第30話 高性能システムキッチン

 皆さんは、スーパーで食材を買い物する時、レトルトパック入りの鍋スープや、調味料を配合したジェル状の中華料理の素なんかが、野菜や精肉と比べて重量当りの単価が高いと思ったことはないだろうか?

 食品工場で大量生産しているはずなのに、農家や畜産家の方が数カ月に渡って手間暇かけて作った野菜や精肉より、重量当りの単価が高い理由とは?

 考えてみれば至極当たり前の事で、調味料を配合した調理支援食材の価格には、知的財産の価値が上乗せされているからである。

 この調味料の配合比率というのは料理の味付けを大きく左右するもので、メインの食材を焼いたり、煮たり、炒めたりの火加減や加熱時間の制御技術よりもずっと、料理の出来栄えを左右する。


 或る家電メーカーがこの点に目を付けて、高性能システムキッチンを開発した。

 ガスレンジや食洗機が組み込まれているのは当たり前。どのような機能をして高性能と言わしめるのか? それは調味料の配合を自動化したのである。

 ここで考えてみて欲しい。

 皆さんは、システムキッチンの一画を占める収納棚に調味料の瓶を置いてないだろうか?

 恐らく、サラダ油の隣に、醤油、酢、ミリン、ソース、だし汁、チリソース、ニョクナムなんかの調味料の瓶が並んでいるはずだ。しかも、それらの瓶は瓶口を上にして置いてあると思う。瓶口を下にすれば、中身が漏れ出すから。

 でも、逆転の発想の種はそんな所に転がっているのであって、瓶口を下にして置く。

 調味料用の棚はビール瓶の収納ケースのような感じになっていた。

 勿論、棚の底には計量機能付きのストッパーが有って、主婦は逆さまにした調味料の瓶をその穴に滑り込ませるだけでいい。どの調味料を何ml配合するのかは、システムキッチンが自動で設定する。

 塩、砂糖、胡椒なんかの粉状調味料や、味噌、キムチの素なんかのジェル状調味料も、それら専用の収納棚に保存する。ジェル状調味料だけは、主婦が自分の手で収納棚の中の専用ケースに入れ替える必要があるが、なあに大した手間でもない。

 システムキッチンは、どういう情報に基づいて配合比率を判断するのか、だって?

 タブレットに専用アプリをダウンロードして、その専用アプリ画面に冷蔵庫に残った食材を手書きで書き込むのだ。

 すると、専用アプリは家電メーカーのホームページにアクセスし、ネット検索で最適と思われるメニューを提示してくれる。第一候補が気に入らなければ、第二、第三の候補メニューに差し替えれば良い。極めて単純な作業だ。

 ちなみに、そのタブレットはシステムキッチンとセットで販売しているか、だって?

 いやいや、皆さんが既にお使いになっているタブレットで十分です。システムキッチン専用のタブレットなんて邪魔なだけでしょ。

 タブレットをお持ちでない? 仕方ありませんね。お買い求めください。暮らしが豊かになりますよ。


 この高性能システムキッチン、日本では爆売れした。

 ところが、海外の主要国では、さっぱり売れなかった。後知恵で考え直してみれば、これも至極当然な話なのだが・・・・・・。

 まず、アメリカ人。

 大半のアメリカ人は味覚に無頓着なので関心を抱かなかった。しかも、テイクアウトで済ませたり、冷凍食品をレンジでチンするだけの食文化なので、高い価格のシステムキッチンの必要性を認めなかった。

 次に、中国人。

 中国人の場合は、趣味も兼ねて自ら料理する夫が多い。

 それに1人ッ子政策の影響で、祖父母が子育てに加えて料理も肩代わりしてくれる家庭が多く、家計を預かる主婦が食指を動かさなかったのだ。

 男女平等に女性も働く国柄でもあり、日本と比べて主婦が台所に立つ機会が著しく少ないことも敗因の1つだった。

 極端な例を挙げると、インド人。

 基本はカレー。インド人に言わせると、カレーと一括りするのは間違いで、千差万別の細かい違いがあるらしいが、この家電メーカーが調味料のカレー用配合ソフトの構築を断念した。調味料というか香辛料の種類と微妙な匙加減に太刀打ちできなかった。

 他のイタリア人やら韓国人やらタイ人なんだが、彼らは自宅で外国料理を料理しようとは思わない。自宅で作るのは、誇りを持った自国料理だけ。

 自然と自宅で使用する調味料の数も少なくなる。日本人がいとも簡単に味噌汁を作るのと同じで、わざわざ高機能システムキッチンの手助けを必要としない。そういった事情だった。


 それでは何故、日本でだけ、この高機能システムキッチンが販売数を伸ばせたのだろうか?

 勿論、日本の全ての主婦が高機能システムキッチンに飛び付いたわけではない。

 数少ない調味料だけで我流の家庭料理を作り続けた主婦もいたし、逆に腕に自信を持っている主婦は、自ら調味料の配合比率をアレンジして創作料理を作り出していた。

 ただ大半の平凡な主婦達は、或るニュースを機会に、高機能システムキッチンに飛び付いたのだ。そのニュースとは、或る家庭裁判所が取り扱った離婚の判決、正確には財産分与の算定根拠の部分だった。

 夫は「妻は家事を満足に果たしていない。例えば調理。妻は高機能システムキッチンに登録されたメニュー以外の料理を調理したことが無い」と主張した。

 これに対して裁判官は「妻が大して調理という行為に努力を注いでいないのは事実であるが、高機能システムキッチンのお陰で、夫は美味な食事にありつけたはずである。よって、妻は満足するレベルの家事をこなしていたと判断する」と裁定したのだ。

 このニュースを機会に、高機能システムキッチンを導入していれば離婚訴訟の時に有利になるという悪知恵が、日本の主婦層に浸透した。

 世間の夫達は、妻に「あなたに美味しい料理を食べさせてあげたいの。でも、私1人の力では叶わなくて・・・・・・」と健気な仕草で懇願され、割高なシステムキッチンを相次いで購入していった。

 能有る鷹は爪を隠す。

 妻達が離婚を決意するハードルが下がったのだから、夫達は、熟年離婚されないように妻達の機嫌を取り続けなければ大変な事になるのだが、その事に気付けるほど洞察力の有る者は少なかった。

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