は、この地球上の陸地には存在しません。ところが、海底の一部には、このマントルが露出している部分があって、その場所をムリオンと呼びます」

 ちなみに、話題に挙がったムリオンは縦125㎞、幅55㎞の大きさで、マントルが固まった岩塊としては世界最大級だった。だからこそ、ゴジラの名前が冠に付けられたのだ。

「それで?」

 その科学者以外の出席メンバーは、学術的過ぎて話に付いていけていない。

「このマントルですが、マグネシウムの含有量が20%程度と極めて高いのです」

「良く耳にするマグネシウムだが、具体的には経済活動にどう役立っているのだね?」

「幅広く使用されています。

 マグネシウムを添加した金属合金は、自動車、航空機、様々な機械部品に使用されています。また、肥料や食品添加物、医薬品などにも使用されています」

「マグネシウムが重宝する鉱物であることは分かったが、さっきのゴジラ何とかは、我が国の排他的経済水域の外に有るのだろう? そうであれば、そこでマグネシウムを採掘するというわけにもいくまい。

 それに、今日の議題は、沖ノ鳥島の水没問題のはずだが・・・・・・」

「はい。ここからが本題です。

 ムリオンの周辺域は地殻が無いので、高温高圧帯までの距離が短いのです。

 通常の海洋地殻は、その厚さが6㎞ほどですが、ムリオン周辺は1㎞ほども掘削すれば高温高圧帯に到達します」

 本題と聞いて椅子に座り直した出席メンバーだったが、学術的過ぎる話に、また付いていけなくなった。欠伸をする者も現れる。

「それで?」

「掘削パイプでボーリングするという原油掘削技術があれば可能です。つまり、既存技術で穴を開けることが可能です」

「穴を開けて、どうするんだ?」

「火山の噴火を誘発します。ムリオンの内部は高温高圧なので、マグマを噴出させます」

 ようやく出席メンバーが話に喰い付いてきた。

「新島を作れる?」

「そういうことです」

 その科学者は重々しく頷いた。


 こうして、日本政府は、沖ノ鳥島周辺で、ムリオン探査とマグネシウムの採掘を大々的に行うようになった。

 そして、数年経った或る日。その掘削現場付近で海底火山の大爆発が起こった。

 幸い、掘削現場の作業員は避難していて、噴火に巻き込まれた者は皆無だった。避難と言っても、接近する大型台風からの避難である。さすがに海底火山の噴火を予知することはできない。

 海底噴火の予知は不可能に決まっているというのが日本政府の公式発表だったが、実態は違っていた。海底火山の噴火は人為的な現象だったのである。

 ムリオン探査を隠れ蓑にして、実際は作戦箇所の選定を進めていた。

 マグネシウムの掘削作業を隠れ蓑に、ムリオン表層を覆う薄い海洋地殻に発破を掛け、ムリオンを剥き出しにする作業を進めていた。そして、最後の詰めとして、海上自衛隊の特殊チームが潜水艦で接近し、大量の爆弾をムリオンに突き刺した掘削パイプに放り込んだのだ。

 ムリオン内部のマントルを誘発するだけなので核弾頭並みの破壊力は必要なく、使用したのは通常爆弾だ。ただ核弾頭であれば1発で済むのだが、日本は核兵器を保有していない。

 仕方なく、通常爆弾を何発も何発も根気強く、密集して突き刺した掘削パイプ群に放り込んだ。地震計でムリオン内部の振動をチェックしながら。だからこそ、諸外国に気付かれなかったのだ。

 海底火山の噴火は、その巨大なエネルギーでもって、海水を持ち上げた。そして、海面に巨大な水飛沫を上げると、真っ赤なマグマと真っ黒な火山灰を上空高くまで吹き上げた。

 その自然現象は気象衛星にキャッチされ、世界中のマスコミが小型飛行機をチャーターして取材合戦を展開した。ただ航続距離の問題からヘリコプターは使えず、現場上空を旋回するチャーター機の小さな窓からしか現場撮影はできなかった。


 噴火活動は半年余りも続き、沈静化し始めた時には海面に黒々とした新島が誕生していた。

 日本の排他的経済水域の中での自然現象であったことから、海上自衛隊は各国の艦船が近づく事を拒み、日本政府は悠々と自国領土である事を宣言した。こうして、日本政府は沖ノ鳥島周辺の排他的経済水域問題を解決したのだ。

 この噴火を境に、地球温暖化に関する国際会議に参加する日本政府の出席率は、急落した。現金なものである。

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