第4章 対決の時
31 迫り来る暗雲
航路と自由の旗が協定を結んだというニュースはたちまちのうちに全レジスタンス組織の知るところとなった。
数あるレジスタンス組織の中でもその知名度で一、二を争う両者が手を組んだという知らせは関係するすべての人々に衝撃を持って迎えられた。航路や自由の旗ができた当初、同じように政府への怒りからまさに雨後のタケノコのようにレジスタンス組織が生まれたが、優れたレジスタンス指導者がそんなにいるはずもなく、統一的な指導部も、また互いの活動状況に関する情報のやりとりもなかったために、今やその多くは政府に対してさほどのダメージを与えられないでいた。
しかし知名度だけでなく実力をも兼ね備えた航路と自由の旗が協定を結び、さらにはその協定への参加を広く他組織に呼びかけたことから情勢は変わりつつあった。既存の弱小組織だけでなく、組織化されていない
「最近教官は忙しそうですね」
廊下で訓練場の教官マナカと一緒になった哲也は彼女に話しかけた。
「訓練を離れたところでは『教官』と呼ぶなと言ったでしょ、テツヤ君。『マナカ』でいいの。まあ、確かに訓練生の人数だけは増えたわね。でも中には覚悟のほどに疑問があるような子もいて、そっちの相手が大変なの」
「ひゃあ、それは大変そうだ。教官の数が訓練生に合わせて増えているわけじゃないし、おまけにそんなやっかいな訓練生に手を取られるとなったら訓練全体の質にも影響しそうですね」
「そうなのよ。どう、テツヤ君、私の助手にならない?」
「はは。お言葉はありがたいんですけど、俺のほうもいろいろ仕事が増えまして」
「あら残念。そうしてくれていたら昼の訓練場から夜のベッドの中のことまで、いろいろ教えてあげられるのに」
「わわわわ。あっ、そうだ俺、急いでやらなくっちゃいけない仕事があったんだ。し、失礼しまーっす」
哲也は大慌てでその場から逃げ出した。
「うふっ。ホントにウブなんだから」
マナカがいたずらっぽく笑った。
■「そのとき」まで、あと5日
ここは某所にある政府の対レジスタンス対策本部。見るからに貧相な中間管理職風の男が、電子会議システム上の数名の上官から叱責を受けていた。
上官A「最近、レジスタンスの動きに変化が見られるという報告が上がってきているが、どのような対策を取っておるのかね」
管理職「はっ、そのあたりは抜かりありません。情報局に命じて各種ルートから情報収集に当たらせております」
上官B「それだけか」
管理職「はっ? それだけかとおっしゃられましても」
上官C「報告書には『なんらかの形で抵抗運動に協力する市民が増えている』とあるではないか。これは市民の監視と行動の制御がうまくいっていないことの表れではないのか」
管理職「申しわけありません。監視システムを早急に増強いたします」
上官D「それでは時間がかかるだけでなく金もかかる。もっと効率的な方法を採りたまえ」
管理職「効率的な方法、とはどのような方法でございましょうか」
上官E「決まっておろう。抵抗運動に関わればどうなるか、改めてそれを思い知らせてやるのだ」
上官F「さよう。見せしめにほんの二、三百人ほど締め上げれば、ほかの者は恐怖で協力をちゅうちょするようになるだろう」
管理職「わかりました。関係部局にただちに通達いたします」
上官B「それからこのあたりでレジスタンスのやつらにもきついお灸をすえておけ」
管理職「わかりました。特殊部隊の第五小隊あたりを投入いたします」
上官D「それでは手ぬるい。一度徹底的にやってやらねばやつらはつけ上がるばかりだ」
管理職「それは、もしや……」
上官A「そうだ。“あの部隊”を投入したまえ」
管理職「……承知いたしました。そのように手配いたします」
■「そのとき」まで、あと48時間
場所は再び戻って航路のアジト内。エリカ以下、主要なメンバーが揃って地下の会議室内で打ち合わせの真っ最中。
「では各自、作戦を予定通り進めてくれ。テツヤ君、自由の旗との連絡のほうはどうなっている」
「はい。今朝の連絡によると『一部に遅れが見られるが作戦開始までには間に合わせる』とのことでした」
「うむ。念のために作戦開始六時間前にもう一度進捗確認の連絡を入れてくれ」
「わかりました」
哲也の返事を見届けた後、エリカは全員に向き直ってこう言った。
「諸君、すでに十分にわかっていることだとは思うが、これは協定締結以降における初の大規模な共同作戦だ。単なる情報の相互提供などとは違う。あらゆる人々に対して我々が手を携えたことを、そして政府の支配が実はいかに脆弱なものであるかを実感として示すまたとない機会となるだろう。絶対に失敗は許されないのだ」
「はいっ」
「ではこれにて解散。各自持ち場に戻れ」
一同は席を立って会議室を後にしていく。哲也も数歩歩きかけたがふと立ち止まった。いぶかしげに頭をひねりながら天井のほうを見る。片付けをしていたアオイがその様子を見て尋ねた。
「テツヤ君、どうしたの」
「あっ、アオイさん。ちょっと嫌な予感がしたもので」
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