8.

 あゝ幼女、で始まるこの世のものとも思えないポエムが送られてきた。

 これは新型のウィルスなのだろうか?

 ケータイと人間を同時に破壊する。

 知らないアドレスだったが、送り主は如月氏以外に考えられない。メールアドレスを教えたことはないのだが、大家さんから不正取得したに違いない。ぼくは懲罰の意味も込めて、おっさんとおっさんが面倒なことになっている画像をネット上で見つけ出し、添付して返信した。

 メールの着信音で我に返ったのだが、外は薄暗かった。如月氏の新作を読んでいたら夕方になっていた。

 そう言えば幼女たちは……と見回すと、にゅるるちゃんは大人しくまんがを読んでおり、ちゅるるちゃんとにゅるるちゃんは我が家にある唯一の遊具、オセロに興じていた。しかし心なしかちゅるるちゃんの表情が殺気だっている。そしてみゅるるちゃんの手元には山と積まれたフィンガーチョコ。

 ……なんだろう、博打的な芳香がしますな。

 ドンドンドンドンドンッ! と凄まじい勢いでドアが乱打された。

 ぼくは驚きのあまり飛び上がった。

「キミ! なんてものを送ってくるんだ! ケータイを破壊する気か!」

 ドアの向こうから如月氏がそんなことを叫んでくる。

「それはこっちのセリフだっ!」

 ぼくは大声で言い返した。

 大人しく遊んでいた幼女たちも揃って、何事かとドアを見つめている。

「あー、大丈夫大丈夫、外に出なければ問題ないよ」

 涙目で怯えているにゅるるちゃんに優しく諭し、ドアごと蹴倒して相手を沈黙させようとズンズン足音をたてて玄関に向かうちゅるるちゃんを引き止める。

 如月氏は乱打をやめた。

「それはそうと、読んでくれているかね」

「ちゃんと読んでますよ、もう半分読みました」

 ぼくはドアとちゅるるちゃんの間に入って、必死に死神幼女を押し返しながら応えた。オセロで負けが込んで苛立つ死神幼女は手っ取り早くストレスを解消したいらしく、なかなか引き下がらない。みゅるるちゃんはフィンガーチョコをのんびり数えだした。

「キミに渡した原稿、あれね、実は二十頁ほど抜けていたんだ」

 あの内容なら抜けてようと抜けてなかろうと関係ない気もするのだが。

「持ってきたから開けてくれないかね」

「………………………………」

 まずい。

 ぼくの社会的道義的紳士的な立場が危うい。

 いま部屋の中を見られるわけにはいかない。罷り間違って侵入や窃視されるわけにもいかない。

 幼女幼女幼女、なこの状況を見たら変態ラノベ作家様は憤死するか爆発すると思う。耳と鼻から煙を立ち昇らせながら幼女たちに突撃する可能性だってある。

 原稿をそこに置いておいてとか、ポストに突っ込んでおいてとかも言うのもまずい。部屋の中でなにか良からぬことをしているのでは、と勘繰られてしまう。ヘタに気を引けば、犯罪的な手段で確かめてくることさえあり得る。

 ここはなんとか、さり気なく凌がねば……。

 ぼくはちゅるるちゃんを小脇に抱えて部屋の中央に戻り、死神幼女を疫病神幼女に押し付けた。

「にゅるるちゃんお願い! みんな静かにしてて!」

 入口まで取って返し、ドアスコープで如月氏の立ち位置を確認。音をさせず鍵を開け、不意打ちでドアを勢いよく開けた。ゴツンと良い音がした。細く開けた隙間から、如月氏が頭を押さえてうずくまっているのが見えた。ぼくはその隙間から風のようにすり抜け出て、後ろ手にドアを素早く閉めた。ぼくは忍者に転職できるのではないかと自分でもちょっと感心した。

