35 哲也の決意
■「そのとき」から、45分経過
アンドロイド兵は隊列をなして近づいて来ていた。対レジスタンス最強の精鋭部隊に所属する兵だけあって、航路が哲也を手術台から奪取したときにまわりを守っていたアンドロイド兵とはレベルが違う。主力を欠いた航路の全滅が時間の問題であることは、誰の目にももはや火を見るよりも明らかなように思われた。
エリカが哲也のほうを向いた。
「もう一度命令する。テツヤ君、君は今からドクターや訓練生を率いてここから脱出したまえ」
「嫌です」
「なぜだ」
「ミオがあそこにいる。ミオは好き好んで俺たちを裏切ったんじゃない。俺にはわかるんだ。俺はミオを連れてきます。だから司令は先にここを撤退してください」
毅然とした様子で哲也は言った。しかしその言葉と同時に周囲から声が上がった。
「あれは裏切り者だ。連れて行く必要はない」
「そうだ。あいつのせいで俺たちはこんな目に遭っているんだ」
「もしあいつを連れてきたら、俺たちの手で殺す」
しかし哲也は前言を撤回しようとはしなかった。
エリカは哲也の目をじっと見つめた。そしてその瞳の中に揺るがぬ決意を認めた。
彼女は後方を振り向くと言った。
「マナカ教官」
「はっ」
「君が指揮をしてドクターと訓練生、それにけが人を後方へ撤退させるんだ。サブポイント
「はっ。司令もどうかご無事で」
マナカは悲壮な表情でエリカに向かって敬礼した。そして哲也に向かうと微笑んで言った。
「いい、テツヤ君。死んじゃだめよ」
哲也が黙ってうなずくのを見届けたマナカは該当者をまとめると撤退していった。
「エリカ司令、では」
哲也はエリカを見た。険しい顔がそこにはあった。
「テツヤ君、ミオ君を助けに行きたまえ。しかしミオ君を連れて行くには彼女のチップを破壊する必要がある。それが君にできるか」
哲也は言葉に詰まった。
「彼女のペースメーカーの正確な位置を君は知らない。知っているのはそれが彼女の心臓のすぐそばにあるということだけだ。少しでも位置を間違えれば心臓を傷つけられた彼女は死ぬ。それでも君はやるか」
哲也の顔に困惑の色が浮かんだ。決意が揺らいだわけではない。しかし彼にとって「ペースメーカーの正確な位置を知らない」ことは致命的だった。
おそらくドクターならばその正確な位置を知っているだろう。しかし彼女はすでにマナカとともに撤退していった後だ。
哲也の困惑した表情を見たエリカの表情がフッと緩んだ。
「安心したまえ。ここに彼女のペースメーカーの正確な位置を知っている者がもうひとりいる」
「えっ、誰ですかそれは」
「私だ」
「……」
「だから私は最後までここに残って君を待つ。だから君は必ずミオ君を連れてくるんだ」
「ありがとうございます」
哲也は精一杯の感謝をエリカに表した。エリカの信頼に応えるためにも必ずやり遂げるんだと奮い立った。
アンドロイド兵の攻撃が始まっていた。激しい銃撃が次々に仲間たちを倒していく。銃弾の雨のためにとても正面を見ることはできない。しかしミオはその正面のその先にいるのだ。
「さてテツヤ君、正面は敵兵で通れない。どうやるつもりかね」
こんな状況でもいつも通り落ち着き払った調子でエリカが哲也に問いかける。
「そこの部屋の通風口から行きます。ミオたちが消えた方向からして、おそらくやつらは食堂あたりにいると思われます」
「それはお得意の『予感』かね」
「いえ。まったくの『勘』です」
哲也の正直な告白に思わず苦笑するエリカ。
「わかった。そこの部屋へ行けるよう援護する。その『勘』とやらが当たっていることを願うばかりだ」
哲也が行こうとすると、なぜかエリカが引き留めた。
「テツヤ君、ひとつだけ心に留めていてほしい。私は最後までアジトに残って君を待つ。しかしいつまでも待っているわけにはいかない。二十分だ。もし二十分以内に君から連絡がなかったら、そのときは……」
「そのときは」
「私はためらうことなくアジトを自爆させる」
哲也はゆっくりとうなずいた。
「わかりました。では、行ってきます」
■「そのとき」から、55分経過、アジト自爆まであと12分
哲也は食堂に到達した。通風口から慎重に中の様子をうかがう。テーブルと椅子はあらかた壁際に追いやられていた。今はそこに何もないが恐らくそのスペースを何かに使ったものと思われた。そしてそのスペースの一番奥に指揮官の男とレイラが。レイラのすぐ横に椅子に座らされたミオの姿が確認できた。ミオは拘束されているような様子はなかった。
「ビンゴだ」
哲也はつぶやいた。見た限り、ほかの兵の姿は見当たらない。
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