34 チップのありか

 ■「そのとき」から、30分経過


「嘘だ! 絶対に嘘だ!」

 哲也は叫んだ。思わずあらん限りの大声を出していた。


 レイラが再び彼のほうを見た。さっきよりは長い時間見た。その表情に変化があったのかはわからなかった。彼女は目線を戻すと言った。


「なるほど、これでも信じられないというわけか。まあそれも当然だな。君たちは全員検査を受けて体内にチップがないことを確認していただろうから」


 彼女の口調から勝ち誇ったような様子がいつの間にか消えていた。


「もちろんこの子も検査を受けた。そして君たちはチップがないと判断した」


 レイラは淡々と続けた。


「実は君たちはこの子の体内にチップを見ていた。でもある“思い込み”が君たちの目を盲目にしていた。わかるかな。

 君たちはチップを見ていた。しかしそれをチップだとは気がつかず、別のものと勘違いした。もちろん我々がそうなるように仕向けたのだ。通常とは形状を変えて、装着位置も変えて」


 “一体なんのことだろう”、と哲也は思った。見えていたのにチップとは気づかなかった別のものって。まさか……


「ペースメーカーだな。ミオ君の心臓にはペースメーカーが埋まっている」

 エリカが静かに言った。


「でもそんなはずはないですよ司令。ミオは本当に心臓が悪かったじゃないですか。現にあのときだって」

 哲也は必死に抗議した。


「俺と一緒に逃げたときだってミオの心臓はそれに耐えられなかったじゃないですか。そしてペースメーカーのおかげで助かったって」

「それこそが彼女の言う“思い込み”だったんだ、テツヤ君」


 エリカは諭すように言った。


「ふふっ。変わってないなテツヤは。そういうまっすぐなところ、私は嫌いじゃない。そしてエリカ司令、ご名答。いかにも心臓が悪い様子を見て、君たちはあれをペースメーカーだと思い込んでしまった。でも心臓が悪いなんていうのは真っ赤なウソ。当然あれはペースメーカーなんかじゃない」


 レイラの口調はいつの間にか哲也の知っているものが混じるようになっていた。

 しかし哲也はまだどうしても納得がいかなかった。


「でも、じゃあどうして」

「心臓が悪いように見えたのか、と言うんだな。思い出してほしいな、テツヤ。私は教えたはずだ。チップはその人の脳をコントロールするものだということを。

 チップがこの子の脳をだましたんだ。『心臓の筋肉に血液が足りない』ってね。そうすれば脳は全身の血管を絞って血液を心臓に留めようとする。当然、血流不足となったこの子の顔は蒼白になる。

 血中の二酸化炭素濃度が上昇しているかのようにも偽装した。長い時間呼吸を止めているときに起こるのと同じ状態だ。当然この子は自然に苦しがる。呼吸は乱れひどいときには不整脈さえも起こす。どうかな、テツヤ。君が見た症状にぴったり当てはまるんじゃないかな」


 もはや哲也も黙り込むしかなかった。レイラは続けた。


「でも君たちはチップの存在に気づくことができなくても仕方がなかった。なぜならこの子自身、自分は心臓が悪いと思い込んでいたのだから。体内のどこかにチップがあることはもちろん知ってはいた。でもそれがまさか自分の命を支えてくれているペースメーカーだとは夢にも思わなかったはずだ。

 そして我々はこの子に教え込んでいた。航路が真に我々の脅威とならぬ限りは我々はチップの情報を利用しない、と。だましたわけじゃない。確かに我々はこの子のチップから様々な情報を得た。君たちのデートの様子や、自由の旗に捕まったことも我々は知っていた。しかしその情報を利用することはなかった。航路があの協定を結ぶまでは、な。それまでは我々は航路のアジトを突き止めることさえしなかったのだ」


 レイラは語った。それはまるで何か過去の懐かしい思い出を振り返っているかのようだった。


「泳がせていたんだな」

 苦々しげにエリカが吐き捨てた。それに対してレイラが答える。


「そうとも言えるかな。我々が最も恐れたのは『有力なレジスタンス組織が各地にいくつもできること』。だから我々はわざと航路と自由の旗を放っておいて、それ以外の将来有力になりそうな組織をつぶすことに専念したのだ。その結果、現在“有力”といえる組織は事実上航路と自由の旗ぐらいなものだ。

 そしてそのふたつの組織は協定を結んで我々に対抗しようとした。実はこれが我々にとってまさに好機到来だったのだ。後はこのふたつの組織さえつぶせばレジスタンス運動は事実上この地上から消滅する。我々の勝利だ」


 最後の部分だけは勝ち誇ったようにレイラは言った。しかしその口調にはわずかに悲しみの色があった。


「さあ、ここまで話したところでもう一度聞こう、エリカ司令。最後のチャンスだ。降伏して我々に協力するんだ。イエスかノーか」

「ノーだ」


 エリカは言い切った。彼女の断固たる信念はいささかも変わるところがなかった。


「そう……」

 レイラは伏し目がちに首を左右に振った。

「残念だ」


 あたりをしばし沈黙が支配した。


「さようなら、テツヤ。君とはもっと違う形で出会いたかった。でもこれでもうおしまいだ。今度こそ本当にもう会うことはないだろう」


 レイラのその言葉とともに彼女と指揮官の男、そしてミオは粉塵の彼方へと去って行った。残されたアンドロイド兵が一斉に銃身を上げた。

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