第4話 虫米
約30年前、ベンチャー企業のアグリインセクト社は、
つまり、米の替わりに虫米を食べると、そのダイエット効果はてき面だった。
食事摂取時のエネルギー消費比率は、タンパク質の方が炭水化物より高いからだ。しかも、栄養価的には、肉類を食べる必要がない。
女性消費者は、虫への嫌悪感に
生産者が、安い値段で虫米を供給できたのには幾つか理由がある。
まず、虫米とは、蝶に羽化できない幼虫である。羽化できる幼虫は、アグリインセクト社の密封工場で厳重に管理されている。この幼虫の生育期間は約1カ月だ。
食べ物は雑草、何でも良い。逆に、稲や野菜、芝生、園芸植物なんかを食べないように遺伝子設計されている。ポイントは、バナナの葉には目が無い。この嗜好性もワザと遺伝子設計されている。
従って、生産者は、アグリインセクト社から買った卵を耕作放棄地なんかに散布する。
そして、1カ月後にバナナの葉を散布地の要所要所に山積みする。虫米がビッシリと付いたバナナの葉を回収して
また、田植えから米の収穫まで半年弱を要するが、虫米の場合は1カ月だ。生産効率が非常に良かった。
一方、虫米の生存可能温度は10℃から30℃の間。万一、虫米の成虫が熱帯のバナナ農園に逃げることがあっても、子孫繁栄は不可能であった。日本でも、夏の盛りと冬は、虫米の放牧はできない。
この虫米の監督権を巡って、一次産品省と衛生労働省が火花を散らした。結果は、食するといえども昆虫は検疫対象だ、と主張した衛生労働省に軍配が揚がった。
「えっ! 今年の作付面積をまた減らすんですか? 勘弁してくださいよ。米は日本の文化ですよ」
農業共済団体職員が地域の農家を訪問した際の発言である。その発言を聞いた農家の方は、気兼ねしながらも抗弁する。
「だってさあ、虫米の方が楽だべさ。
それに
そうすりゃあ、お宅から借りた借金だって早く返せるずら」
虫米の発売開始以降、全国で、このような事が相次いだ。田圃の耕作放棄が急速に進んだのだ。正確には、耕作放棄ではなく、転作なのだが。
この現象に頭を悩ましたのは、与党自由立憲党の農林族議員と一次産品省官僚である。その検討部会での遣り取り。
「先生。この状況で減反政策を維持するのは不可能ですよ。
少なくとも、減反奨励金の予算は返上しないと、財政省が黙っていません」
「そうだなあ。別に農家も困ってないしなあ。困るのは農共だけかあ・・・・・・」
「それに経済貿易省からは、輸入米の最低アクセス枠の撤廃を打診されています。
経済貿易省は自由貿易の実現を喧伝したいんでしょうが、我々だって、米の消費量が虫米に取られて激減していますからね。輸入米の数量が固定されると、需給は寧ろ緩みますよ」
「そうだなあ。その方が得だよなあ」
こういう経緯を経て、米に関する輸入障壁は撤廃された。
ところが、アメリカが喜んだかと言うと、そうでもない。畜産農家が飼料として輸入していたトウモロコシが虫米に変わり始めたのである。
穀物と虫ではコスト競争力が全く違う。当然ながら、虫米の方が安かったのである。
しかも、炭水化物のトウモロコシよりも、タンパク質の虫米の方が、家畜の成長を早めた。脂肪を増やして霜降り肉を目指す畜産農家だけがトウモロコシ飼料を買い続けた。
飼料輸入の商売を失った日本の商社は、虫米用のバナナの葉の輸入事業に本格参入した。さすが商社である。
天下無敵に見えた虫米だったが、その足下を揺るがす大事件は、海の向こうで起きた。バナナの木を立ち枯れさせるパナマ病の土壌菌が世界中に蔓延したのである。
これまでは、バナナのプランテーション農家から副産物としてタダ同然で購入してきたバナナの葉だが、一転して、入手が困難になってきた。バナナの葉がないと、虫米の回収ができない。
こうして、日本では虫米の供給パニックが発生した。
急遽、米と家畜用飼料の輸入が再開された。急激な買い付けは輸入価格を釣り上げることにもなった。
もう1つ。日本人の肥満比率が反転、急上昇し始めたのだ。日本人は、虫米の普及に安心して、少し多めに食事を摂るようになっていた。急には胃袋が小さくならない。
現在、アグリインセクト社は、監督官庁の衛生労働省からの補助金を受けて、バナナの葉に替わる熱帯果樹を模索中である。
ただ、どの果物も、バナナに比べると世界的な流通量が少なく、また葉の付き方が疎らなので、アグリインセクト社としても妙案がないのが実態であった。
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