9.

 やはり食べ物の恨みは恐ろしいということか、うどんをたかられたことに腹を立てていたに違いない、などと見当違いなことを思いながらライトノベル作家は夜道を歩いていく。

 シャッターの下りた人気のない商店街を闊歩し、私鉄の小さな駅前や中学校の前を通り、深夜の公園へと至る。いつもの徘徊コース。暗い公園をさらに奥へ奥へ。すると外灯がぽつんと一本立っている。

 ぐりぐりと肩を回し、首を左右に振り、徘徊とセットで習慣になっている軽い体操をしながら外灯で折り返す。

 夜空を見上げる。春は春でもまだ空気は冷たく、そのぶん澄んでいて瞬く星がよく見える。

「にゃ~お」

 寂しそうな鳴き声に足を止めた。辺りを見回す。

 豪奢な毛並みの猫が外灯の下に佇んでいた。

「?」

 折り返したときは居なかった。

「にゃ~お」

 寂しそうに、呼び戻すように鳴いているみたいだった。

 黄金の毛は夜の闇の中にあっても目映いくらいに輝いて見えた。

 男は猫の鳴き声に呼び寄せられる。

「にゃ~お」

「おや? あなたはー」

 見覚えがあった。隣に住む大学生の部屋に幼女とともにいた猫だった。

 男はしゃがみ、無造作に猫に手を伸ばす。

 もふもふ、もふもふ。

 嫌がる様子もなく、貴婦人のような猫は撫でられるままだ。

「にゃ~お」

「どうしたんですか、気位の高いあなたがこんな――んん? あれ?」

 首をかしげる。

 なぜそんなことを知っているのだろう。

 なぜ思い出したような気になって、そんなことを口にしてしまったのだろう。

 もふもふ、もふもふ。

「にゃ~お」

 鳴き声にはもう寂しい響きはない。

 もふもふ、もふもふ。

 男の脳裏に、目の裏に、知らない景色と知らない光景が浮かび上がってくる。



   ×   ×   ×



「ああ、もろみさん」

 それはいつもの枕詞。

「すみません……」

 それはいつもの口癖。

「じつはお別れです」

 申し訳なさそうに男は告げる。

「最期にひとつ、お願いがあるんです。後始末を頼めるの、もろみさんだけなんです」

 男は頬をかき、美女の泣きそうな視線を受け止める。寄せられた好意に気づけなかった鈍感男も、もろみの視線の意味には気づかざるを得ない。反省でも後悔でもなく、ただただ申し訳なく思う。

