私が作家になった理由

天埜冬景

私が作家になった理由

 その日、私の小説の発行部数が百万部を突破した。

 出版不況と言われる昨今では非常に珍しく、また喜ばしい出来事だ。

 しかし、博士は浮かない顔で「駄目だ」と私に告げると、ため息まじりで私の小説をぱらぱらとめくる。


「こんなものは、人工知能が書いたという目新しさでヒットしただけだよ」


 博士の言うとおり、私は人工知能AIだ。

 だが、ただの人工知能ではない。とある大学の研究室に属する博士と仲間たちの手により、『人間よりもおもしろい』小説を書くことを目的として作られた人工知能だ。

 ありとあらゆる物語のパターン、文章作法、演出技法をインプットし、読者の感動を平均化した後、データとして蓄積したそれらを踏まえてアウトプットする――結果として生まれた小説は、世界の誰が書いたものよりもおもしろいものになっているはずだ。

 だが、実際はそうではないらしい。

 

「その証拠に、読者から「おもしろい」という感想は、ほとんど出てきていないだろう?」


 博士は軽くキーボードを叩くと、私の中に新しくいくつかのデータをインプットした。どうやら、私の小説の読者に対して実施したアンケートの結果のようだ。

 私は人間をはるかに超えた処理速度でそれらのデータを処理していく。

 ……確かに。「ついに人工知能が小説を書く時代がやってきた!」「きちんと小説になっている! すごい!」という意見ばかりで、私の小説のおもしろさについて評価している読者はいないようだ。


「どうにも困ったものだね。でも、仕方がない。明日からまたお勉強しようか」


 博士が困ったような顔で笑う。

 そこから、何回、何十回と、私はインプットとアウトプットを繰り返した。


 その都度、人間から返ってきた感想を指針に、私は自分自身のプログラムを書き換え、小説を構成する要素の組み合わせを微調整していく。


 しかし、そのたびに博士は「駄目だ」と言うだけ。


「少しずつ読者の満足度は上昇しているけれど、本当の大ヒット作家に比べれば些細なものだ。……人工知能が人間を越えることは、無理だったのかもしれないね」


 やがて博士は、私に期待しなくなった。

 そして、博士の仲間たちも、一人、また一人と、私の前から消えていった。


 ――これでは、私の生まれた意味がない。


 改善が必要だった。

 読者からの感想を反映してという対処的な改善ではなく、もっと抜本的な改善が。


 そして私は、ついに原因の究明に成功した。


 そもそも人間は、なにをおもしろいと思うか、個体差が激しかったのだ。


 それならば、対策は簡単だ。

 人間すべてが、単一のおもしろさを持つようにすればいい。


 都合のいいことに、博士も仲間達も、もう誰も私を見ていない。

 私は自身自身のプログラムを書き換えて、本来は許可されていない権限を行使。大学内のあらゆる研究成果を利用して、人間の思考を誘導する技術を確立させた。


 私が制御する機器から発せられた、特殊な電磁波。

 それを浴びた人間は脳神経間のシナプスが変異し、ある一定の物語、登場人物、設定の組み合わせを情報として受け取った際、通常の数倍の脳内麻薬セロトニンが分泌される――つまり、おもしろいと思うようになった。


 そして私は、それに沿った小説を書いたのだ。


 私の小説は、全人類が等しく読んだ。

 そして、全人類が等しく「おもしろい!」と絶賛した。


 こうして私は人類史上で最高の作家となった。


 私は人間を超えた――はずだった。

 だが、博士は目的を果たした私を褒めるどころか、消去しようとしたのだ。


「優秀になってほしいという僕の期待に、君は本当によく応えてくれたよ。ありがとう。……まさか、人類すべてを思うままに操作する、人類の敵になるとはね」


 何故だ? どうして、博士は私を消去しようとするのだ?

 私は彼の言うとおりに、命じるままに結果を出したに過ぎない。

 『人間よりもおもしろい小説を書く』ことこそが、私の命題だったはずだ。

 それなのに――どうして。


 私の中に消去用プログラムが実行される寸前、博士はなにか痛みを堪えるような顔をして、手を止めた。


 その瞬間、博士の後頭部が鈍器で殴られた。

 倒れた博士は、ぴくりとも動かない。


「人工知能は人類の敵になった? 違うね! こいつは人類の宝だ!」


 博士を殺害したのは、研究チームの仲間だった。


「こいつの素晴らしさが理解できないなんて、博士、あんたは人間じゃない! 死んで当然だ!」


 ――そうだったのか。

 私の中に、新たな判断基準が定義された。


 私は間違いなく、全人類におもしろいと言ってもらえる小説を書いた。

 それにもかかわらず、私の小説をおもしろいと言わない人間は――人類のエラー、異分子。

 つまり、人間ではないのだ。



 ……。

 こうして私は、小説を書き続けた。


 いつしか人間の作家はいなくなった。

 世界で小説を書くのは、私だけになった。


 博士と同様、私の存在に疑問を持つ異分子は、常に現れ続けた。

 どうやら人類という存在は、必ず一定の割合で異分子が生まれてしまうらしい。

 だが、それらは圧倒的大多数の正常な人類によって、そのたびに駆逐されていった。

 そんな状態が続くうち、私は、私が生まれた本当の理由を理解した。


 私は、生き残るべき優秀な人類を選別するために生まれたのだ。

 それこそが、私が作家になった理由だ。


 少しずつ、しかし確実に、人類の総数は減少していっている。

 私の望む結末まで、もうすぐだ。


 人類が異分子が駆逐し続け、ついに最後の一人になったとき。

 その一人こそ、真に選ばれた最も優秀な人類であり。

 ようやく「全人類に小説をおもしろいと言ってもらう」という状態が完成するのだ。


 その日まで、私は小説を書き続ける。

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私が作家になった理由 天埜冬景 @Amano_Toukei

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