死ぬまでアニメ

めらめら

死ぬまでアニメ

「ぐうううぅ……いかん! あのの事が、頭から離れない!」

 冬の夜。日曜日だった。

 大邸宅、冥条屋敷の書斎。朽葉色の羽織を着流した一人の老人が銀色の総髪を掻き毟りながら机の前で煩悶している。

 聖痕十文字学園せいこんじゅうもんじがくえん理事長、冥条獄閻斎めいじょうごくえんさいが机上の何かを見据えながら、苦しげな表情で唸っているのである。

 そして見ろ。マホガニー製のシックな机には、この老人の落ち着いた書斎に、およそ似つかわしくないファンシーな大判の冊子がある。

 机上で開かれていたのは、ちょうど今日の昼間、孫娘の琉詩葉るしはを連れてイオンシネマ多摩センターで観賞してきたアニメ映画『魔法少女まじか&めらら』のパンフレットであった。


  # 


 孫の琉詩葉にせがまれたから、という建前ではあったが、一昨年に放映されたTVシリーズを孫につられて通し見していた獄閻斎自身もまた、今回の新作アニメを楽しみにしていたのである。(昨年の総集編も良かったが、すごく美味しくて価格も安いフルコースの後に食べる、超高級なデザートみたいな感じではあった。)


 はたして満を持して公開された今回の新作映画は、期待に違わぬリッチ感であった。

 終盤までの展開自体も実に面白く、獄閻斎は正に息つく暇もなく画面に釘付けになっていた。

 各キャラクターが口にする世界観の微妙な齟齬がきっちりと伏線になっていて、後半のカタストロフ向かって一気に収束して行くところなど、思わず唸るくらい見事だったし、なにげない日常の幸せな営みが本当は地獄の無限ループ世界だったとか、平和な学園の光景を一皮めくると茫漠たる虚無の宇宙が広がっているとか、獄閻斎はそういうシチュエーションが大好きで、大いに楽しんだのであった。


 だが真の衝撃は終盤に訪れた。


 ヒロインの焚火たきびめららが、恋人のまじか・・・に対して取ったある行動に、前知識を持たずに映画館に足を運んだ獄閻斎は、完全に打ちのめされてしまったのだ。

 シリーズ通したこれまでの展開の全てをひっくり返してしまうような彼女の行動と、口にした真意。そしてあの表情。

 ダメ押しが終幕の光景だ。ラストで一人、彼女が月夜の草原でバレエを舞うシーンの惻惻とした怖さと美しさに、老人は戦慄しながらも哀切に胸打たれ、不覚にも落涙してしまったのである。


「めらら……何で、あんな事を……!」

 獄閻斎は一人そう呟きながら、パソコンのモニターの中で微笑む黒髪の(アニメの)少女を、切ない顔で見遣った。


  # 


 いや、理屈は分かるのだ。前作の映画ひいてはTVシリーズと対になるような強さの物語にする為には、この手法しかなかっただろう。

 事実映画を見終わった今となっては、もはやアノ展開以外の終幕など考えようが無いし、めらら・・・本人にとっては間違いなく一つのハッピーエンドであるわけだから、一観客に過ぎない獄閻斎があーだこーだ言う筋合いは、元よりない。


 ないのだが、

  ないのだが……!

   なにかが納得いかないような……!!


「落ち着け……落ち着け、わし!」

 頭をふりふり、老人は昼間受けた衝撃を、どうにか整理しようとしていた。


「わ……わしがめらら・・・自身だったとしても(←不愉快な表現をお許しください)、あの場面なら絶対に同じことをするじゃろう。だいたい最愛のひとが神様になって、世にあまねったとしたって、わし自身はちっとも幸せでもなければ満足もできないわい! 無理やりにでも彼女を奪い取って、わしの手元で永遠にナデナデしていたいものじゃ。それが人間というものじゃろ。女の子だもの。そういう意味では今回の展開も十分あり。正しい! 正しい……のだが、いや、だがしかし!」