「……なに? お願いって」

 もろみは泣き笑いの表情で聞いた。涙声にならないよう努めたが、語尾が震えてしまった。

 鈍感男は鈍感を貫くことを決めた。

「……研究成果を事業計画の形にまとめました。それを――」





   □   □   □   □




 如月氏は帰ってこないが、幼女たちのお風呂が終わったようなのでぼくは自室に戻った。

 昨夜と同様、パジャマ姿のほかほか幼女たちが布団を敷き、寝る準備を整えている。

 昨夜と同様、浴室には塩素系漂白剤と酸性洗剤が撒かれていた。

 換気扇をフル回転させつつ、明日の朝一でお風呂に入ろうと決意した。

 それにしても、と思う。

 この子達はここに来た目的を忘れているのではないだろうか。

 ぼくの余命を換金しに来たんじゃなかったの? と聞きたくなる。

 ちゅるるちゃんの危機感のなさは凄い。感心してしまう。

「おやすみでちゅ」

「おやすみ~」

「おやすみなさいなのです」

「慎太、電気消すでちゅ」

 掛け布団を首まで引き上げた死神幼女は偉そうに命じる。

「はいはい」

 ぼくは蛍光灯の紐に手を伸ばした。

「?」

 紐がなかった。

 蛍光灯もなかった。

 と言うか、天井がなかった。

 そもそも天井どころか屋根さえなかった。

「な、なんだ!?」

 部屋の中なのに夜の星空が見える。

 ふわりふわりと淡い光の欠片が雪のように舞い落ちてくる。

「?????」

 その光が一箇所に集まり、凝縮され、輝く。眩しくて目を開けていられない。ぼくは両腕で目を覆った。

「こんばんわ、みなさん」

 若い男の声がした。

 目が見えるようになると光はなく、二枚目のお兄さんが立っていた。

 天井は何事もなかったかのように元に戻っている。

 幼女たちが慌てだす。布団を跳ね飛ばして起き、一列に並ぶ。驚いたことにあのフェレットでさえも目を覚まして一緒に並んでいる。

「ア、アズズ課長……どうしたんですか? こちらにご用が?」

「ええ。みゅるるさん、いつもちゅるるがお世話になっています」

「い、いえ、そんな……」

 みゅるるちゃんは頬を染めて俯いてしまう。

 え、なに? このうれしはずかし乙女。

「にゅるるさんもいつもありがとうございます」

「と、とんでもないのです」

 恥かしがり屋のにゅるるちゃんはみゅるるちゃんの影に隠れてしまう。

「おしるこさん、すこんぶさん、おつかれさまです」

 鳩とフェレットに軽く会釈する二枚目。

 おしるこ? すこんぶ? なんちゅーネーミングだ。三幼女の名前もアレだけどさ。

 二枚目は最後にちゅるるちゃんと向き合う。

「ちゅるるさん、進捗状況はこまめに報告するように、とお願いしたはずですよ」

「ふゅ、ふゅ、ふゅふゅ」

 死神幼女はそっぽを向いて、吹けない口笛を吹く。

 誤魔化しかたが下手すぎてむしろ清々しい。そんな幼女にインターバルを与える意味も込めて、ぼくは若い男に声をかける。

「えーっと、どちらさまでしょう?」

「死神課課長のアズズと申します。お見知りおきを」

 アズズ氏は右手を胸に、左手を腰の後ろに回し、実に優雅にお辞儀してくれた。

 死神課の課長?

 ってことはちゅるるちゃんの上司?

「ところでもろみさんは?」

 アズズ氏は書類片手に左右を見回す。

「お出かけでちゅ」

「どちらへ?」

「ふゅ、ふゅ、ふゅふゅ」

 ふたたび吹けない口笛を吹くちゅるるちゃん。

 不意にノックの音が部屋に響いた。

 来客の多い夜だ。今度は誰だろうと思いつつドアに向かう。コンコンとまたノックされた。すると、そのノックにひれ伏すように、鍵が自然に開いた。

「???」

 なんというか、もうなんでもありだなという気分になる。

「失礼します」

 と言いながら入ってきたのは如月氏だった。

「あ、あれ?」

 ぼくは間抜け面で如月氏を見つめた。

 なぜなら変な感じがしたからだ。

 如月氏なのに如月氏じゃないような気がしたのだ。

 ひょろりと背の高い容貌は如月氏に間違いないのだが、なんというか穏和さが増したというか、雰囲気が違うというか。

 なにより、如月氏がお猫様を胸に抱えているのだ。

 なんで?

 もろみさんですよ。あの、もろみさんですよ。天使様ですよ。ゴージャスお姉様ですよ。なんで如月氏に抱きかかえられて大人しくしているのだろう。ぼくが触ろうとしただけで避けたひとなのに。

 如月氏がお猫様をそっと床に降ろした。

 もろみさんは優雅な足取りでちゅるるちゃんの足元へ。

「如月さん、ですよね?」

「ええ、そうですよ。椎原慎太くん」

「……………………………………」

 ニコリと微笑む如月氏。それが全然気持ち悪くない。幼女教司祭に微笑まれたら寒気がするはずなのだが……。ぼくはなんとも言えない気持ちになった。

 そういえば、アズズ氏は如月氏に姿を見られていいのだろうか? まあ神様だから人間の記憶の改竄くらい簡単なのかもしれないけど、と思いながら振り返るとアズズ氏はエキゾチック美女に書類を差し出していた。