「……何事かね?」

 如月氏は額と鼻をさすりながら抗議の視線を向けてくる。

「いえいえまったくなんにもないですよ!」

「……あやしい」

「あやしくないですよ」

「あやしい人間こそ、あやしくないと言い張るものなのだよ」

「おおっ、これですね!」

 ぼくは如月氏が持っていたA4の紙束をひったくる。如月氏の視線は抗議から不審へと変化していた。誤魔化さねば。

「……えーと? ここまでの感想言いましょうか」

「!」

 突如うろたえだすラノベ作家。

「最初はつまんないと思ったんですけど、読んでるうちに慣れて――」

「や、やめろ!」

 右手で左胸を押さえ、左手で「ストップ」のジェスチャー。

「?」

「突然感想を言うのは……」

「最初はつまらない」

「ぐはぁっ!」

「読みにくい」

「げふっ!」

 渾身のストレートを喰らって体が右に左に弾かれるボクサーのように、如月氏は衝撃を受けていた。不謹慎だとは思ったが、ちょっとおもしろかった。誤魔化すという当初の目的は達せられた。が、問題はこの人をどうすればいいのかということだ。

「……………………」

「ハァ、ハァッ」

 浅く速い呼吸を繰り返す如月氏は、もはや変質者と見分けがつかない。

「つまらない……読みにくい……」

「……………………」

「けど……けど?」

「……………………」

「けど、慣れて……希望はある……希望は…………」

「……………………」

「いや待て、最後まで読んでこその問題作…………」

「……………………」

「最後まで読まなければ『あとがき小説』の『あとがき小説』たる真の姿を見出すことなど…………」

 意味不明なことを呟きつつ、立っていられないのか、壁を伝って自室へ引き返していくエンターテイメントの伝道者。

 期せずして問題は解決された。

 めでたしめでたし。

 ぼくも部屋に戻る。

 室内では幼女たちが大人しくしていた。

 にゅるるちゃんに託して正解だった。死神幼女は疫病神幼女とオセロをしており、さっき以上の不機嫌に……おい!

 にゅるるちゃんの傍らに詰まれたフィンガーチョコ。にゅるるちゃんの困惑加減を見るに、接待オセロ状態なのに死神幼女が負け続けているようだった。

 不意にガチャッ……という音がした。

 あれ?

「そうそう、言い忘れてが『あゝ幼女』の……」

 如月氏がノックもしないで戸を開けてきた。鍵をかけ忘れていたのだ。

 大慌てでドアを押さえようとしたが間に合わなかった。心胆が凍てつき、ぼくの思考と行動は停止した。

 そして、幼女幼女幼女なパラダイスを目にした如月氏の動きも完全に固まっていた。

 まずいまずいまずいまずいまずい!

 またしても誤魔化さなければ……!

「こっ、これは――」

「みゅるるちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああんッ!!!!!」

 如月氏がその場に崩れ落ちた。

「なぜッ! どうしてここにッ!? こんな男の部屋にッ!!」

「??????????」

「あなたのために私は自分の食事さえも捧げたのにー!!!!!」

「食事を捧げた? って……」

 あ。

 カモってあんたかよ!

 なんで捕まってんだよ!

 みゅるるちゃんがカモに歩み寄る。ここは私に任せて、という意味を込めたウィンクをぼくに寄越す。ちょっと安堵した。この子は「やる」子だ。任せても大丈夫だろう。ぼくはみゅるるちゃんに場所を譲った。

 貧乏神幼女は小悪魔な笑顔を浮かべ、這いつくばっている変態ラノベ作家を傲然と見下す。

「男と女が同じ屋根の下に住んでるのよ、あとは察しなさい」

「ぎゃぁああああああああああああああああああああ!」

 ぎぃぃぃぃぃぃやゃぁぁぁあああああああああああ!

 如月氏の叫びとぼくの心中の悲鳴がシンクロした。

 なんてこと言うんだこの幼女!!!!!

 まるでぼくが年端のいかない女の子に手を出す変態みたいじゃないかっっっっっっ!