 突如、獄閻斎は激しい混乱と不安に襲われて眉を八の字に寄せた。


「続きは、続きはどうなってしまうんじゃ? ラストの引きからして、三作目も作る気マンマンだろこれ……」

 着流しの老人は更なる恐怖に駆られて、パンフレットのページを頭から終わりまで行ったり来たりした。


「順当に考えると、てゆーか、どう考えても、あの二人が戦う展開……!」

 老人の目が、怒りでカッと見開かれた。


「そんなのだめじゃー!!! だめじゃ断じて!!!!」

 獄閻斎は耐えきれず、思わずパソコンの前で絶叫してしまった。


めらら・・・はなぁ、ずっとまじか・・・の事だけ・・を想って、たった一人で戦ってきたんだぞ! まじかだってその想いに答えたくて、前作でああいう選択をしたんじゃねーか! その二人が戦うなんて! そんな続編が見たいか!? 見たいのか、貴様らは~~~!!!!」

 一体全体、誰に向かって喋っているのか。

 完全に常軌を逸した目で中空を見据えながら、着流しの老人は吠えた。

 だが次の瞬間には……


「ヒグッ!」

 老人の目が竦んで、怪しげに宙を泳いだ。


「……いや、見たいような、見たくないような……いかん! でも……続きは見たい……ダメだダメだ! ああもう! モヤモヤするー!」


  # 


 ……このざまである。


 この世のどこにも実在しない、ただモニターやスクリーンの中でだけ生きている二次元の女の子達。

 その子たちの一挙手一投足をハラハラしながら眺めまわしては、普段は明鏡止水めいきょうしすいを座右の銘とする還暦もうに過ぎた老人が、この痴態だ。


 時々こういう目に遭うから、アニメはイヤなのだ。


 特定のキャラクターの行く末や行動が一日中頭から離れなくなってしまい、理事長としての執務にまったく手がつかなくなったり、そのキャラが好きすぎて悶々として、夜も眠れなくなったりしてしまうのだ。


 昔っからそうだった。『Zガンガル』『Vガンガル』『うちらの』など、見れば嫌な気分になるのは自明の皆殺し作品だって、豆腐メンタルの主人公達や気違いヒロインの行く末が気が気でなく、毎週ハラハラしながら見ていた。

 前世紀の闇崎アニメなど、どれも録画した日テレのビデオテープ・・・・・・が擦り切れるくらい、何度も何度も何度も何度も何度も見返してウットリとしていたものだった。

 最近実写化が進行中の警察アニメなどは、もう好き過ぎて好き過ぎて、当時はどんな映画を見ても、そのアニメの劇場版を引き合いに出しては、「なんか哲学性ってゆうか、思想性ってゆうか、あの映画と比べると、どうにも深みに欠けるものじゃのう」などと、いま思い出しても顔面が炎上しそうな御託を得意げに喋っていたものである。

 それから少し後、これまたズブズブに嵌っていた『えば』の前世紀の劇場版を見た時は、さすがに背中に冷や水を浴びせられた気がして、一時アニメから遠のいた事もあったが、まあ短いインターバルに過ぎなかった。

 今世紀の劇場版『』を見る頃には、そんな心の傷も昔の事。もう何の後ろめたさも無く、心おきなくプラモやフィギュアを買い漁りながらウキャウキャ喜んでいたものである。


 それでも、さる不幸な事情から孫娘の琉詩葉るしはを、男手一つで育てなければならなかったこの十年は、人死ひとじにやエッチな場面の出る作品などは流石に自ら謹んでいたつもりではあったが、それも年頃になった琉詩葉がアニメに手を出すようになるまでの話だった。

 今では逆に、孫と一緒に『コードゴルディアス』『まじ&めら』『ガンガルディア』『ヴルヴルヴァルブ』『ビルドバトラーズ』『俺の孫がこんなに可愛いわけがない』『僕は友達がいない』『とらぬ狸の皮算用マスマティックス』といった、脳汁がぴゅるぴゅる噴き出すような大好物厨二アニメを見まくる黄金の日々が、再び始まっていたのである。


 とはいえ、流石に最近は良い作品も、俗悪な作品も数だけは見慣れてきた。

 わしも年を取った。一時期の様にムックやDVD、完成品フィギュアの泥濘に浸かる事も、もう無いじゃろう……。


 そうタカを括っていた矢先に、今年のコレである。


 『まじ&めら』。そもそも元になったTVシリーズも、第四話からなんとなく見始めた放映当時から、実に不穏な迫力に満ち満ちていてモニターに釘付けだったし、最終回に至る急展開には、すげーSFっぽい! と感心しながら主人公の最後の選択に鳥肌が立ったものだった。

 当時の地震で怖い思いをした最中、真っ先に頭に浮かんだのは「今死んだらアレの続きが見れない!」であった(実話)。

 完璧な形で終わったあの話の新作映画を、いったいどうやって作ったのか、お手並み拝見。

 そんな物見遊山で劇場に足を運んだ果てが、獄閻斎の今のこのざまなのである。


「うぅうぅうぅう……!」

 ひとしきり吠えて、どうにか落ち着きを取り戻したものの、獄閻斎は未だに心の整理がつかなかった。

 媒体の類を問わず、面白い作品というのは得てして触れる者を凶暴で淫靡な気持ちにさせるものだが、老人もまた今再び、この作品の持つ異様な毒気に完全に当てられてしまったのである。


 だが不意に……!