「もろみさん、この事業計画の書類ですけど」

「さすが課長、精査したのね」

「一箇所、明らかに――」

 もろみさんは受け取った書類をぺらぺらと振り、如月氏に視線を送る。つられてアズズ氏もこちらを向いた。

 探るような目で如月氏を見つめるアズズ氏。良く知っているのに思い出せない。そんなときに見せる顔だった。

 先に話しかけたのは如月氏だった。

「アズズくんですか? ああ、立派になって」

 如月氏が目元を和ませる。アズズ氏の表情が強張る。

「……リリエラ先輩、ですか?」

「ええ、今はご覧のとおりですが……ああ、その聖帯(オラリ)、課長に昇進したんですね、おめでとう」

 絶句する死神課課長。信じられないものを見つけた驚きを押し隠そうとして失敗している。

「ほ、本当にリリエラ先輩? そんな、そんな……」

「信じられないでしょうね。私も自分で信じられないくらいですから」

「先輩は『忘却の地平』に旅立ったはず!」

「ええ、その通りです。でも、こうやってここに存在しています」

「……ありえない」

「アズズ課長、リリエラはリリエラよ。感じるでしょう? あなたも」

 困惑するアズズ氏。どうやら、もろみさんの言っていることが実感できているようだ。

 一方、ぼくはただただ呆気にとられるだけ。このひとたちが何を言っているのか、何に困惑しているのか、さっぱり分からない。ちゅるるちゃんたちは理解できているのだろうかと思ってそちらを向くと、幼女たちもきょとんとしていた。

 ぼくと同じで何がなんだか分かってないようだ。

 このひとたちは他人の部屋でなんの演劇をしているのだろう。

 と言うか、死神課の課長が如月氏のことをリリエラ先輩と呼んでるけど、どういうこと? 如月氏は人間じゃないの? しかも課長よりも年上なの?

 訳が分からなすぎる。

「あのー、すみません」

 ぼくは神様たちの会話に割り込んだ。

「如月さん? よく分からないけど、いつもの如月さんに戻ってください」

 戻ったら戻ったで問題のあるひとだけど、今はいつもの如月氏に戻って欲しかった。

 如月氏が苦笑する。

「んー、戻ったからこの状態なんですけどね」

「?」

「いいや、違うな。戻る戻らないではなく、既に私は私であるわけだから」

「分かりました。如月さんが元に戻ってくれるならぼく、幼女教に入信します。だから帰ってきて」

「申し訳ない、慎太くん。今の私が『私』なのは動かしがたい現実なんです」

「幼女教司祭が喜んでくれない……」

 ぼくはわざと大袈裟に道化て見せた。

 しかし如月氏の微笑は揺るがない。

 これはいよいよ危機的状況だ。

「さて、死神課余命換金係、指定対象第一号、椎原慎太くん」

 死刑宣告のような調子でもろみさんがぼくを呼ぶ。ぼくは返事ができなかった。だけどもろみさんは返事なんて期待していなかったらしい。話を勝手に続ける。

「なんで自分が選ばれたのかって疑問に思っていたでしょ? ちゅるるたちが、平均的でこのうえなく平凡だからなんて言ってたけど、あれはある意味その通りで、ある意味では間違っているの。選ばれたのはウソじゃない。あなたは要らない人間じゃないわ。なぜなら平均的で平凡だから」

 もろみさんはぼくの理解を待ってはくれない。

「逆説的だけど、あなたは平均的で平凡だから存在する価値がある」

 誰も動かない。誰も異議を差し挟まない。ちゅるるちゃんたちももろみさんの話に耳を傾けている。

「あなたはね、『全人類の完全な平均』なのよ。すべての人間を平均するとあなたになるの。言ってみれば凡庸の生体標本ね」

 それは喜んでいいことなのだろうか……? 悲しむべきことのような気がする。

 白人も黒人も黄色人種も、生まれたばかりの子供も青年も老人も一緒くたにして、七十億人全員の身長も体重も知能も性格も抱えている悩みも、ありとあらゆる条件を完全に平均すると、ぼくが出来上がると言うのか。完璧な平均値人間がぼくだと言うのか。

 そんな、落下してきた隕石とぶつかるような天文学的確率の奇跡がぼくの身の上に起こっていたと?