 これならまだ、親戚の子だと言い張ったほうがマシだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 うずくまる隣人の顔を恐る恐る覗き込んでみた。憎しみと羨望が混ざった目がそこにあった。

「憎い羨ましい憎い羨ましいキィー!」

 如月氏は泣きながら玄関にある靴やサンダルを手当たり次第投げつけてくる。

 あまりの痛々しさに見ていられない。

 投げるものがなくなった如月氏はぼくの部屋に身を投げ出し、世を儚む呪詛を吐き続ける。それを見て、やれやれと肩を竦めて首を振るみゅるるちゃん。

「きーっ!」

 この騒ぎにも関わらず疫病神幼女とオセロを続けていた死神幼女が、変態ラノベ作家の呪詛に感化した。

「世の中、白黒つくとは限らないでちゅ!」

 盤を引っくり返すちゅるるちゃん。にゅるるちゃんが涙目になる。

「現実は白黒つかないでちゅ! それなのに白黒つけるなんてクソでちゅ!」

「クソとはなんだ!」

「魂刈られたいでちゅか! この……」

「キミに私のこの無常が……」

 ちゅるるちゃんが啖呵を切る。呪詛を吐くラノベ作家は幼女相手だということも忘れ、飛び起きて啖呵に応じようとした。

 しかし――

 突然の沈黙。

 ちゅるるちゃんと如月氏がピタリと動きを止めている。そして、互いを不思議なものでも見るような目で見つめあう。

「?」

「??」

 ちゅるるちゃんが首を傾げた。

 如月氏も首を傾げた。

 なんなんだ、あんたら。

「どうしたんですか?」

「……ん? ああ、いや、なんだか妙に懐かしい気分になってね」

「懐かしい気分?」

「いや、気のせいだろうな。或いは……」

「あるいは?」

「私をこの信仰に導いてくれた神なる幼女に似ているのだろう」

「……左様ですか」

 このひとの目には幼女はすべて神として映るはずだ。だからその説明には説得力の欠片もない。が、説得力を期待するほうが悪いのだと気づいた。

 ぼくは湿気た視線を如月氏に注いだ。無論、如月氏が意に介すわけもない。

「ところで私はここに何をしにきたんだっけ?」

 当初の目的を完全に失念し、首を捻るラノベ作家。

 アホらしくなってぼくはため息をついた。 



   ○



 如月氏が食卓を一緒に囲んでいた。

「なぜあなたがここに?」

「キミがなにか良からぬことをしでかすかもしれん」

 あんたと一緒にすんな!

 なんか、昨日から晩御飯のたびに人数が増えてるような気がする。

 如月氏の適応力というか、大雑把でいい加減な感性には恐れ入る。幼女幼女幼女の環境、猫と鳩とフェレットがいる部屋にもはやなんら疑問を抱いていない。抱いていないどころか幼女たちと一緒に居られることでご満悦なくらいだ。

 まぁ、死神だとか余命換金だとかを説明しなくていいから楽なんだけどさ。

「しかし素うどんだけなんて客人に対して失礼だと思わんのかね」

「誰が客人だ。呼んでもないのに。そもそも仕送り停止されてる学生にたかるなんて言語道断ですよ。ちゃんと食費徴収しますからね」

「おいおいおいおい、一昨日からタレご飯しか食べていない私にそんな口をきいていいのかね」

 嬉しそうに誇らしげに語る如月氏。

 なんで脅迫調なんだよ。

 ちなみに『タレご飯』とは、レトルトパックのミートボールのタレを白いごはんの上にかけただけのシンプルかつダイナミックな男料理のことだ。甘みと塩分と肉のエキスが同時に味わえる贅沢な一品でもある。ミートボールそのものは既にない。非常食としてタレだけを冷凍庫に保存しておいて、食費が逼迫しているときにこれで飢えを凌ぐのだと以前如月氏に聞いた。

