第5話 タイムカプセル

 日本リーベン地区では、昔から続く小学校卒業前の風習として、校庭の一画にタイムカプセルを埋めていた。小学生達は、未来の自分に向けて、所信表明の手紙を書くのだ。

 今年もそうである。

『僕はサッカーが得意なので、サッカー選手を目指します。テレビにも出て、綺麗な女優と結婚したい』

『家庭科の授業で料理が面白いと思いました。料理研究家を目指します。お嫁さんでも良い』

『勉強して、勉強して、偉くなる。困った人達を助けるんだ!』

『海外で活躍する。英語を勉強して、フランス語も勉強して、ヨーロッパに住みたい』

 小学生の目の前には無限の可能性が広がっている。

 中学校に進学する直前に自分の将来について考えるのは、有意義な体験だ。

 短冊状の紙に鉛筆で手紙を書き、自分の顔写真を添える。そして、1つだけ自分の大切にしている物をタイムカプセルに入れる。

 そのタイムカプセルは、1人用の水筒程度で、直径5㎝、長さ20㎝程度の小さなアルミ製の筒だ。

 自分の大切にしている物と言っても大きさに制限がある。しかも、小学生である。殆どの小学生は修学旅行で買ったお土産を、未来の自分への贈り物としていた。キーホルダーや箸、しおりなんかだ。

 それともう1つ。

 学校が支給した小さな電子端末を入れる。電子端末と言っても、ボタン電池の様な物だ。これがタイムカプセルの最も重要なパーツであった。

 地球連邦政府の秘密作戦でしか、時間転送装置は本格使用しない。それでも、誰もが詳しくは知らないけれど、時間転送技術の存在は広く知れ渡っている。秘密のベールに包まれている理由は、誰もが過去をいじれば、世界が混沌に陥ってしまうからだ。

 それを踏まえた特例として、未来の自分からタイムカプセルにメッセージを送ることが許されていた。

 但し、歴史を書き換えてはいけないので、具体的な内容は駄目だ。固有名詞の使用も禁止されていた。

 そして、そのメッセージは音声情報ではなく、文字情報だった。文字情報に限定される理由は、歴史改変リスクの回避ではなく、時間転送するデータ容量の制約だった。

 小学生は10年後にタイムカプセルを掘り起こすことになる。大学に進学していれば、その卒業前だ。世の中に羽ばたこうとしている正にその時であった。

 掘り起こしたタイムカプセルから電子端末を取り出し、カプセルの頭頂部に組み込む。そうすると、カプセルの側面ディスプレイにメッセージが表示されるのだ。

 そのメッセージだが、更に30年後の自分が、つまり50歳を過ぎた自分が書くのだ。その時が来れば、専用の入力装置でメッセージを入力する。

 預託よたくメッセージは、セルフレター社によって時間転送局に持ち込まれ、30年前の電子端末に転送されると言う仕組みだった。

 小学生がタイムカプセルを埋めている一画から離れた別の一画では、22歳になった卒業生達が10年前に埋めた収納箱を掘り起こしていた。

 収納箱から取り出したタイムカプセルを配られた1人には、こんなメッセージが表示された。

『月並みだけど、人生は山あり谷ありだ。挫けそうになっても、自分の夢を信じろ。実際、夢は花開く』

 男子学生は、電子工学部を卒業し、本社が中国大陸にある電子機器メーカーへの就職を決めていた。4月からの勤務地が日本の工場なのか、東南アジアの工場なのかは、今日時点ではわからない。

 男子学生の夢は、技術で開発途上国の人々の暮らしを豊かにすることだ。具体的なイメージは全く無いが、当然ながら、社会に出れば苦労も有るだろう。でも、その心構えが出来たような気がした。助言者は30年後の自分なのだから。

 他の1人には、こんなメッセージが届いた。

『人生に悲観する必要は有りません。きっと誰かが貴女の努力を見ていてくれます』

 彼女は不治の病を患っていた。

 医学が日進月歩で進歩しているとは言え、今日現在、完治療法は無い。

 でも、30年後の自分からメッセージが届いた事で、病を癒す希望が見えてくる。少なくとも自分は、30年後までは生きている。

 今は服薬の副作用がきついけれど、闘病生活を頑張ろう。そして、少しでも自分の人生を活かす為の準備を進めておこう。そう心に決めたのだった。

 50歳を過ぎた卒業生も幾人かは居た。この日は、セルフレター社の臨時出張所が小学校に開設される。

『お前は離婚する運命に直面するが、気にすることはない。人生は遣り直しが効くんだ』

 セルフレター社の担当者の役目は、過去の自分に贈るメッセージの預託もる事ながら、メッセージ内容のチェックが最も重要な使命だった。

「田中さん。そのメッセージはお預かり出来ません。

 離婚の可能性を予告された過去の貴方は、離婚回避の努力を始めますよね?

 それは、小なりといえども、歴史を変えることになります。具体的な事は書けないのです」

「そうですか。そう言われると、メッセージを考えるのは難しいですね」

「そんな事はありません。

 実際問題、貴方は30年前にメッセージを受け取っているのです。その内容を思い出して頂ければ良いのです」

「確かに、おみくじみたいな内容だったような気がします。

 話は外れますが、こうやって30年後に思い出すくらいなら、30年前のメッセージを保存しておけば楽ですよね? 50歳を過ぎると記憶も風化してしまいますよ」

「そう考えるのも無理はありません。でも、貴方自身がメッセージを打ち込む。それが大切なのです。

 鶏と卵ですが、今日、貴方がメッセージを贈らないと、30年前の貴方は受け取れなかったはずなのですから」

 40年後の卒業生を指導するのは手間が掛かるので、セルフレター社の支店で随時メッセージを預かっている。メッセージを贈る方も社会でそれなりの地位を占めており、小学校6年生がタイムカプセルを埋める日に合わせて母校に足を運ぶのも難しいからだ。

 こうやって回収したメッセージは、システムネットにアップロードされた。

 そして、性別等の属人データを照合した上で、翌年の22歳の卒業生のタイムカプセルに入った電子端末にランダムで自動送信された。

 この事実は極めて限られた人間しか知らない。

 そうだ。

 30年後の自分からメッセージを受け取ると言うのはトリックだった。幻想だった。

 セルフレター社の創業者が始めた夢を売るビジネスだったのである。

 時のロープ理論に基づけば、時間宇宙はジャックの豆の木の様にねじじれており、過去の自分自身に連絡することは不可能だ。

 この事実は最高機密であり、それよりもまず時間転送局が過去への干渉を許すはずがない。

 とは言え、時間転送局がセルフレター社を告発することは無かった。

 この幻想のお陰で、人生を歩み始めるに際して、人々は自分を勇気付けることが出来た。不幸になる人は、ただの1人も居なかった。

 信じる者は救われるのである。

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