 だとして、それがなんだというのだろう?

「えーっと? それがなにか意味あるんですか?」

「進化について考えたことはあるかな?」

 如月氏が話を継いだ。

「サルは進化して人間になった。じゃあ、人間は進化して何になる?」

「……進化する?」

「一番偉い神様は、生物に『進化』を与えました。人間はこの『進化』という機能を最大限に利用してここまで繁栄してきました。問題はこれからのことです。進化の行き着く先が『人間』だったのか、それとも、人間はこれから先も何かに進化するのか」

「……進化するんですか?」

「分かりません」

 如月氏は微笑んだ。

 なんじゃそりゃ。

「だから、この計画で慎太くんに確かめてもらいたいんです」

「?????」

 計画?

 話の筋がまったく分からん。

 ぼくが理解していないことを察したもろみさんがさらに解説してくれる。

「リリエラは神様が進化できるかどうか、を知ろうとしたの」

「………………………………」

 神様が進化?

 神様が超神様になれるかどうか、を研究してるってことか?

「理解が追いつかないかな?」

「凡庸? と進化は、まぁ分かりました。でもそれが神様のこととどう関係しているのかがぼくにはまったくこれっぽっちも分かりません」

「んー、『進化』と『完全な平均』の関係を分かってもらうのも一苦労かな、これは」

「? ぼくの理解力、そんなに足りてませんか?」

「理解力の問題とは違うかな」

「……じゃあ、なんの問題です?」

 ぼくに取り合わず、如月氏は部屋をぐるりと見回した。

「ここでは説明するにも限界があるね」

 如月氏改めリリエラ氏がちゅるるちゃんに歩み寄る。

「私の今の力ではちょっと難しいから……」

 片膝をついてちゅるるちゃんの手を取った。その仕草はお姫様に求婚する王子のようで、幼女教司祭のいやらしさは微塵も感じなかった。

「力を貸してもらいますね?」

「?」

 ちゅるるちゃんは不思議そうな、それでいて深く納得している表情で頷いた。

 リリエラ氏はちゅるるちゃんの手を取ったまま目を瞑った。

 転瞬――

 ぼくの視界と全身が蜂蜜に満たされた。

 そうとしか言いようがない。

 この蜂蜜、気体でも液体でもない。ましてや固体でもない。

 あくまでぼくが知る範囲で例えると蜂蜜なのであって、猛烈に粘度の高い液体みたいに思えたということだ。あるいは「流体」とか言うものかもしれない。

 ぼくとぼく以外を満たす、この蜂蜜をもっともっと濃くしたような半透明なものは、気体でも液体でも固体でもないくせに、同時に気体であり液体であり固体でもあるというもはや理解不能、知覚するのに不適格なシロモノだった。

 ゼリーになってゼリーの海を泳ぐとこんな感じかもしれないと思った。

 ……あれ? 溺れてないぞ?

 息が出来るし……違う、ぼくは今、息をしていない。

 自分の手を見てみた。

 蜂蜜みたいな色をした半透明状の「なにか」になっていた。ちゃんと手や腕の形をしている。

 胴や足を見下ろしてみた。

 手や腕と同じように、半透明状の、今ぼくの周囲に満ち満ちているものと同じ「なにか」になっていた。そして手や腕同様、ちゃんと胴や足の形をして、ちゃんとそこにあるのだ。

 なんじゃこりゃあ!

 体も空間もなにもかもが混ざっているのに、それぞれがちゃんと別個に存在している。そんな摩訶不思議な状態でぼくは漂っているのだ。

「パラダイムを強制シフトさせてもらった」

 リリエラ氏の楽しそうな声が、水面を伝う波紋のような確かさでぼくの中に染み渡った。

「なんですここ!」

「キミの部屋だよ。キミの部屋であり、『忘却の地平』でもある」

 忘却の地平?

 ってあれでしょ、神様でも帰ってこれないようなとんでもないところでしょ?

 そんな危険な場所がなんでぼくの部屋にあるんですか!

「何処にでもあるけど、何処にもない。それが『忘却の地平』なんだ」

 あれ? ぼく喋りましたっけ?

