30 協定成立
エリカは一見すると普段の冷静なエリカに見える。しかしその目にはすでに怒りの兆候が見え隠れしていた。
今回は前回と違って場所は司令官室ではない。哲也は大勢のいる前で再びエリカに自由の旗との協定の話を持ち出したのだ。彼のそばには心配そうな顔をしたミオもいた。
「エリカ司令が自由の旗を憎んでいるってことは聞きました。航路創設者であるお父さんが彼らのせいで亡くなったと思い込んでいるってことも」
「だれから聞いた、そんなことを」
「アオイさんです」
「アオイ、余計なことを」
エリカはアオイのほうを睨みつけた。しかしアオイはその目をまっすぐ見返した。
「エリカ、ちゃんと聞いてあげて、テツヤ君の話を」
「うるさい! 父さんは私とお前を守ろうとしてああなったんだぞ。それも何もかも自由の旗のやつらの差し金でな」
ただでさえライオンのたてがみのような彼女の髪は今や一段と逆立っていた。
「でも、もしそれが自由の旗のせいじゃなかったとしたら」
哲也はエリカの勢いに負けじと叫んだ。
「なんだと」
「それはエリカ司令がそう思っているだけなんじゃないんですか。証拠もないのに」
「うるさい! では聞くが、それだけ言うなら君のほうは証拠を提示できるんだろうな」
エリカは今にも飛びかからんばかりの目で哲也を睨みつけた。
「証拠はあります」
「なんだと。どこにあるというのだ」
「ここに」
部屋中がどよめいた。哲也のそばにいたひとりの者が頭からかぶっていたベールを取ったのだ。
「久しぶりだな、エリカ。君は変わらないね。もっとも私はすっかり変わってしまったが」
「ま、まさか……、あなたはマサトシ……、なのか」
その者の姿を見たエリカはわなわなと震えだした。
「マサトシ」という名を聞いて部屋の中は驚愕の表情で満ちあふれた。
それはまぎれもなくあのマサトシだった。彼は肩の上あたりまでも覆う金属製のフードを被っていた。それは“シールド”だった。航路のアジトを訪れるにあたって彼の居場所が絶対に政府側に漏れないようにするためのものだった。彼の頭に埋め込まれたそれはあくまで簡易型だったのだ。
マサトシはゆっくりとエリカの前に進み出た。エリカはかぶりを振った。
「嘘だ。マサトシがここに来るわけはない。これは何かの間違いだ」
「嘘じゃない。私は君が大事にしていたあのウサギのぬいぐるみの名前を覚えているよ。あれは『ミミ』だったね」
エリカは目を見開いた。そしてマサトシはその前にゆっくりとひざまずいた。
「エリカ、許してほしい。政府軍に航路のアジトの位置を教えたその犯人、それはある意味自由の旗の人間だったんだ」
エリカの目がさらに見開かれた。
「そいつは自由の旗に潜入していた政府のスパイだった。『航路襲撃さる』の報に接したとき不審に思った私は調査を命じた。スパイの正体がわかったときはすでに遅く、そいつはいち早く逃亡した後だった。数年後、自由の旗の作戦中に偶然そいつを捕縛し処刑した」
エリカは無言でマサトシを見つめている。
「信じられないなら信じなくてもいい。どうしても憎しみが治まらないのなら私を殺してくれてもいい。だけどお願いだ。テツヤ君の言うとおり自由の旗との協定を結んでくれないか。自由の旗については私が説得した。後はエリカ、君が決断するだけだ。この通りだ、頼む」
マサトシは目を閉じて頭を下げた。その様子をエリカは呆然と見つめている。
「改めて俺からもお願いします、エリカ司令。レジスタンス組織の大同団結を実現しましょう。現状を打破しましょう。お願いします」
哲也もマサトシの横に座り込んで頭を下げた。
無言のときがしばらく流れた。
「わかっていたんです」
エリカはつぶやくようにそう言った。その顔はこれまで誰も見たことがないような穏やかな表情をしていた。
「そう、本当は私だってわかっていた。あのとき私は父さんが苦悩しているのを間近で見ていた。だから父さんを苦しめる自由の旗のやつらが憎かった。
だからあの襲撃があったとき、私の怒りは襲撃した政府軍よりも自由の旗へと向かってしまった。父さんを苦しめた自由の旗の連中と共闘するなんて考えられなかった。
もしかしたら私の無意識のうちに、自由の旗を超えることが父さんへの最大の供養だ、っていうのがあったのかもしれません。いつか自由の旗を超えてやる、そう思うことで私はここまでやってこられたのかも」
そう言うとエリカは膝をついてマサトシの手を取った。
「ありがとう、マサトシさん。あのころ忙しかった父に代わって、よく私やアオイの相手をしてくれましたね。改めて礼を言います」
エリカは静かに頭を下げた。マサトシの目がいっぱいに開かれた。
「ではエリカ、協定の話は」
エリカはすっと立ち上がった。その姿はもう、いつもの“エリカ司令”に戻っていた。
「ここにいる全員に、そしてすべての政府への抵抗者の人々に告げる。航路代表、私タケモト・エリカはここに宣言する。我々航路は自由の旗と協定を結び、以後、協力してともに政府と戦う!」
万歳の声が部屋中に響き渡った。それは停滞していたこの世界の歯車が再び動き出す音だったのかもしれなかった。
「やったぞ、ミオ。俺たちはついにやったんだ」
哲也は歓喜の中でミオのほうへ振り向いた。しかしついさっきまで隣にいたはずのミオの姿を、哲也はその部屋のどこにも見つけることができなかった。
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