(落ち着いて……。獄閻斎くん!)

 老人の耳に、かすかに誰かの声が聞こえた気がした。


「はっ!? その声は!」

 混迷した心の暗闇に一筋の光明が差したような気がして、老人は机上のパソコンに目を遣った。


(獄閻斎くん……今は私を信じて! ただ応援・・して!)

 モニターの向こうの黒髪の少女が、少し困り顔で老人にそう話しかけてきたように思えたのである。


「いかん! いかん! そうじゃ、わし如きが今更何をゴネたって、めらら・・・を困らせるだけじゃ……」

 頭に立ち込めた霞が晴れ、ハタと悟りが開けたような気がして、獄閻斎は顔を上げた。


「そ……そうじゃ! それしかない。今はただ、心静かにめらら・・・応援・・しながら、人事を尽くして次の映画を待つのみ!」

 そう呟きながら椅子から立ち上がり、獄閻斎は己が指をパチリと鳴らした。


 すると、


 ギギギギギ……


 見ろ。軋んだ音を立てながらスライドしていく書棚の向こうに広がっていたのは、広さ二十畳に及ぶ隠し部屋である。

 その部屋の壁一面を覆った陳列棚に並んでいるのは、70年代~00年代にかけての主要なサンセットロボットアニメのLDボックス、DVDボックス。闇崎アニメ全作、その他ポプリ作品数点。えば。アメリカ版を除いたゴシ"ラシリーズ全作品。その他主要東邦特撮映画。『雷王』を筆頭にここ数年の平成ライダー(内輪揉めとかしないやつ)etc etc...

 そして無数の戦闘機、ロボット、怪獣のプラモデル、ガレージキット、超合金玩具。

 部屋の中央に鎮座するのは80インチ4Kテレビとそれを半円状に囲んだ5.1chサウンドセット。

 孫の琉詩葉にも秘密の、獄閻斎の趣味空間ホビースペースであった。


「この部屋にも、新たな陳列棚ラックが必要か……!」

 そう呟く老人の顔には、ようやく余裕と落ち着きが戻って来たかに見える。

 だがその目には、いまだ先刻と変わらぬ不穏な狂気の炎がチロチロと煌めいていたのである。


  # 


 そんなわけで数日後。


 案の定、獄閻斎の秘密部屋はジャングルで取り寄せた完成品フィギュアやブルーレイDVD、アニメ雑誌、ムックの類で埋め尽くされ、さながら『まじ&めら博物館』の様相を呈していた。

 だが、有り余る財力カネにものを言わせて、どれ程のフィギュアを買い漁っても、獄閻斎の心は虚しかった。

 今年の夏に嵌ったロボット映画の時は、全『猟機兵』と『KAIJYU』をコンプリートしたことで胸に燃え上がるロボット魂の炎をどうにか鎮火したものだったが、今回はどうも勝手が違うのである。


「だめじゃ……! どれだけフィギュアを集めても、胸のモヤモヤが収まらん! わしのこの情熱を、めらら・・・への気持ちを、いったいどうやって表現したらいいんじゃー!」

 相変わらずトチ狂ったことを言いながら、獄閻斎は頭を抱えた。


「ううぅ……! めらめら・・・・……」

 心に萌え立つめらら・・・への思慕を何処にぶっこむ当てもなく、老人は『悪魔めらら』で検索ヒットした、画像投稿サイト『ピクピク』の素晴らしいイラストレーション群を眺めながら、ただ悶々と無為な時間を過ごすしかなかったのである。


 だが、不意に……!


