21 ふたりのデート 中編

 哲也はあきらめて屋台の前に向かった。屋台に掲げられていたメニューには彼にもわかるフレーバーのほかにどんな味だかさっぱり見当のつかないものまで並んでいた。ちょっと迷った末、哲也はバニラ味のを一本だけ買った。


「ほら」

「ありがと。で、テツヤの分は」

「俺はいいよ。ミオが食べたいんだろ」

「そうね。じゃ」


 突然、ミオは口を大きく開けた。その様子を見て戸惑う哲也。


「えっ」

「食べさせて」


 ミオの突拍子もない行動の前に、まさに絵に描いたように狼狽する哲也。


「ちょ、ちょっと。いくらなんでもこんな人目のつくところで」

「相手のために動かないと『ミッション』にはならないわよ」

「で、でも、もっとほかにやりようってもんがあるだろ」

「いかにも困難な、ってやつをクリアしてこその『ミッション』じゃない。つべこべ言わないの」


 完全にデートの主導権はミオにあった。哲也は抵抗は無駄だと悟った。


「わかったよ。口開けろよ」

「『あーん』て言って」

「わかったわかった。ほれ、あーん」


 ミオは口を大きく開けると哲也の差し出すソフトに一口かぶりついた。ミオの口のまわりに白いソフトがべっとりとつく。その様子を見ているあいだ、哲也はまわりからの視線が容赦なく自分に突き刺さってきているような気がしていたたまれなかった。

 ミオは口のまわりについたソフトを舌でぺろっとなめた。哲也は思わずゴクンと大きくつばを飲み込んだ。


「おいしい。じゃあ、次は私の番ね」

 ミオは自分の仕草が哲也に与えた影響など露ほども気づく様子もなく言った。


「えっ」

「テツヤは私のために動いたけど、私はまだテツヤのために動いてない。それでは『ミッション』にならないわ」


 ミオの弁舌は軽やかだった。哲也は改めて今日のミオにはかなわないと思った。ここはおとなしく従っておくのが身のためだ。


「はいはい。じゃあミオには何をしてもらおうかな」

「それはもう決めてるわ。今度は私がテツヤに食べさせてあげる」

「えっ、何を」

「もちろん決まってるじゃない。このソフトクリームを、よ」


 ミオはたった今自分がかぶりついたばかりのソフトクリームを指差した。仰天して思わず後ずさりする哲也。その隙にソフトを奪い取るミオ。


 哲也はパニクっていた。いくらなんでもこの要求は無茶すぎる。抵抗は無駄だと悟ったはずだったが、こいつだけは断固しりぞけなくてはならない。


「いやいやいや、さすがにそれはまずいっしょ。だったら俺は自分用のを買ってくる」

「ダメ。テツヤはこれを食べるの」

「で、でもそれじゃ、間接キスってことに」


 さらに一歩後ずさりする哲也。ミオが一体何を考えているのか見当もつかなかった。


「いまさら何言ってんの。乱暴に私の『初めて』を奪っといて」

「だからあのときはああするほかに仕方がなかったんだって」

「『仕方がなかった』ですって。テツヤってそんなに私とキスしたくなかったの」

「い、いや、そういうわけじゃないんだけど」

「男だったらキスした以上、責任とんなさいよね。はい、あーん」


 ついに哲也は観念した。あきらめて大きく口を開けた。ミオはにやりと笑うと手に持ったソフトを哲也の口の中に思いっきり突っ込んだ。


「うがっ、何すんだよ!」

「私の『初めて』を奪ったお返しよ。いい気味だわ」


 ミオはカラカラと笑いながら逃げていった。哲也はミオのはじけるような笑顔を久しぶりに見たような気がしていた。



 毎日のデートを始めて何日たったときだっただろうか。あの“おかしなカップル”はもはやそこにはいなかった。そこにいるのは少なくとも外見だけは恋人同士にしか見えないふたりだった。もちろんその内面まではどうだかわからなかったが。


「あーあ。これいつまでやるのかな」

 体を大きく伸ばしながら哲也は言った。


「なに。テツヤは私とデートするのがそんなに嫌なの」

「もう、すぐそうやって噛みついてくる癖やめろよ。俺がそういう意味で言ってんじゃないってことぐらいわかるだろ」

「まあね。ちょっとからかっただけ。でも私のほうはいつまででもいいわよ」


 ミオはちょっといたずらっぽく笑った。


「でもこれは『ミッション』なんだろ。いい加減クリアしないといつまでたっても作戦に参加させてもらえないぞ」

「それもそうね。みんな命がけで戦ってるのに、私たちだけがいつまでもこんなこと続けているわけにはいかないもんね」


 ふたりは顔を見合わせて笑った。互いの理解は急速に深まって来ているはずなのに、エリカからまだOKは得られてはいなかった。


 ふたりは通りを歩き続けた。街路樹の葉にはついさっき上がったばかりの雨がついている。それらが雲間から射す日光を浴びてキラキラと輝いている。その日も通りを行き交う人々はみな笑顔で、一見するとこの時代に不幸というものは存在しないかのようだった。


 突然、哲也はミオを脇のショーウインドウに押しつけた。


「どうしたの」

 突然の哲也の行動にも不審がることなく尋ねるミオ。


「静かに! 今警官が誰かを追っているような声が聞こえたんだ」

「えっ、私には何も聞こえなかったけど」


 ミオは戸惑った。哲也の言葉を疑ったのではない。哲也に感知できたことが自分にできなかったことに信じられなかったのだ。

 ふたりはそのままの体勢でしばらくじっとしていた。ミオはショーウインドウに押しつけられたままで、そして哲也はそのミオの顔のすぐそばで、ショーウインドウやほかのビルの壁にそって伝わってくるかすかな音に耳をすませていた。


「こっちだ」

 哲也は小さく叫んだ。そしてミオの手を引っ張って走り出した。

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