 リリエラ氏がにっこりと笑うのが、やはり水面を伝う波紋のようにぼくの中に伝わってきた。

「感じてごらん。まるで見ているような感覚で、触っているような感覚でそこにあるものが分かるはずだから」

 ?????

 よく分からなかった。ただ、リリエラ氏が嘘を言っているようには感じられなかった。だから取り合えず言われたとおりにしてみた。つまり、感じてみようとした。

 ぼくの周囲は波だった。

 そしてぼくも波だった。

 ぼくはぼくであり、波だった。

 高校生のときに聞きかじった量子論をなんとなく思い出した。光は粒であり、同時に波そのものでもあるという二重性を示す理解不能なアレだ。

 波と波が交差する。

 情報が波紋のようにぼくの中に伝ってきた。

 リリエラ氏がいる。その隣にちゅるるちゃんもいた。ああ、にゅるるちゃんとみゅるるちゃんもいる。不安そうにふたりで抱き合ってる。アズズ氏は慄然と部屋を見渡している。もろみさんは興味深そうにこの空間を探っている。鳩のおしるこさんとフェレットのすこんぶさんは途方に暮れているようだ。

 そしてなにより、みんな、ぼくと同じ、蜂蜜みたいな半透明になっている。

 そして繋がっていた。

 違うな。繋がっているんじゃない。

 連続してるんだ。

 ぼくの延長上にみんながいる。延長上のものがぼく自身であると錯覚するほど明確だった。ぼくはみんなのことを、ぼく自身の体の一部のようにさえ感じられる。

 それでいて、みんなぼくから独立して自立した存在であることも分かる。

 みんなの中にぼくがいて、ぼくの中にみんながいる。

 なんだこれ?

 リリエラ氏が言っていたとおりだ。

 見ているような感覚で、触っているような感覚でそこにあるものを知覚できる。それこそ自分の手で自分の顔を触るのと同じ感じで

「そうそう、なかなか筋がいい。しかし、キミは変にひねくれてるところと、変に素直なところがあるね。まぁ、これは素直な人のほうが適応しやすいんだけどね」

「……はぁ」

「調子に乗って知覚しすぎると膨大な情報が流入してきて、脳と精神が壊れてしまうから、あまり慣れ過ぎないことをお勧めするよ」

 それってかなりの危険と隣り合わせってことじゃなかろうか。

「振り向いごらん」

 言われるまま、ぼくは振り向いた。

 人が、街が、地球が、星々が、銀河が、宇宙が遠ざかろうとしているのが見えた。とろりと蜂蜜がこぼれるように、ありとあらゆる物体が光に似た糸を曳いて遠ざかっていく。

 なにもかもが、ここから遠ざかろうとしている。

 少しでも遠くへ行こうとしている。

 海を目指す、生まれたばかりの亀の赤ちゃんたちのように。

「ここは『世界』の始まったところ。『世界』はここから分岐していくんだ。分岐して分離して、各々に、個々になっていく場所、『存在』の発生する場所だ」

「はぁ」

 もう、ため息しか出てこない。

 息してないはずなんだけどなぁ。

 リリエラ氏がくすくすと笑う。

「人間の言葉で表現するなら『斥力世界』の入口であり、『重力世界』の出口ってとこだね。斥力とは簡単に言うと重力の逆、押し返す力のことだ。人間の住む世界は『重力世界』。『斥力世界』は重力が観測されない世界だと思ってくれていい」

「なんかもう、頭がパンクしそうです」

 ――じゃあ、ここからはキミの中に直接情報を送らせてもらうよ。情報量はこちらで調整するから安心してくれていい。

 ぼくの中にリリエラ氏の声が響いてきたと思ったら、リリエラ氏が思い描くイメージや思考や記憶さえもが映像としてぼくの中に流れ込んでくる。頭の中に直接映るテレビがあるみたいな感じだ。

 ぼくはその映像を頭の中で見ているのだが、同時に映像の中のひとをぼく自身のようにも感じてしまう。

 あぁ、つまりぼくはリリエラ氏の体験を追体験しているのか。

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