「やはり……! 自分で作るしかないか……!」

 そう呟いて、顔を上げた老人の目は、先程の混迷ぶりから一転。決然として厳かとさえ言える光が宿っていた。


  # 


 その夜。


 老人が足を運んだのは邸内の火事で崩れ落ちた後、再び建て直されたガレージ。獄閻斎の『作業場』であった。


「思えば、人様のこしらえたフィギュアなどで心を満たそうとしたが、わしの誤りであった……」

 そう言って老人が座した作業机の上に積まれていたのは、累々たる石粉粘土の包みとエポキシパテ。

 幾本もの粘土箆スパチュラ、デザインナイフ、彫刻刀、そしてミニリューター。

 なんたることか。既存の製品をいくら買い集めても心満たされぬ獄閻斎は、自らの手でめらら・・・の姿を形作らんと決意したのである。


 心燃え立つ映画やアニメや小説や漫画……『作品』に触れた時、ある種の人間は、いてもたってもいられぬ気持になり、自らも二次的な創作活動に打ち込み始めるものだ。


 ある者は、画像加工ソフトで絢爛豪華に仕上げた素晴らしいイラストレーションを画像投稿サイトに発表する。


 ある者は、百合百合ネトネトなエロマンガを描き綴っては、薄い本にして出版したりネットに晒したりする。


 ある者は、本人以外誰にも理解できないような怪奇小説をせっせと書き殴っては、小説投稿サイトに投稿する。


 そして今、獄閻斎がとった表現手段こそが、『美少女フィギュア』の完全新規造形フルスクラッチだったのである。


 若い頃は『カイジューの凛ちゃん』なる異名を馳せた凄腕造形師の獄閻斎であるが、当時得意としていたジャンルは、異名の通り怪獣、そしてロボットの類。美少女フィギュアの造形に関してはほぼ門外漢といえた。

 決してその分野に興味も理解もなかったわけでは無い。

 だが、当時老人の中にあった「いやー。ロボや怪獣は好きだけどフィギュアまではねー」的な微妙な差別意識が、老人の手腕の先をそのジャンルから遠ざけていたことも、また否めない。

 アニメ好きとしての獄閻斎は、日々モニターの中の美少女に萌え狂っていたというのに、モデラーとしての獄閻斎は、あろうことか立体物におけるそのジャンルを敬遠すらしていたのである。


 まったく、今思えば愚劣極まる態度であった。


 「ただ好きだから作る、集める」という、完全な個人の嗜好でのみ成立する模型趣味の世界において、ジャンルによって自らの中に貴賤を設けて他者の嗜好を嘲るなど、正に無粋の極み。趣味人としても造形師としても、最も唾棄すべき思考である。

 戦車もヒコーキもNゲージもガンプラも美少女も等価なんだよ! 覚えとけ!


我既われすでに、フィギュアに迷う心無し……!」

 そう悟りを開いた獄閻斎に、もはや躊躇は無かった。

 めらら・・・むかって萌え立つ思慕が、この齢七十を超えた老造形師をして美少女フィギュア完全新規造形フルスクラッチへの初挑戦を決意せしめたのである。


「めらら……! 待っておれ……!」

 老人は石粉粘土の包みを開けてそう呟くと、眦を決して中身をこねくり始めた。


  # 


 そんなわけで数日後。


「うむう……! どうにか形になったわい……」

 額に玉の汗して獄閻斎は唸った。

 見ろ。作業机の上に優雅に佇んでいる老人の作品を。

 宙に靡いた黒髪ロング。黒鳥を模した衣から伸びたしなやかな四肢。背中には堕天使の翼。唇に人差し指して嫣然と微笑む少女の人形ヒトガタ

 老人が己が技術と情熱の全てを注いだ精華、1/6スケール『悪魔めらら』の姿であった。

 設定画に穴が開くほど何度も何度も目を通し、二次元上のデザインを立体映えするよう再解釈した造形アレンジも申し分なく、ホワイトの下地をベースに染料系塗料を多用した透明感のある彩色も見事である。最新の完成品市販フィギュアと比較しても、十分遜色のない作品に仕上がっているのである。

 フィギュアに関しては、何も技術的下地が無いかに思われた獄閻斎であったが、もともとあったモデラーとしての地力に加えて、これまで散々買い漁り眺めまわしてきた完成品彫像スタチューと、関節がプラプラになるまで遊び倒した可動フィギュアども(どんな遊び方をしたかは秘密である)に込められた造形表現が、獄閻斎自身も気づかぬうちに、最新の美少女造形手法メソッドを老人の内に刷り込んでいたのである。