 つーか、そんな状態なのにみゅるるちゃんに美味しいものを食べさせたのか……。幼女教司祭の肩書きは伊達ではない。

 ぼくを挟んで右に如月氏、左に三幼女という状態でちゃぶ台を囲んでいるわけだが、三幼女は如月氏からしっかり距離を取っている。

 ちゅるるるるん♪ とちゅるるちゃんはうどんを勢い良く啜った。にゅるるちゃんも友達を真似て啜っている。貧乏神幼女は如月氏に買わせたスナック菓子をポリポリ。

「……そんな安いものでいいの?」

 ぼくは如月氏に聞こえないようにみゅるるちゃんに聞いた。貢がせて貢がせてなお貢がせる辣腕貧乏神にしては随分としおらしい戦果に思えたのだ。

「最初から高いものなんて要求しないの。はじめは安いもの、それこそ日用品レベルで大袈裟に喜んでみせるの」

「…………………………」

「安いと心理的な抵抗感も薄れるでしょ。それから徐々に高いものに移行していく」

「…………………………」

「おねだりもね、これ欲しいなんて直接的なことは言っちゃダメなの。いいなぁ~これ、って男の人の前でさり気な~く、でも印象に残るように言うの。するとあら不思議。男の人はみゅーに色々と買ってきちゃうの」

 貧乏神幼女は雑誌を読みながら、事もなげに答えてくれた。

 すげぇーすげぇー!

 貧乏神すげぇー!

 すげぇー。

 けど怖えー。

「それにアルバイトのお給料日は二十五日で、先月の原稿料の振込みが来月の十日だって言ってたから本格的におねだりするのは来週からかな~」

 なんで給料日やら原稿料の振り込まれる日をすでに把握してるんだよ……。

 右手の裾をちょいちょいと引かれた。

「なんだね、キミ、こそこそと」

「……お菓子だけだと栄養が偏るよって注意してただけですよ」

「なんだ、そうか。しかし抜け駆けはなしだよ」

 なんだよ、抜け駆けって。哀れなカモは安心してどんぶりに残っていたダシを飲み干した。

「ふぅ、まるで足らん」

「自分んちでタレご飯でも食べればいいでしょ」

「愚かな! いま我が家に晩飯など存在せぬわっ!」

 みゅるるちゃんがファッション誌から目を上げた。

「晩ご飯がないの? だったら明日の朝ご飯を食べればいいじゃない」

 その発想はなかったわ!

 マリーアントワネットもびっくりでしょうよ。

「分かりましたああああああああああ!!!!!」

 感涙する如月氏。ドーパミンとセロトニンとノルアドレナリンが同時に、そして大量に分泌されているのだろう。精神的に痛気持ちいい状態だと思われる。

 いたきもちいい。

 なんだそれ。

 如月さん、あなた壊れてますよ。

 幼女教。

 たしかにここまできたら宗教だ。

 熱狂的狂信的献身的絶対的信仰心。

 じつに幸せそうな顔をしている如月氏をぼくはちょっとヒキ気味に眺めた。

 この珍妙にして奇妙な存在におそらく呆れたのだろう、流石のゴージャスお姉様も猫の姿のままで悲しむような哀れむような目を如月氏に向けていた。

 更けていく夜に、ちゅるるるるん♪ と勢いよく麺を啜る音が沁みていく。



   ○



 幼女たちがお風呂に入るというのでぼくは如月氏の部屋に避難して来た。

 毎晩毎晩タマタマとサオサオに正拳突きされ、ガムテープで簀巻きにされたのでは体がもたない。

「ところで」

 あとがき小説を読んでいるぼくに如月氏はさり気なく声をかけてきた。

「モノは相談なのだが」

「前衛的で進歩的で急進的で革命的な小説なら読んであげてるじゃないですか、この上まだぼくに何か要求しますか」

「同じ信仰を持つ者としての相談だよ」

「いやいやいや、ぼくは幼女教に入信した覚えはないです!」

「ふっ、言葉とは常に人を裏切るものさ。それはそう、発言者自身さえも!」

 意味が分からない。

 と言うか、この人がさっきから同志のように接してくるのは、同じ信仰云々という思い込みが原因か。非常に不本意だから止めてほしいのだが。

「ということで、私にみゅるるちゃんを抱っこさせてくれ」

「なにサラッととんでもない要求しやがる!」

「抱っこだけだよ」

 なんで意地悪された小学生みたいな顔してんだよ。

「………………………………」

 ぼくが黙っていると如月氏は熱っぽく訴えだした。

「抱っこだけ! 他はなにもしない! ほんと! 触ったり弄ったりしない! ペロペロもレロレロもしない! 我慢する! だからさ、キミからもみゅるるちゃんにお願いして!!!」

「……ほんとに我慢できるんですか? 抱っこした瞬間、理性が吹き飛んで警察沙汰とかなりそうですけど」

 触ると弄るはなんとなく分かるが、ペロペロとレロレロってなんだよ、同じことじゃないのかよ。あと、この人の言うことは国会議員が言うことよりも信用できない。そもそも要求する相手を間違えてないか?

