46 「伝承」の正体
エリカの「二百年前」という言葉に哲也が反応した。
「二百年前っていったら、俺が元いた時代じゃないですか。そんな時代の一体誰が……」
突然、哲也は言葉を止めた。そして静かにつぶやき始めた。
「エリカ司令やアオイさん、それにその父親のコウタロウさんの姓は『タケモト』だ。だとするとその父、そのまた父とさかのぼっていっても姓は『タケモト』。つまり二百年前のその人の姓も『タケモト』で、それがもし『竹本』と書くのだとしたら」
エリカがニヤッと笑った。
「どうやら気がついたようだな。そうだ、二百年前の時代にいた『竹本』という姓を持つ男が
その言葉が耳に届いた瞬間、雷に打たれたような衝撃が哲也を撃った。
「お、俺が過去に帰る。俺は帰れるのか」
「そうだ。さすがにそれがいつなのかは私たちもまだ知らない。ただ伝承によると君はこれからこの時代にとって大きな仕事を成し遂げる。そしてその仕事を成し遂げた後、君は元いた時代に帰る」
「元いた時代に帰る」、それは哲也がもはやあきらめていたことだった。この時代に来た当初、彼はあの“黒い穴”について必死に調べた。元の時代に帰る手掛かりが欲しかった。しかし同様の現象はこの時代においても報告されていなかった。なので彼はあきらめてしまっていたのだ。しかしそれは今、思わぬ形で予言となって示された。
「嫌……」
ミオの静かなひと言に、全員の目がそちらを向く。
「テツヤが帰ってしまうなんて嫌。ずっと一緒にいたいのに」
ミオはもう泣き出しそうだった。
「もちろん君も行くんだ、ミオ君」
エリカが優しく言った。
「伝承ではそうなっている」
「本当? 本当に私もテツヤと一緒に行けるの」
「本当だ。だからミオ君はそろそろテツヤ君に二百年前の時代のことを教えてもらい始めたほうが良さそうだぞ」
エリカは笑った。アオイも笑顔だった。
「ちょっと待ってくださいエリカ司令。俺とミオが二百年前の時代に帰って、そして代々俺たちふたりのことを語り伝えていった先がコウタロウさんやエリカ司令にアオイさんだったとしたら」
「そうだ。君は私たちの『おじいさん』ということになるな。『ひい』がいくつつくかはわからんが」
哲也以外の全員が笑った。哲也は「おじいさん」と呼ばれて複雑そうな顔をしていた。
「じゃあ、もしかしてエリカ司令がミオを俺のパートナーに選んだのも」
「そうだ。ミオ君が現れたとき私とアオイは『もしかしたらこの子が』と思った。そしてそれから数年後、『タケモト・テツヤ』と名乗る男が病院に運び込まれたという情報を得た。おまけにその男は『自分は二百年前の時代から来た』という意味のことを言っているという」
エリカの言葉は力強かった。
「これは間違いないと睨んだ我々は君を奪取する計画を立てた。当然、君に接触する役目はミオ君に担ってもらった。奪取に成功すると私は君のパートナーにミオ君を指名した。もちろんこういう理由があることを知っていたのは私とアオイだけだったがな」
「なんてことだ。全部エリカ司令とアオイさんがお膳立てしてくださったんですね」
「当然だろう。なんと言っても私たちの『おじいさん』なんだからな」
今度は全員が笑った。
「さあて、そろそろ戻るとするか」
エリカはゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、あとはふたりだけでよろしくね。私たちの『おじいさん』と『おばあさん』」
アオイがいたずらっぽく笑って言った。
「ひどーい。まだ十四才なのに『おばあさん』って言われたー」
去って行く二人を見つめながら、ミオがぷうっとふくれた。
■
再びその場を沈黙が支配した。ふたりはまた土手に座って星を見ていた。その頭上では天空が星を載せたまま音もなく回転を続けていた。
「俺、この世界に来られて本当によかった」
哲也がミオに語りかけるでもなくつぶやくように言った。ミオはその思わぬ言葉に目を丸くした。
「急に何を言い出すの」
「ああ、聞こえちゃったか。ミオは俺が黒い穴に吸い込まれてこの世界にやって来たって知ってるよな」
「ええ」
「実はそのとき、俺にはとんでもなく『悪い予感』があったんだ」
「なんですって」
「そうなんだ。いつもの『予感』だよ。この中に吸い込まれたらひどい目に遭うだろうっていう」
「じゃあその予感、やっぱり当たったんじゃない。いろいろあったわ。警官に追っかけられたり、独房に放り込まれたり」
「うん。でもそういったいろんなことも含めて、俺はこの世界に来られて良かったと思っている」
「どうして」
しかし哲也はミオの疑問には答えず、話を続けた。
「そしてその黒い穴に落ちていくときに不思議なことが起こったんだ」
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