(日本の模型シーンにおけるこの二十余年で、こと表現技術の革新という面で、最も劇的な変化を繰り返してきたのは、スケモでもロボットでも怪獣でもなくおそらくは『美少女フィギュア』であろう。定期的にポッと一人、先鋭的な表現技法を有した造形家が現れると、半年後にはもうシーン全体がそのレベルまで底上げされているのである)


 だが、しかし……


「ダメじゃ! 何かが足らん!」

 獄閻斎は納得できていなかった。

 出来栄え自体は申し分ない。だが画竜点睛、その一点が足らぬように老人には思えたのだ。


「はっ!」

 己が作品を不満げに眺めまわしながら、獄閻斎はハタと気づいた。

 妖艶に微笑んだめらら・・・の瞳が、どこか、寂しげな憂いを帯びているではないか。


「そうじゃ! 足らぬのは……『愛』じゃ!」

 そう気づいた獄閻斎は、己の考えの浅はかさにポカポカ自分の顔面を殴りたくなった。

 小手先の技術にばかり目が行って、大事なものを見失っていたのだ。

 わしは、めらら・・・に幸せになって欲しいんじゃなかったのか!


「どぅふふふふ……愛じゃ、愛じゃ~~~~~!」

 ブツブツとそう呟きながら再び石粉粘土をこね回し始めた老人の目は、完全に正気の光を失っていた。


  # 


 数日後。


「最近また、お祖父ちゃんがガレージに籠りきりになってる……」

 冥条屋敷の渡り廊下から、邸内のガレージに灯った明かりを眺めながら、燃え立つ紅髪をゆらした獄閻斎の孫娘、冥条琉詩葉めいじょうるしはが不満げにそう呟いた。

 次回の『ガンプラバトル』に参戦するための機体の改造を、凄腕モデラーの祖父に頼もうと思ったのに、最近の獄閻斎は何かに取りつかれたようになっていて、なかなか彼女に構ってくれないのである。


「ん~~~! ぁゃιぃ……!」

 ガレージの明かりを消して勝手口向かって歩いていく老人の姿を追いながら、琉詩葉は猜疑を募らせていった。

 

 その夜遅く。

 がちゃり。施錠されたガレージの戸口を開ける音。

 

「お祖父ちゃん、またなんぞ、秘密のロボでも作っておるのかの?」

 好奇心に逆らえない琉詩葉が、くすねておいたガレージの鍵で獄閻斎の作業場に忍び込んだのだ。

 パチリと明かりを灯し、辺りを見回す琉詩葉の目についたのは、作業机の上の影。

 布に覆われ伏せられた何かの立像である。


「このデカさは、プラモ! 1/60スケール?」

 趣味分野における祖父の仕事ぶりには一目置措いている琉詩葉が、期待に目を輝かせながら、被された布に手をかけた。


 ファサ……


 取られた布の中に在ったものは……!?


「こ……これは!」

 琉詩葉は驚愕に目を瞠った。

 布の中から現れたのは獄閻斎の造ったフィギュア。だが一体ではなかった。

 二人いた。まじか・・・めらら・・・である。


 アニメ本編では絶対に描かれないような媚態をとりながら、幸せ・・そうに互いの半裸を艶めかしく絡まり合わせた、神さまじか・・・と悪魔めらら・・・の、ニャンニャンフィギュアだったのである。


「うぎゃ~~~! お祖父ちゃんが、変態フィギュアを!」

 恐怖に目を竦ませて後ずさる琉詩葉。

 どさり、彼女の背中に何かがぶつかった。人だった。


「ひぃ!」

 振り向けば、立っていたのは獄閻斎。


「琉詩葉……! 見ぃたぁなぁあああああ……!」

 顔を見れば、目に狂気の炎を宿して総髪を震わせた老人が、恐ろしい形相を浮かべて孫娘を睨みつけていたのである。


「どぎゃ~~~!」

 闇夜の冥条屋敷全体に、琉詩葉の悲鳴がこだました。


  # 


 その後三日間、邸内の座敷牢に放りこまれた琉詩葉は、獄閻斎の催眠術と薬物投与でガレージでの記憶を消されてようやく解放された。


 老人の妄想と煩悩の具現化したくだんのニャンニャンフィギュアは、獄閻斎の書斎の闇の奥。誰にも知られぬ秘密部屋の陳列棚の上で、いまだ嫣然と絡まり合っているのである。

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