 ぼくが睨むと如月氏は目を逸らし、意味もなくこめかみを掻く。

「……ん、あぁ、いや、まぁ、に、においくらいは、ねぇ?」

「匂い?」

「においだよ、におい!」

「……………………」

「におい!」

 アホの子みたいに繰り返す三十五歳。

 目は真剣で、表情は緊張感に満ちている。

「私は……幼女のにおいをスンスンしたいんだよぉぉぉぉおおおお!!!」

 本格的にダメだ、この人。

 殺処分されても文句言えねーわ、このラノベ作家。

 ライトノベル作家にも色々な人がいるはずだ。

 それこそ、すごい常識人や良識と見識に富む人とかが。

 にもかかわらず、ぼくはもう「ラノベ作家=変態」としか思えなくなりつつある。

 ぜんぶこのひとのせいだ。

 世のラノベ作家のみなさんには大変申し訳ないのだが、こんな変質者をデビューさせた出版社を呪ってください。

 呆れて黙り込んでいると、学究の徒のような真摯さでぼくの顔を覗き込み、

「保育園の前で深呼吸するのって最高だよ?」

 うん、考えたこともなかったよ。

「あんまり頻繁にやると通報されちゃうからさ、怪しまれないように一日一回で我慢してるけど」

 お巡りさん! お巡りさん! 制圧して! 制圧!

「たまに保育園と幼稚園のハシゴするんだぁ」

 恍惚感に浸るラノベ作家。

 そんなハシゴ、聞いたことがなかった。

 如月氏が売れないのは当然だし、ある意味正しい。

 罷り間違って売れて金持ちにでもなった日には大変なことになる。保育園一日滞在権に全財産をつぎ込みかねない。

 本当、このひとと比べるとぼくがいかに常識人か分かる。

 ラノベ作家がすまし顔をつくり、紳士的な態度をとる。

「今度、ご一緒します?」

 願い下げだ。

 男二人が連れ立って保育園の前で深呼吸。危ないとか恐いを通り越してシュール過ぎる。園児たちがトラウマで馬と鹿の絵しか描けなくなりそうだ。

「如月さん」

「?」

「自首しましょう」

「まだ何もやからしていないが?」

「だから、やらかす前に逮捕されましょうよ!」

「どんな理屈だ!?」

 キレる如月求容疑者(35)。

 よくよく考えるまでもないのだが、なぜこんなひとのために理解不能な文書をぼくが苦労して読まなくてはならないのだろう。不意に気づいてしまったがために、無性に腹立たしくなってきた。

「うるさい! 出て行け!」

「ちょっ! ここは私の部屋だぞ」

「知るか! 読者にもっと媚びろ! この変質者め!」

「……………………………………」

 絶句する如月求被告人(35)の背を強引に押して、部屋から追い出すべくぼくは全力を挙げた。

「お、おい! ちょ、ちょっと!」

「集中できないからぼくが読んでる間はどっか行っててください!」

「いや! だから! ここは私の部屋――ぐわっ!」

 ケツを思いっきり蹴飛ばして部屋から追い出すことに成功。ドアを閉め、施錠する。

 どんどんどんどんどん!

「開けろ! ひとの部屋に篭城するんじゃない!」

「騒ぐとパソコンの中のjpgを全部削除するぞ!」

 途端に静かになった。

 あまりに静かになったのでぼくのほうが不安になった。

「……散歩してくる」

 ドアスコープを覗くと、如月求受刑者(35)が重い足を引きずりながら部屋の前から立ち去るのが見えた。

 やり過ぎたかな~、とぼくはちょっとだけ反省した。

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